限定公開( 1 )
2022年10月、大阪府豊中市にオープンした完全無人のうどん店「惑星のウドンド」(以下、ウドンド)。購入から調理まで完全セルフ、24時間営業という業態として話題を呼んだ。
当時は「無人なのに価格が高い」「うまくいかない」などネガティブな意見も寄せられたが、オープンから3年になる今、収益はどうなっているのか。セキュリティや衛生面で問題は起きていないのか。運営する齊藤産業(大阪府豊中市)の齊藤光典氏(社長)に話を聞いた。
ウドンドは、阪急宝塚線・大阪モノレール「蛍池駅」から徒歩約2分の場所にある。関西では珍しく、「日本一硬い」とも言われる山梨県富士吉田市の吉田うどんをベースにした麺が特徴だ。だしは関東風のしょうゆベースで、黒く仕上げている。
メニューは「かけウドンド」(550円)、「かけ油ウドンド」(550円)など4種を展開。トッピング(20〜500円)も用意し、店外からの持ち込みやカスタマイズも自由だ。
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支払いは、現金またはQRコードを読み込んで行うキャッシュレス決済に対応。現金の場合は、店内に設置された料金箱に代金を入れる。オープン当初はつり銭も用意していたが、現在は廃止した。
オープンから半年間は、齊藤氏が常駐するスタイルで運営。操作や店の仕組みを知ってもらうため、齊藤氏は「1日18時間くらい店舗にいた」と振り返る。
平日100食、週末150食、月商150万円という当初の目標に対し、最初の半年間は1日平均80〜90食を達成。人件費は齊藤氏分のみで、利益が出る見通しも立った。
常駐するとコミュニケーションが生まれ、客足は伸びる。一方で、人を配置した分だけ人件費は膨らんでしまう。体力的な限界と無人運営の目的とのギャップも生じたため、7カ月目から完全無人のセルフ運営に切り替えた。
●3人に1人が何も食べずに退店
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ところが、無人化に踏み切った直後から来店数は減少した。齊藤氏によると、仕組みを理解できないためか、何も食べずに帰る人も3〜4割に上ったという。
収益は少しずつ下がり、最終的には1日25〜30食まで落ち込んだ。赤字になる月もあったという。
その後、客足は少しずつ回復し、現在は1日40〜50食を維持。オープン当時より電気代などは上がったものの、損益分岐点である1日30〜35食は維持している。
来店数が増加した要因として、利用客層の変化が挙げられる。LINE決済のデータを見ると、20〜30代が半数以上を占めるようになり、若年化が進んだ。齊藤氏は「オープン時はメディアの露出が多く年齢層は高かった。無人化後は口コミやSNSで若年層における認知が広がった」と分析する。
売り上げは当初目標の半分程度にとどまっているが、無人化したことで業務負担は減少した。1日の作業時間は朝の約40分のみで、清掃や補充など最小限の業務で運営できている。週に一度、麺をゆでる釜に薬品を入れるなどの大掃除を行なうが、1時間半程度で完了している。
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●現金決済用の「つり銭」は廃止
これまで、窃盗は2件あった。無人でつり銭を用意していたので、それを盗まれたわけだが、カメラに映っていたこともあり、いずれも最終的には全額返金された。
無人でお金を置いていることに批判もあったが、すぐには廃止しなかった。齊藤氏は「性善説に基づく運営が本当に機能するのか、データを取りたかった」と語る。
売り上げと料金箱に入っている金額があわないこともあったが、多めに入れる人や、つり銭の取り忘れなどがあったようだ。その後、キャッシュレス決済の割合が増えたことで、現在はつり銭を廃止している。
この3年間で、大きなトラブルは起きていないという。夜にかけて来店が増える傾向にあり、週末の夜は酒を持ち込む客もいるが、少し散らかる程度だ。キッチンの器具が壊されたり、飲食チェーン店で起こったような調味料にイタズラされたりといった事態は発生していない。
想定外の使い方をされる場合もそれぞれ対応した。例えば、麺用の釜でゆで卵を作る客がいたものの、注意喚起を掲示して電子レンジでゆで卵を調理できる道具を設置したところ、被害はなくなった。
「開業前に見積もっていた損失を超えたことや、想定外のトラブルは一度もない」と齊藤氏は語る。性善説に基づく無人運営が、3年間にわたり機能していることが確認できる。
実際、筆者が訪れた際も店内は清潔に保たれており、トッピングコーナーや調理器具も整然と配置されていた。カメラが設置されていることで、「見られている」という意識が芽生え、モラルの維持に一役買っているようだ。
●「飲食業改革」と「街づくり」
齊藤氏はウドンドの運営にあたって、「業務負担の削減」と「街に明かりを灯す」という2つの目的を掲げている。先ほど、労働時間を削減できた話を紹介したが、街に明かりを灯すという点でも、成果が出ている。
ウドンドを「公民館」と表現する客もおり、地域のコミュニティースペースとしての機能も果たしているようだ。中には麻雀を持ち込んだり、うどんを注文せずに居座ったり、カップラーメンを持ち込んで食べたりする客がいたが、ウドンドではこれを容認している。
売り上げの機会損失にも見えるが、齊藤氏は「商売とは別の軸で見ている。うどんを食べなくても店内に人がいるのは街の防犯上の観点からも良いと考えている」と説明する。
地域のコミュニティスペースを目指す活動の一環として、11月から「共同総菜店」をスタートする。地域の主婦などが店舗で作った総菜を昼は有人で販売し、夕方以降は無人で販売。週3〜4日の営業を予定し、売り上げは作った人とシェアする。
主婦たちの収入につながるほか、ウドンド側も店に人がいる時間帯を作ることで、無人であることを理由に敬遠していた客層の来店を促す効果を期待している。
●飲食業の仕組みを変えるシステムを開発へ
売り上げは、今の水準を維持することを目標にしている。課題は、高校生を中心とした10代への認知拡大で、無人化によって若い客層になった現状をさらに広げたい考えだ。「思っていた以上に“平和”に運営できている。こんな場所があることを若い世代に知ってもらいたい」(齊藤氏)
ウドンドのチェーン展開は予定していない。新たな目標は、スタッフがいる時間帯と無人運営を使い分ける「ハイブリッド型店舗運営システム」の開発だ。
特定の時間帯に客が集中するエリアでの導入を想定し、データをもとに人員配置を最適化することで、店舗運営の効率化を図る。「店の立地やニーズに合わせ、ハイブリッド型で運営できる新しい飲食店を作りたい」と齊藤氏は話す。
ハイブリッド型の運営により、将来的にスタッフを雇用した場合でも、業務時間を抑えつつ、業界平均よりも高い時給を支払える体制を目指す。飲食業でよくある「きつい割に稼げない」という状況を改善する狙いだ。
2022年のオープンから3年がたつ。収益は大きくないものの、成果は4つある。「業務負担の大幅な削減」「街への明かり・防犯効果」「地域コミュニティーの形成」「無人運営の実証データ」だ。
効率化だけでなく、街に必要とされる店であり続ける──。ウドンドの挑戦は、まだ始まったばかりだ。
(カワブチカズキ)
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