2025年F1第24戦アブダビGP ホンダとの最後の集合写真に応じたマックス・フェルスタッペン(レッドブル) ヤス・マリーナ・サーキットを舞台に開催された2025年F1最終戦/第24戦アブダビGPはマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が今季8勝目/自身通算71勝目を飾り、3位となったランド・ノリス(マクラーレン)が2ポイント差でキャリア初のF1チャンピオンに輝きました。
今回は緊迫のタイトル争いに対する私見。チェッカー後にフェルスタッペンが無線で伝えたホンダ/HRCへの感謝。一旦区切りの一戦を迎えた角田裕毅(レッドブル)に向けた想い、そして10シーズンにわたって解説を務めたDAZNのF1中継について、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
アブダビGPで繰り広げられた2025年最後のレース、タイトルを争ったランキング首位ノリスとランキング2位フェルスタッペンは実にシンプルな戦いぶりでした。ノリスは表彰台圏内でフィニッシュすれば、フェルスタッペン、ランキング3位のオスカー・ピアストリ(マクラーレン)が優勝した場合でも、ノリスが初戴冠という優位性を維持した状況で週末を迎えました。
予選ポールポジションはフェルスタッペンが手にしました。ただ、ノリスはフロントロウから表彰台圏内に入れば、無理して優勝を狙う必要はありません。そこで、マクラーレンは予期せぬセーフティカーや赤旗中断といった、予定外の事態が起こった場合でも、ノリスかピアストリのどちらかがタイトルを獲得できるよう、ノリスがミディアムタイヤ、ピアストリがハードタイヤと、ピアストリにもタイトル獲得の可能性を残すなか2台でタイヤ選択を分けました。
対するレッドブルは、フェルスタッペンがミディアムタイヤ、裕毅がハードタイヤを履きました。とはいえ、フェルスタッペンが逆転タイトルを手にするには、ポールポジションからトップをキープするしかできることはありません。フェルスタッペン自身はポール・トゥ・ウインを獲ることに専念し、あとはシャルル・ルクレール(フェラーリ)やジョージ・ラッセル(メルセデス)といった他陣営がノリスをかわし、ノリスが表彰台圏外に下がることを待つしかありませんでした。
シンプルに、表彰台に上がることができればリスクを負う必要がないノリス。勝つこと以外はないフェルスタッペンという対決構図は、直接的なポジション争いが少なくとも、1周1周手に汗握る展開を生み出しました。ノリスは1周目にピアストリに2番手の座を明け渡すも、その後は落ち着いた走りで後続に隙を与えず、危なげなく3位でチェッカーを受けて、自身初のF1ワールドタイトルを掴み、シーズンを終えました。
個人的に、ノリスのようなドライバーが自動車レースの最高峰であるF1で世界タイトルを獲得したことは、新しい時代の幕開けのように感じます。表現が難しいのですが「優しい人でもF1チャンピオンになれるんだ」と、私は感じました。
ノリスはチャンピオンに輝くまで、今年だけでもコースの中ではチームメイトとの接触や他車とのアクシデントなど、決して順風満帆ではありませんでした。だだ、ノリスは自分が発するコメントや態度を通じた『コース外での争い』を好まないひとりです。ノリスという優しい青年が世界王者に輝くことは、今のF1が望んでいる若いファン層を獲得する上でも、F1が現状よりもさらに人気を集める後押しになるのではないでしょうか。
そして一時はランキング首位浮上も、シーズン中盤以降は苦しい戦いが続いたピアストリは、あの苦戦の要因がなんだったのかは定かではありません。ただ、苦戦続きで忸怩(じくじ)たる思いはあったでしょう。目標のタイトルには届きませんでしたが、苦戦していた時期を耐え抜き、そんな時期を経てシーズン最終盤に復調を見せたピアストリの精神性、忍耐強さには感動しました。悔しさと苦しい時期を経たピアストリというドライバーは、2026年に爆発的な成長と走りを見せてもおかしくはないなと感じます。
■フェルスタッペンの無線で泣きそうに。2026年角田裕毅への期待
感動といえば、決勝でトップチェッカーを受けたフェルスタッペンがパルクフェルメに向かう最中、無線でホンダに向けて「ここまで一緒に戦ってくれたホンダのみんなには、最高の成功をもたらしてくれたことに感謝しかない」とコメントしたシーンがありました。DAZN中継の解説をしながら、私は本当に涙を流しそうになりました。
フェルスタッペンというドライバーがそう伝えてくれたことに対する嬉しさ。そしてホンダという日本の会社がF1という世界でどれほど凄いことを成し遂げてきたのかを、F1の歴史に名を残すフェルスタッペンが伝えたことで、世界中のレースファンの方々にも届いたのではないかと思います。そして、それは凄く意味のあることだと思っています。
F1はドライバーズ選手権とコンストラクターズ選手権を争うスポーツですから、フェルスタッペンとレッドブルといった、ドライバーやチーム(コンストラクター)の活躍に注目が集まるのは当然です。ただ、その戦いをレッドブル・パワートレインズを支えることで貢献し続けたホンダの凄さは、フェルスタッペンも痛感していたのでしょう。それをホンダとの最後のレース、それもチェッカー後の無線というかたちで伝えてくれたことがなによりも嬉しかったです。
