近年、クルマのパワーユニットは多様化し、ガソリン車やディーゼル車、ハイブリッド車に加えて、プラグインハイブリッド車やバッテリーEVも市民権を得ている。ボディの形状も、SUVやスーパーハイトワゴンなど、従来はなかったバリエーションが登場している。
それらのクルマに共通するのは、路面と接しているのはタイヤだけという事実だ。
そしてタイヤの銘柄も実にたくさんの種類がある。タイヤメーカー→ブランド→シリーズという順に細分化されている。一つのメーカー内にも複数のブランドがあり、さらにそれぞれに複数の銘柄を用意している。
例えばブリヂストンでは、高級車向けのコンフォートタイヤとしてREGNO(レグノ)、スポーツラジアルのPOTENZA(ポテンザ)、ウエット性能を強化したPlayz(プレイズ)、エコタイヤのECOPIA(エコピア)、オンロードSUV用のALENZA(アレンザ)、オフロード志向のSUVタイヤのDUELER(デューラー)、スタンダードタイヤのNEWNO(ニューノ)と、夏タイヤだけで7種類のブランドを擁している。
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ダンロップも同様にVEURO(ビューロ)、SPORT MAXX(スポーツマックス)、DIREZZA(ディレッツァ)、ENASAVE(エナセーブ)、GRANDTREK(グラントレック)と5種類のブランドを展開している。
ほとんどのタイヤメーカーが目的別にブランドを分類しているが、横浜ゴムはやや異質な傾向を見せている。
横浜ゴムでは、スポーツラジアルのADVAN(アドバン)が圧倒的な支持を集めている。そのため、以前はコンフォート&エコのDNAやライトスポーツのAPEXなどのブランドが展開されていたが、ADVANを同社のメインブランドとして集約する動きを見せている。
ADVAN以外では、エコタイヤのBluEarth(ブルーアース)やSUVオフロード系のGEOLANDAR(ジオランダー)というブランドがあるシンプルな構成だ。これはユーザーにとって分かりやすく、横浜ゴムらしさを訴求できるブランディング戦略といえそうだ。
●アジアンタイヤの台頭が日本市場にも影響
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なぜこれほどまでにタイヤのラインアップが複雑化したのかというと、同じ車種でもユーザーの志向によって最適なタイヤが異なるからだ。
タイヤメーカーや販売店のWebサイトを見ると、タイヤサイズや車種、目的などによって最適な商品を提案してくれる仕組みになっている。また、価格比較サイトなども活用し、目的に合ったタイヤをより安く購入するのが最近のトレンドだ。
日本のタイヤ市場は長年、日本製と欧州製、米国製で構成され、特に日本製タイヤが圧倒的なシェアを占めていた。歴史あるタイヤメーカーが5社もあり、それぞれに特徴を持ち、純正装着からアフターマーケットまですべての車種をカバーしていたのだ。
しかし、世界の自動車市場が成長すると、新興国でもタイヤメーカーが立ち上げられ、現地での供給体制が整備されていく。さらに産業の発展により、輸出体制も整っていった。
そうしてアジアンタイヤが世界中のタイヤ市場に進出していったのだ。もちろん日本市場も例外ではない。アジアンタイヤの中には、日本のタイヤメーカーから技術協力を受けて開発や生産の技術を習得したところもある。
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例えば、韓国のハンコックタイヤは戦前、ブリヂストンの子会社として設立され、1960年代には横浜ゴムと技術提携することで急速に技術力を高めることに成功した。
一方、市場をにぎわせているアジアンタイヤは、ここ十数年の間に誕生した新興メーカーによるものだ。欧州のタイヤメーカーを買収するなどして技術力を習得し、かなりの低価格で「使えるタイヤ」を供給しており、それが世界中で利用されてきたのだ。
●ブリヂストンのビジネス戦略に見る、時代の変化
ブリヂストンは、仏ミシュランと世界首位を争うタイヤメーカーだ。かつては国内の純正装着でも高いシェアを誇り、トヨタの乗用車ではブリヂストン製のタイヤを希望するユーザーも少なくなかった。
しかしトヨタでは現在、さまざまなタイヤメーカーが新車用のタイヤを納入しており、ブリヂストンの採用率は低い。それどころか、ハンコックや台湾のナンカンタイヤなどを採用するケースもある。純正タイヤは、自動車メーカーの要求を満たしている証しでもあり、多くのメーカーがその採用や承認を誇りとしている。
かつてはかなりの割合でブリヂストンが純正装着だったのに、近年さまざまなタイヤメーカーが採用されているのは、ブリヂストンのビジネス戦略によるところが大きい。そもそも純正装着タイヤは品質を保証できて納入量も膨大であるが、利幅は小さい。
