市川中車、歌舞伎になじみのない新宿での公演に並々ならぬ思い 大躍進続く息子・團子は「努力の賜物」

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2026年04月12日 14:10  クランクイン!

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(左から)市川團子、市川中車  クランクイン! 写真:米玉利朋子(G.P. FLAG inc)
 市川中車、市川團子が出演する歌舞伎町大歌舞伎 三代猿之助四十八撰の内『獨道中五十三驛(ひとりたびごじゅうさんつぎ)』が、5月よりTHEATER MILANO-Zaにて上演される。新宿歌舞伎町という歌舞伎になじみのない土地で、三代目市川猿之助(二世市川猿翁)が復活させた演目をそのスピリットごと引き継ぎ届ける2人に、本作の魅力や歌舞伎初心者でも楽しめるポイントを教えてもらった。

【写真】市川中車・團子親子2ショット&カッコよすぎるソロショットも!

◆「三代猿之助四十八撰」の人気演目挑戦に並々ならぬ思い

 『東海道四谷怪談』や『桜姫東文章』で知られる四世鶴屋南北が手掛けた本作は、長らく上演が途絶えた後、昭和五十六(1981)年に三代目市川猿之助(二世市川猿翁)が歌舞伎座にて通しで復活上演。澤瀉屋の中でも特に人気が高い作品で「三代猿之助四十八撰」のひとつに数えられている。

 今回中車は本作において屈指の人気を誇る「岡崎無量寺の場」で十二単をまとって宙を飛ぶ猫の怪を勤め、THEATER MILANO-Zaでの初宙乗りに挑む。一方の團子は、常磐津を用いた舞踊『写書東驛路』で、お半と長吉、老若男女から雷まで十三役を早替りで勤める。

――澤瀉屋さんでも人気の演目となる『獨道中五十三驛』。出演への意気込みをお聞かせください。

中車:埋もれていた古狂言を復活させようと、父が1980年代に躍起になって起こしていた演目の1つ、この『獨道中五十三驛』を私と息子の團子でやらせていただきますこと、本当にありがたく光栄に思っています。泉下の父もきっと見守ってくれているのではないかと思います。

私は『岡崎の猫』という一編を担当させていただきますが、本当に不思議な演目だなと思いつつ、父が得意とするところの演目ですので、なんとか父のスピリットを1人でも多くの方にお見せできるよう研鑽に努めてまいります。

團子:この作品は、鶴屋南北初演の当時に流行っていた、十返舎一九の『東海道中膝栗毛』とは出発点と終点を逆に、出発を京都三条大橋、終点を日本橋にして、そこにお家騒動が絡んで、道中で物語が展開されていく作品です。

私は今回初めて早替り舞踊に挑戦させていただくということで緊張もありますが、普段あまり歌舞伎が上演されないTHEATER MILANO-Zaで歌舞伎を上演させていただけるということで、歌舞伎を観たことがある方にも、ない方にも、幅広い世代の皆様に楽しんでいただける公演になるよう精一杯努めていけたらと思っています。

――宙乗りもそうですが、「岡崎の猫」では、人であり、実は化け猫であるという役どころを演じられますが、役作りの難しさはどんなところに感じられていますか?

中車:化け猫なわけですから不気味でなくてはならない。映像で残っている父の猫の顔は本当に不気味ですし、喋り方も含めてとても特徴があります。それはおそらく父が何十年にもわたって積み上げてきたものの結果だったはずで、私には当然それがありませんので、そこに挑戦していかなければならないのはとても難しいことです。

しかし、父があの役に対して持っているもう1つの大きなポイントがチャーミングさだと思うんです。すごくかわいいところがあって、そのかわいさと不気味さ、人間としての怖さを揺れ動かすところが、この役の面白みだと思っています。チャーミングさ、かわいさというものがこうすれば出るのではないかなというイメージが私の中にあるので、そこを取っ掛かりにして、不気味さと父が持っているスピリットに向かっていきたいと思っています。

――團子さんは初めての早替りをどのように勤められたいと思われますか?

團子:この踊りは『於染久松色読販』という作品の中の早替り舞踊をベースとしまして、そこに、さらに他のいろいろな作品からおいしいところが取り込まれて構成されています。本当はそれらの作品が全部できた上で挑むのが一番いい形だと思うのですが、今回ありがたいことに身に余る大役をいただきましたので、まずはとにかくその元となる作品を勉強し、しっかり自分の中で押さえて、その作品の本質というものを自分の中に入れた上で早替り舞踊を演じることが、それぞれのお役の演じ分けという面においてもメリハリがつくと考えています。

早替りは何から何まで、裏の皆様に支えていただいて初めて実現できることです。皆様の前に1秒でも早く出て来れるよう、裏の皆様としっかり息を合わせて勤められたらと思っています。

◆「歌舞伎はネタバレしたほうが面白い演劇」(團子)


――復活上演から45年が経ちますが、今この作品を届ける意義をどう感じられていますか?

