片岡飛鳥氏 (C)ORICON NewS inc. とある日の都内某所、演出家・片岡飛鳥氏はこれからのテレビ界を担う制作者たちの前に立っていた。全4回におよぶ講義の初回のテーマは「制作者はどうあるべきか、どう見て、考えて、話すべきか」。長きにわたって“土曜の夜”を笑いでけん引してきた『めちゃ×2イケてるッ!』を筆頭に、数々のバラエティー番組を手がけてきた片岡氏がエンタメの未来に、伝えたいことは何なのか。初回講義の取材を敢行すると、時には立ち上がって、企業秘密ともいえるほど濃密なノウハウも明かしながら、ホワイトボードにペンを走らせて熱意をもって伝える片岡氏の姿があった。
【写真】名場面が続々!片岡飛鳥氏が手掛けた番組の数々 片岡氏が講義を行ったのは、テレビ制作、番組制作や映像制作を手がけ、フジテレビ系『千鳥の鬼レンチャン』、テレビ東京系『あちこちオードリー』などに携わっているUNITED PRODUCTIONS。「日本一のコンテンツサプライヤーになる」をミッションとしている同社が、自ら企画開発することが重要であり、社員育成にも取り組んでおり、岡村隆史の姿を追ったドキュメンタリーに同社も参加している縁もあり、片岡氏に講演を依頼した。この日、同社の会議室に集まったのは、業界歴1年から10数年まで、担当番組もそれぞれ異なるメンバーたち。緊張感もあることを察した片岡氏が、やさしく話しかける。「みなさん、仕事を中断されているんですよね。大丈夫ですか?早く帰りたいなとか思っていないですか(笑)」。
場も和んできたところで、片岡氏が「(同社の)森田社長から、若いみなさんがたくさん、いらっしゃって、育成・成長に情熱を傾けてらっしゃると伺い、私でよろしければ…」と講義にいたるいきさつを説明。出席者たちの人となりをつかむために、一人ひとりに自己紹介とともに「好きな食べ物」を聞いていった。「ナポリタン」と答えた出席者に対して、片岡氏が「古くからやっている喫茶店とかで出されるような、ギトギトしているようなナポリタン?」と詳細に追加質問を投げかけるが、これが今回の講義にもつながってくる。
その後、片岡氏は自身の経歴を振り返っていく。『オレたちひょうきん族』『森田一義アワー笑っていいとも!』のAD時代を「めちゃめちゃぜいたくな時代を過ごさせてもらった」と振り返りながら、『新しい波』(1992年)から『めちゃイケ』(1996年)へといたる流れも紹介。「途中、管理職としてネクタイを締めていた時期もありました。『めちゃイケ』は22年くらい、好きなようにやらせてもらって。本当にある意味、いい時代に自分の好きなことをテレビで表現させてもらえた」とかみしめるように口にしたが、こうした思いがあるからこそ、これからを担う世代に伝えたいのが「エンタメに関わることの魅力」だ。
制作者にとって、醍醐味を感じるのは、自分が考えた企画が形になる瞬間。片岡氏は、そこにいたるまで多くの過程があると説く。立案からプレゼン、会議を行って出演交渉などを経て、収録にこぎつけても、その後には編集作業が待っている。そうしてオンエアにいたるまでの流れで、片岡氏は、「制作者は自分が何を面白がっているのかを伝えること」が、どの局面でも求められるのだと言葉に力を込める。「制作者とは、伝えることのプロでないといけない。よく、若いディレクターや学生の方などと話していると『片岡さんのように面白いことを考えつくにはどうすればいいですか?』と聞かれるのですが、考えつくだけでは面白い企画やコンテンツは生まれません。制作者は面白いことを考えた上で、伝えるのがうまくなければいけない」。片岡氏の言葉に、出席者たちもメモを取りながら真剣に耳を傾けている。
「うまく伝える」とは、なんだろう。それは、決して口先だけが達者になることでない。片岡氏は大学を卒業してこの業界に入ってすぐに、『オレたちひょうきん族』『あっぱれさんま大先生』『ライオンのごきげんよう』などの演出であり、師と仰ぐ三宅恵介氏から“ある言葉”をかけられたことがある。「すべてのことを自分の言葉で説明できるように」。片岡氏は「新入社員として聞いた時には、まだその真意がよくわからなかった」と自身の経験をもとに、思いを届けることの必要性を口にした。「この言葉の本当の意味は『めちゃイケ』が始まってからようやくわかりました。言葉を濁す制作者に、出演者やスタッフがついてくるわけがない。自分の心の中に生まれた面白さを周囲にどう伝えて、どうモノを作っていくのか。自分が面白がっていることを、真摯に説明し続けるのが制作者」。
ここから「企画の考え方」に焦点を当て、実践的な話に。片岡氏は、さまざまなバラエティー番組を例にとって「この番組が面白がっているポイントはどこか」を簡潔に説明できるか、独自のフォーマットを使って出席者に問いかける。『めちゃイケ』とは、『アメトーーク!』とは、『水曜日のダウンタウン』とは…。片岡氏の問いかけに、出席者たちも言葉を尽くして説明しようとする。片岡氏は「言葉を尽くすことで差別化をしていく。ほかの番組と違うからこそうまくいっているはずで、それが何かを説明するトレーニング。言葉というものを『探す』→『選ぶ』→『練る』→『研ぐ』ことが大事になってきます」と熱を込めた。