工場の稼働率やブランドイメージには貢献するが、今やブリヂストンにとってはそのどちらも安定しているのだろう。純正装着にこだわらなくなった印象がある。新車の原価率が上昇している現在、自動車メーカーとしてはコストダウンしなければならないので、自然とブリヂストン装着率が低下しているようだ。
さらに昨年、中国のバス・トラックタイヤ市場から撤退した。タイヤメーカーが乱立し、価格競争も激しい中国の商用車タイヤ市場では、ブリヂストンを選ぶユーザーは少数派だった。さまざまな業種の日本企業が中国から撤退している諸事情もあり、経営資源を他のところに集中させる選択をしたようだ。
その代わり、中国では高級車向けタイヤに絞って展開することで、ブリヂストンの高品質なタイヤを求めるユーザーの需要に対応し、収益性を高める方針だ。
日本ではリトレッドタイヤを含めてバス・トラックタイヤ市場に積極展開しており、タイヤ管理サービスを利用する企業も増加中だ。
最近では、乗用車向けにもサブスクが導入されている。これはメンテナンスやパンク補償なども含めたもので、タイヤの知識に乏しいドライバーには安心できるサービスだろう。
●革新的なタイヤ技術で差別化を図るダンロップ
タイヤ内側にスポンジを貼ることでロードノイズを低減させるなど、独自技術にも特長のあるメーカーが、ダンロップを展開する住友ゴム工業だ。日本最古のタイヤメーカーという伝統や実績もあり、ファンも多い。
そのダンロップは昨年、画期的なタイヤ技術「アクティブトレッド」を採用したオールシーズンタイヤを発売し、話題を集めた。
めったに雪が降らない地域では、スタッドレスタイヤに履き替える必要性を感じにくい。そのため、天気予報で大雪などが報じられると、慌ててスタッドレスタイヤの確保に動いたり、夏タイヤのまま走って立ち往生したりするドライバーも続出する。ダンロップはそんなスタッドレスへの交換をためらうユーザーに最適解を提案したのだ。
それが気象条件によって特性を変化させるタイヤなのである。アクティブトレッドでは、気温が低下しても硬化しにくいゴムを採用し、さらに表面に水分が付着するとゴム分子の結合が一部分離してゴムを柔らかくすることでウエット性能を高める。
この仕組みをオールシーズンタイヤと組み合わせて商品化したのが「SYNCHRO WEATHER(シンクロウェザー)」である。従来のスタッドレスタイヤに匹敵する氷雪性能と夏タイヤ並みのドライ性能を併せ持つ、画期的な1本として市場に投入した。
価格は従来のオールシーズンタイヤよりも割高だが、氷雪性能が大幅に向上しているため、スタッドレスタイヤを別に用意するより場所も手間も必要ない、と人気を呼んでいる。筆者もMPV1台に装着しているが、しなやかで乗り心地がよく、静粛性が高いのに驚いた。
ダンロップはこのアクティブトレッド技術を他のタイヤにも応用する方針のようである。今後の展開も楽しみだ。
●「安かろう悪かろう」は過去の話
最近は、ホイールにはお金をかけてもタイヤはアジアンを選ぶ、というクルマ好きも珍しくない。タイヤは消耗品だから、お金をかけるのがもったいないという考えから、そういう選択をするケースもあるようだ。
確かに、どうせすり減ってしまうのだから安いモノを選びたいというユーザー心理も分からなくはないが、冒頭で触れた言葉を思い出してほしい。「タイヤがクルマを支えている唯一の部品」なのだ。路面と接触しているタイヤがクルマの性能を決め、安全性を確保していることを忘れてはならない。
クルマの性能が高まった結果、タイヤ性能の差を感じにくいユーザーもいるようだ。そのため、どれを履いても違いが分からないため、安いタイヤへと流れている。
しかし、価格を重視して選んだ結果、もし走行中にバーストしてホイールまで使えなくなってしまったら、高い買い物になってしまう。また、安いタイヤはウエット性能も低くなりがちだ。ウエット走行で急ブレーキをかけ、制動距離が長いために衝突事故を避けられなかった、というケースもあり得る。
アジアンタイヤでも価格差があり、性能もさまざまであるようだ。筆者所有の1台にはアジアンタイヤが装着されているが、日常的な使い方ではそれほど不満は感じない。一般道を普通に走るだけなら、これで十分と判断するユーザーがいるのもうなずける。
価格を優先する向きにブリヂストンが提案しているのが、スタンダードタイヤであるNEWNOだ。これは同社の最新タイヤ設計技術を用いて開発され、主にアジア圏で生産することで低価格を実現している。
アジアンタイヤのほうが価格は安いものの、品質による安心感を加味してNEWNOを選ぶというユーザーも増えている。これから低価格帯のタイヤ販売も競争が激化しそうな様相だ。
国産タイヤメーカーは差別化を図り、アジアンタイヤとのすみ分けが進んでいる。安さを取るか安心を取るかでユーザーの傾向は二極化しているようだ。
ユーザーが情報発信する機会が増えた昨今は、口コミが広がりやすい環境にある。価格と性能のバランスが取れた製品が、今後さらに市場で選ばれるはずだ。
(高根英幸)
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