中車:歌舞伎の敷居というものを壊しつつ壊さないという線引きを父はずっと追い求めていたと思うんです。例えば、弥次さん喜多さんを出すことでストーリーを運ぶ人たちを入れるというのは、1981年の段階では勇気がいることだったと思いますが、歌舞伎というものは難解で敷居が高いと現代の人たちが足を運ぶことを止めているとするならば、その敷居を低くしようという努力を45年前にすでに父はしていた。今回声優さんが古典歌舞伎を語り演じる「こえかぶ」とのコラボレーションもありますが、そうした父が目指したものを検証する機会になるのではないかなと感じています。

いずれにしても、初めて観る人をどう開拓するかというのは歌舞伎の生命線であり、常に求められていることだと思うので、今回父が追い求めていたものを検証するという機会に恵まれたのは、澤瀉屋にとってはありがたいことだと思います。

團子:祖父は作品を創る時に「テンポ」というものを大切にしていました。いかにだれることなく、お客様に舞台を楽しんでいただくか。原作が、人間の因果関係を複雑に描く南北の作品ということもあり、祖父の初演の初日の上演時間は、なんと7時間程だったらしいのですが、再演のたびに改変が重ねられ、最終的には3時間45分程にまで短くなりました。現代は、YouTubeの動画などでも、どんどんコンテンツの時間が短くなっています。当時から「テンポアップ」の重要性を常に考えていた祖父は、時代の先を行くところがあったのだなと実感します。

祖父の初演から45年経った今、現代の大学生の世代の私が観ても本当に面白く、感動できるというのはすごいことだなと思います。祖父の作品の普遍性というものがどんどん確固たるものになっているなと感じています。

――THEATER MILANO-Zaでの上演ということで、あまり歌舞伎になじみのないお客様も足を運ぶことになるのではないかと思いますが、そうした方にここを楽しんでもらいたいという点はどんなところでしょうか?

中車:やっぱり生の演奏と、マイクを使わない生の声、演者の迫力や“間”ですね。日本語の間というものがいかに気持ちいいものであるか、五・七・五で言うこと、歌舞伎の中での“情の間”というものを現代の人は100%感じずに生きているはずなんです。しかし、それを感じることは、呼吸法であったり、自分自身の肉体に何か響かせるきっかけになる可能性があると僕は思っているんですね。呼吸の間の大切さという日本人だけが持っているものが僕はあると思っていて、それは歌舞伎に色濃く残っている。むしろ歌舞伎にしか残っていないかもしれない。その間と生の音との調和を聴いてほしいと思います。

團子:歌舞伎を初めて観ていただく時に、どうしても映画やアニメと同じ感覚で予備知識なしでそのまま観ようとなると思います。けれどもし歌舞伎が難しい、よくわからないというイメージのあるお客様がいらっしゃったら、筋書を読んでいただいたり、イヤホンガイドを借りていただいたりして、是非お話の起承転結を知った上で歌舞伎を観ていただくということを体験していただきたいです。歌舞伎は実はネタバレをしても楽しむことができる演劇です。現代とは文化や価値観、話し方も違う時代のお話を、そのまま理解できる楽しさを感じて貰えると思いますし、背景を理解した上で歌舞伎のいろんな技法や見せ場を観ると面白さが段違いなんです。

中車:僕もそう思う。筋書を買ってほしいよね。だからギリギリじゃなくて30分前には劇場に来てほしいです。特にTHEATER MILANO-Zaみたいに歌舞伎町のど真ん中にあって、駅からネオンや看板がいっぱいの中を通って到着する劇場だと、歌舞伎の雰囲気に慣れるまでに時間がかかってなかなか没入できないかもしれない。上演までちょっとこうタイムスリップする時間を作った方がいいような気がします。

――より多くの人に歌舞伎に親しんでもらうという点でお二人はどのような思いをお持ちですか?

