ダカールラリー2026を完走した藤原慎也(RS moto RACING/ホンダCRF450 RX Rally) 1月3日から17日にかけて、中東サウジアラビアで行われた2026年W2RC世界ラリーレイド選手権の開幕戦ダカールラリー2026。日本屈指のトライアルライダーである藤原慎也は初めてダカールラリーに挑み、イタリアのRS moto RACINGのサポートの元、ホンダCRF450 RX Rallyに乗って2輪部門総合55位、ラリー2クラス44位で見事完走を果たした。
藤原は2014年に全日本トライアル選手権の国際A級でチャンピオンを獲得し、翌年から国際A級スーパー(IAS)で活躍。コース上の障害物を刺すような鋭いライディングで攻略していくことから“ぶっ刺し先生”の愛称を持つ、日本を代表するトライアルライダーだ。
藤原が世界一過酷なモータースポーツのひとつとされるダカールラリーへの挑戦を決めると、株式会社松尾製作所が計画を全面的にサポート。以降は3年計画で参戦権を獲得し、そのほかにも多くの協賛企業の支援を受け、さらにクラウドファンディングでも資金を募ったことで、ようやく夢の舞台へのチャレンジが実現した。
ダカール本番へ向けて藤原は、まずW2RC世界ラリーレイド選手権の『ラリー・デュ・モロッコ』に2度挑戦し、W2RCおよび砂丘での経験を積んだ。
そして迎えた本番。藤原は、ホンダ・レーシング(HRC)が開発した世界限定50台のバイク『CRF450 RX Rally』に乗り、HRCとともにライダーの支援を行うイタリアの名門チームRS moto RACINGのサポートのもとで走行をスタートした。
ダカールラリー2026の拠点は紅海沿いの都市『ヤンブー』。今大会は1月3日のプロローグを皮切りに、日々のステージで広大な砂丘やひどく荒れた岩場を駆け抜けながら、サウジアラビア国内を1周する行程が組まれた。
各ステージは、ラリー直前に手渡されるロードマップのみを頼りに走行しなければならず、GPSなどの位置情報を使用することはできない。そんななか、100m級の砂丘や崖、ガレ場(石や岩が積み重なった不整地)やワジ(水のない枯れ川)などの難所に日々挑戦し、時にはライバルらと協力しながら、最大時速160kmのスピードで駆け抜けた。
オープニングステージから果敢に攻めた藤原だが、ステージ2で高さ10m以上の崖を落下するアクシデントに見舞われた。その結果、顔面を自分のバイクのハンドル部に強打してしまい、眼窩底骨折を負ってしまったという。以降は、複視症状(ものが二重に見える視覚障害)に苦しめられることとなった。
そしてダカールラリーの厳しさは、さらなる災難として藤原を襲った。ステージ5では、砂に隠れた岩にタイヤがヒットし転倒。高さ2mほど空中に投げ出され、地面に叩きつけられてしまった。ドクターヘリが降り立つほどの大クラッシュで、その日ゴール後のメディカルで下された診断は「左の鎖骨が折れている。全治6週間。レースを続けることは勧められない」というものだった。
夢の舞台の前半戦、ステージ5で早くも事実上のドクターストップを受けた藤原。当時の藤原の葛藤は計り知れないが、痛みに耐えてレースを続行することを決断し、手負いの身体に鞭を打って目の前の夢を追いかける決心をした。
以降は“完走優先”の走りに切り替えたが、体調が万全であってもハードなコースが次々と立ちはだかる。鎖骨の患部をテーピングで固定していても、路面のギャップを超えるたびに激痛が走ったというが、それでもトライアルで培ったライディングスキルとこの3年計画での経験をフル活用し、ひたすらゴールへ向かった。
そして迎えた最終日。最終ステージでは「最後の最後にレーサーとしての欲が出て転倒」したとのことだが、泥だらけになりながらも走り切り、無事にフィニッシュエリアに到着した。
大会期間中、多くのファンへ向けてSNSを毎日更新し、その雄姿をリアルタイムで日本に届けていた藤原。多くの協賛企業や関係者、日本のファンからの応援を日の丸として背負い、複視症状や骨折による激痛に堪えながら、たった一人の日本人ライダーとしてダカールラリー(全7983km)を完全走破した。以下、プロジェクトの完遂を報告するリリースに記された藤原のコメント全文だ。
●藤原慎也のコメント全文
このたび、3ヶ年計画で目指してきた2026年ダカール・ラリーにおいて、無事ゴールポディウムに立ち完走者になることができました。スタートから15日間、総走行距離7,983km。そのうち、目の周りと鎖骨の骨折を抱えた状態で走行した距離は5,214kmに及びました。
ダカール・ラリーは、世界で最も過酷なモータースポーツと称される大会です。今大会においても、ステージ2での大きな転倒による眼窩底骨折、ステージ5でのクラッシュによる鎖骨骨折など、数々の困難に直面しました。多く多く転倒しました。一時は、ドクターから「継続走行は困難」と告げられる状況でもありました。
それでも最後まで諦めず、走り続け、完走という結果を残すことができたのは、ひとえに日頃よりご支援・ご声援をくださっているスポンサー各社の皆様のお力添えがあったからに他なりません。
本来であれば、レーサーとして万全なコンディションで全力を発揮し、戦い抜きたいという思いがありました。その悔しさは今も残っています。しかし、負傷した限られた条件の中でも、その時点での自分にできる“ベスト”を尽くし、最後まで逃げずに挑み切れたことは、大きな経験と誇りになりました。
過酷な環境下でも高い信頼性と性能を発揮してくれた ホンダCRF450 RX Rally、そして常に最善を尽くしてくれた RS moto RACING チームの存在も、完走に欠かせない要素でした。
夢に向かって走り続けてきた。ダカールをフィニッシュするために走った。
果てなき砂漠を越えてきた。何度もヘルメットの中で泣いた。地球上で最も過酷なレースを完走した。
諦めない心で戦った。多くの応援があった。多くの支えがあった。だから、ここに立てました。
本プロジェクトをご支援いただいた株式会社松尾製作所をはじめとするスポンサー各社の皆様、ダカール・ラリー運営・関係スタッフの皆様、そして常に励ましてくれた世界中の人々、そして家族に、心より御礼申し上げます。
この完走は、決して一人では成し得なかった成果です。皆様とともに掴んだ結果です。
ダカール・ラリーは、単なるレースではなく、「挑戦し続ける者だけが辿り着けるロマン」だと、改めて実感しました。
今後とも変わらぬご支援を賜りますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。
心より感謝を込めて。
[オートスポーツweb 2026年01月25日]