そして、裕毅にとってアブダビGPはレギュラードライバーとしては一旦の区切り一戦でした。しかし、フリー走行3回目でピットレーンを進むなか、アン・セーフ・リリースされたアンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)に接触されてしまい、フェルスタッペンと同じフロアを使用できなくなるという、まさに逆境のなかで予選を迎えました。
それでも予選Q3まで残り、フェルスタッペンにトゥ(スリップストリーム)を与えるサポートに徹したことは、裕毅の成長を存分に感じましたし、ドライバーとしてのポテンシャルをしっかりと示したと思います。決勝でノリスが後ろからきた際には、タイヤのコンディションも大きく違ったため、ノリスにかわされたことは仕方がなかったと思いますね。裕毅のなかでやるべきことはきちんとやれたのかなと思います。
2026年シーズン、裕毅はレッドブルのテスト&リザーブドライバーを務めます。テストドライバーはクルマの開発を手助けし、どれだけチームに対し有益な情報を与えられるかが求められる仕事になります。また同時に裕毅はリザーブドライバーを務めるので、レギュラードライバーであるフェルスタッペン、そしてアイザック・ハジャーが出走できないという状況になれば、裕毅が走ることになり、そうなれば2026年シーズン中にレースに出る可能性もあります。
そのため、レギュラーではなくとも裕毅は依然として、つねに万全の状況でレースウイークに向けて準備し続ける必要があります。レースに出ない週末であっても、テスト&リザーブドライバーという少し外側の立場からグランプリを見る機会を得ることで、新たな視点が裕毅に加わるでしょう。その時間を自分自身にプラスになるように繋げてほしいと願っています。
■DAZN中継でF1解説を務めた10年
そして、今回のアブダビGPでDAZN JapanによるF1中継が区切りを迎えました。2016年夏のベルギーGPから約10シーズンにわたり、解説を務めさせていただきました。レーシングドライバーとは違った立場でF1を見る・伝える機会をいただき、私にとっても大変ありがたい時間でした。
解説者という外側のポジションからF1を見ることで、新たにたくさんのことを学ぶことができました。番組という物を作り上げていくプロセスはF1やモータースポーツの世界と同じで、大勢の人たちがチームを組んで、ひとりひとりの活躍のおかげで素晴らしい物が生み出されます。個人的に、こういったプロセスをモータースポーツ以外の分野で経験したことは、初めてでした。
解説者として、自分の仕事に完璧に満足しているわけではありません。もっと上手く、わかりやすくお伝えすることができたのではないかなど、今でも自分のなかにさまざまな想いがあります。私がF1解説を通じてやりたかったことは、F1やモータースポーツの楽しさをお伝えすることで、それを念頭に置いて解説を務めさせて頂きました。
F1はビギナーの方にとってときに難しく感じたり、わかりにくいと感じる部分があります。まずはビギナーの方にもF1に興味を持って頂き、楽しんでいただくために、極力難しいことは話さない。長年の経験でレースの展開や戦略の予想が序盤にできてしまった場合でも、あまり早いタイミングで戦略予想をお伝えしないようといったことは、常に意識していました。
わかりやすく、F1の楽しさをお伝えすること。それは2016年にDAZN JapanさんとF1中継を始める際に、一緒に話し合って決めたスタイルでした。そのスタイルは10シーズン変えることなく続けてきました。中継や番組を通じて、私たちの想いがみなさんに伝わっていたかは定かではありませんが、DAZNでの中継や番組を通じてF1を楽しみ、さらにF1を好きになってくださっていたら幸いです。
解説という経験をさせて頂いたことに対し、中継や番組を見てくださったみなさん、そしてDAZN Japanさんへの感謝の思いでいっぱいです。本当にありがとうございました。また、長らくご一緒させて頂いたサッシャさんとも凄く良い関係を築くことができ、本当に楽しい時間を過ごせました。約10年間の解説で得た経験を、何かに繋げる機会があれば良いなと思います。
さて、2026年は車両レギュレーションが大幅に変わり、F1は新たな時代を迎えます。『アクティブ・エアロダイナミクス』を搭載したF1マシンがどのような挙動を見せるのかは、早く見てみたいですね。2025年までのF1マシンの最大の課題はオーバーテイクが難しいという点でした。さまざまな変更点がありますが、そのほとんどがオーバーテイクしやすいクルマへと改善する内容で、F1とFIA国際自動車連盟が課題に対する答えをすべて盛り込んだレギュレーションだなという印象です。良い変化がF1に訪れるのではないかと感じています。
【プロフィール】中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS鈴鹿)のカートクラスとフォーミュラクラスにおいてエグゼクティブディレクターとして後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
・公式HP:https://www.c-shinji.com/
・公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24
[オートスポーツweb 2025年12月14日]