中車:これは本当に答えがないんですよね。まず多くの人に観ていただくには基本的に値段を下げるということしかないんです。ただ、歌舞伎はいろんなものをアナログでやっている演劇なので、そういったものを用意するのも大変お金がかかるのでなかなか難しい。でも今、「歌舞伎を観てみよう」というムーブメントがあるとするならば、今回の公演は新鮮にお客様を呼び込めるような気はしています。

なかなか僕の中では答えがわからないですけど、AIだったりいろいろデジタルなことを全部呑み込んで生きていくわけだから、その中でどうするか。むしろこの年代の人(團子)がそれを解決していかなきゃいけないなと思います。

團子:その人がどれだけ頑張ってその作品に臨んできたか、その姿勢が芸に出ると思っていて。それはアイドルでも、声優さんでも、現代劇の俳優さんでも、それこそ歌舞伎の舞台も全部一緒だと思うんです。例えばK-POPアイドルも、初めはその世界の知識がなくても、その人の頑張っている姿を見て魅力を感じたら自分で調べるようになり、さらに言葉を話せるくらいまでになるお客様もいらっしゃる。そういうのは歌舞伎で考えても一緒だと思っていて、とにかく自分がどれだけそのお役に懸けて一生懸命にやっているかというところを観ていただき、いいなと思っていただけたら歌舞伎をもっと知ってみようという気持ちが自然と湧くと思うんです。歌舞伎だから特別どうということではなく、やるべきことは実は一緒なんじゃないかなと思います。

◆中車、大躍進の続く團子は「努力の賜物」


――ここ数年目覚ましい成長を遂げられている團子さんを中車さんはどのようにご覧になられていますか?

中車:努力の賜物だと思います。親子ではありますが、我々は2012年6月5日に初日を共に迎えた同輩です。13年半が経ちましたが、やはり子どもというのは覚えるのが早いんですね。私はもうどんどん差をつけられております。

とはいえ、澤瀉屋の年長組としてこのように息子と共に公演をさせていただくことは本当にうれしいですし光栄なこと。ただそれと同時に、歌舞伎にあまりなじみがない新宿というこの土地に歌舞伎の公演を根付かせる一端を2人で共に歩んでいくことができるという重み、責任感もあります。

――團子さんは中車さんと一緒の作品を勤め上げるということへの思いはいかがですか?

團子:澤瀉屋にとって大切な作品である『獨道中五十三驛』の中で、それぞれ責任のある大役を勤めさせていただくので、覚悟を持ってお役に挑みたいと思っています。

父は努力の人と言ってくれましたが、全然そんなことはないです。子どもの頃から映像作品に臨む姿もずっと見てきましたし、父の方こそ努力の人、努力の賜物だと思います。

――團子さんはこの春大学を卒業され、歌舞伎一本となって最初の作品になるかと思います。今後歌舞伎俳優というお仕事にどのように向き合っていきたいですか?

團子:自分の中でもとにかくしっかりしなければいけないという意識が常にあります。学生から社会人へと立場が変わりさらにその意識が強くなると思いますし、そうならなければいけないと思っています。そういう思いをどう体現できるかというのは、とにかく舞台のクオリティを上げることが第一だと思っています。社会人になったからといって、変に何かを変えるとかではなく、ただただ舞台に対して誠実に、情熱を持って取り組んでいきたいです。

――歌舞伎町にあるTHEATER MILANO-Zaでの上演となりますが、新宿や歌舞伎町のイメージや思い出がありましたら教えてください。

中車:和田憲明さんという知る人ぞ知る猛烈な演出家がいまして。素晴らしい演出家なんですけども、とにかく役者を追い込む方なんです。新宿の劇場で上演されたある作品で主演を務めたのですが、共演した唯野未歩子ちゃんという虫も殺さないような俳優さんが和田さんとある日大喧嘩するという荒んだ現場でした。

ある日、芝居の中で使っていた本物のスタンガンがスイッチを切っても止まらなくなってしまって。1000ボルトぐらい流れているスタンガンがブブブ、ブブブと舞台上で暴れちゃったことがあったんです。でもその日、和田さんから「すげえ舞台だった! 感動したよ。生ってこういうことだな!」と初めて褒められたんですよね。それまで2ヵ月間稽古していて1回も褒められなかったので、もううれしくてうれしくて! ダッシュで新宿駅まで走って帰った思い出があります。

團子:私はそのような思い出はないんですけど(笑)。私はとんかつが好きなのですが、新宿周辺のお店にはほとんど行ったことがないので、舞台の間にいろいろとんかつのお店を探せたらなと楽しみにしています。

中車:いいバランスの答えを持ってくるねぇ〜(笑)。

(取材・文:渡那拳 写真:米玉利朋子[G.P.FLAG inc])

 歌舞伎町大歌舞伎 三代猿之助四十八撰の内『獨道中五十三驛』は、東京・THEATER MILANO-Zaにて5月3日〜26日上演。

※「澤瀉屋」の「瀉」のつくりは、正しくは“わかんむり”

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