『松本清張の女たち』酒井 順子 新潮社 昭和期に活躍した作家、松本清張。令和になった現在も映像化が続き、根強い人気を誇っています。その人気の秘密を、小説に登場する「女性」という切り口から読み解いたのが、エッセイスト・酒井順子さんによる『松本清張の女たち』です。
清張の作品には、主要登場人物が男性だけという作品もありますが、女性が重要な役割を担っている作品も数多くあります。これについて酒井さんは、「デビュー直後からの約十年間は、女性誌に作品を発表することも少なくなかったのであり、明らかに女性読者の視線を意識した作品が、そこでは書かれている」(同書より)と分析。「週刊明星」で連載された『蒼い描点』や「婦人俱楽部」で連載された『黒い樹海』などは、高学歴、高キャリア、処女の女性が主人公となり、彼女に好意を抱く男性のサポートを得ながら、事件の解決に努めるという典型的なパターンがあり、これを同書では「お嬢さん探偵もの」と名付けています。
お嬢さん探偵ものは、酒井さんに言わせると、「特筆すべき能力や大きな欠点や心の闇を持たない、やけにツルッとした人物として描かれている」(同書より)とのこと。それよりもやはり、清張の小説において生き生きと輝くのは「悪女」だと考える人は多いのではないでしょうか。
なかでも、『黒革の手帖』『強き蟻』『けものみち』は、酒井さんが考える三大"玄人悪女もの"。当時、家庭に縛られていた素人女性に比べ、水商売の女性は一般的な規範の外にいたからこそ、自由に書くことができる存在だったのではないかと酒井さんは推察します。
「その時代、女性たちは結婚後、勤労意欲、金銭欲、性欲といった私欲を、表向きは捨てていた。そんな時代に清張は、金や地位を貪欲に追い求める女性や、自身の性欲に従う"悪女"を書いた。彼女たちは、普通の女性がしたくてもできないことを成し得ていたからこそ、一種の爽快さをもって、読者から受け入れられたのではないか」(同書より)
老若男女が心の中に持つ"黒さ"を、女性にも当てはめて描いたところに、清張のすごさがあり、それが今も読まれ続ける理由のひとつなのかもしれません。
ほかにも「黒と白のオールドミス」「不倫の機会均等」「覗き見る女、盗み聴く女」といったキーワードから、清張の内面に迫っている同書。女性という視点からふたたび名作の数々を読み直すとともに、未読の作品にも手を伸ばしたくなることでしょう。
[文・鷺ノ宮やよい]
『松本清張の女たち』
著者:酒井 順子
出版社:新潮社
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