さて、片岡氏が出席者たちの自己紹介パートで「好きな食べ物」について詳細に追加質問をしていたことを紹介したが、それがここへとつながる。「番組」を「好きな食べ物」に置き換えて、人となりを知る傍ら、「面白いポイント」について言葉を尽くして説明するように促していたのだ。出席者たちも気づきを得る中、片岡氏は“盟友”小松純也氏とともに何百枚もの企画書を見ていく中で気づいたという“あるある”を明かした。「どんな番組なのかという設定や出演者は書いているが、それしか書いていなくて、最も大事である【自分は番組のどこをどのように面白がっているのか】が書いていないものが驚くほど多かった」。
対話形式で進めるスタイルで、気がつけば予定していた2時間を超えていた。質疑応答の時間では、出席者たちから「規制との折り合い」「自分が好きなテーマを番組にすることの是非」など、さまざまな質問が寄せられ、それに対しても片岡氏は言葉を尽くして丁寧に話していく。合計すると約3時間、片岡氏はこのようにして、これまで数々の現場で真摯に伝えていくことで、出演者、スタッフとの信頼関係を築き、それが“唯一無二の番組”を生み出してきたのだと実感する瞬間でもあった。
2023年に8年ぶりに復活し、24年にも行われた『めちゃイケ』のスピンオフ配信番組『めちゃ×2ユルんでるッ!』では、岡村隆史をはじめとしたおなじみのメンバーたちはもちろん、若手芸人たちも一緒になって笑いを作っていた。ともに現地で取材を行った際、生配信中に片岡氏がコンマ何秒のタイミングで「今!」と指示を出したりしながら、出演者・スタッフが一体となって化学反応を楽しむ姿はなんとも印象的だった。言葉を尽くして真摯に向き合ってきたことで生まれた信頼関係と、自分が伝えたい「面白いポイント」が明確になることでブレない軸。それがもとになり、その場で起きる出来事にもそれぞれが瞬時に反応して、爆発的な笑いが起こる。
講義を終えた片岡氏に話を聞いた。今回は、数多くの人たちが関わるテレビ・配信における「企画の伝え方」について講義を行ったが、どんな分野でも応用が効く。「これがたとえYouTubeで何かを作る場合であっても、基本的な考え方は変わらないです。関わる人数が少なくなって、スモールベースボールになるから、その方がむしろ意思疎通が速い。さらば(青春の光)のYouTubeなど、話を聞いていると楽しそうでうらやましかったです。僕らも前身番組の『めちゃモテ』時代(1995年)には、カメラ1台で現場に駆けつけて『イェーイ!』って言いながら楽しくやっていましたが、今考えるとYouTubeに近いノリで。そういう意味では、ナインティナインは、既存のテレビへのカウンターで、YouTuberのハシリみたいなもんだったんじゃないかな」。
気になる作り手についても向けると「自分もまだまだ勉強中なので」と恐縮しつつも、言葉を紡いでいく。「加地(倫三)さん、藤井健太郎さん、佐久間(宣行)さんといった著名な作り手の方はもちろん存じ上げていて。番組を見たり、話を聞く中で『愛情や覚悟をもって作っているのだな』と感じています。直接、自分が関わった人間でいうと、フジテレビの原田(和実)くんは、いい意味の“変人”ですね。やっぱり変な人じゃないと変な番組は作れない(笑)。僕の中では、会社を離れる直前に最後の弟子のような思いで教えましたが、お台場の希望かも…と感じています」。【※原田氏は『ここにタイトルを入力』『有吉弘行の脱法TV』などを担当】
最後に、片岡氏が、今回の講義を多忙な中で引き受けた真意を口にした。「今のテレビ界、いろんなことがある中で、若い人たちがテレビの世界に夢をなくしたら大変だなと。ただでさえ、テレビ離れが進んでいる中で、ちゃんと(制作者としてのDNAや文化が)つながっていけばいいなという気持ちです」と柔らかな表情を浮かべた。
「きょう出席してくださった方の中に『千鳥の鬼レンチャン』のスタッフがいたのですが、僕がまだ会社にいたころ、この形の講義を初めて行った時、今『鬼レンチャン』で演出を担当している千葉(裕矢)くんも聞いてくれていたような…。その時は、まだ今のように内容も整理されていなくて、荒削りなところもあったと思います。だけど(千葉氏は)今日の講義のように『鬼レンチャン』スタッフに対して『言葉を研ぎ澄ませるように』と話をしていると聞きました。時を経て、自分がフジテレビで話しておいた意味もあったのかな…と、感じることができました」。今回の講義でも、また新たなバトンが手渡されていく。
【片岡飛鳥】
1964年、東京都新宿区で生まれる。88年にフジテレビに入社。『オレたちひょうきん族』『森田一義アワー笑っていいとも!』のADを務め、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』でディレクターを担当。『新しい波』での出会いがきっかけとなり、『とぶくすり』『とぶくすりZ』『めちゃ×2モテたいッ!』を経て『めちゃ×2イケてるッ!』がスタートする。『はねるのトびら』『ふくらむスクラム!!』『ピカルの定理』では企画監修を担当。『FNS27時間テレビ』は、2004年、11年、12年、15年の4回にわたって担当。22年にフジテレビを退社し、同年にとぶとりっぷ合同会社を設立。『めちゃ×2ユルんでるッ!』(FOD)、『アイカタ〜大切な人の【イイところ】撮ってきてください〜』(NHK)などの演出、10月10日からはナインティナイン・岡村隆史を484日間にわたり、ドキュメンタリーで追った『めちゃ×2メチャってるッ!〜Let’s Do MECHA again!』(FOD)の配信もスタートする。