画像はイメージです(以下同) “ご近所ガチャ”という言葉があるように、賃貸とはちがい長期的な居住を目的とした戸建て住宅においては、隣人との相性がとても重要なポイントになります。
今回取材に応じてくれた夫婦は、あることが原因で序盤から隣人との関係が破談したそうです。一体何があったのでしょうか。
◆理想の注文住宅と完璧な「防犯システム」
「やっと手に入れた理想の我が家だったんですけどね。まさか、あんな展開になるとは夢にも思いませんでした」
そう苦笑しながら語るのは、半年前、都心から離れた新興住宅地に注文住宅を建てた工藤さん(仮名・32歳)です。都内のマンション売却益を元手に建てた一軒家は、壁の色から植栽に至るまで工藤さんのこだわりが詰まった自信作でした。
中でも彼が心血を注いだのが、防犯設備です。
昨今の物騒なニュースを懸念し、建築段階から壁内に専用ケーブルを通す本格的な「PoE方式」を採用。計5台の高性能カメラを配置し、自宅の周囲を360度カバーする鉄壁の監視体制を構築したのです。
「マンション暮らしでは味わえない安心感を手に入れたつもりでした。夜間でも鮮明に映る広角レンズを導入して、スマホ一つでいつでも家の様子を確認できる。僕にとっては、家族を守るための最高のお守りだったんです」
◆「挨拶」の裏側に隠されたお向かい夫婦の疑念
そんな工藤さんの自宅の向かいにある建売住宅に、最近、一組の若い夫婦が引っ越してきました。日曜日の昼前、工藤さんがパジャマ姿でくつろいでいると、インターホンが鳴り響きました。モニターには、並んで立つお向かいの夫婦の姿が映っていたといいます。
「てっきり引越しの挨拶だと思って、慌ててスウェットに着替えて玄関に出たんです。すると、開口一番にこう言われたんですよ。『向かいに越してきた者です。よろしくお願いします。……あのお、そのカメラ、ウチ映ってません?』って」
工藤さんは一瞬、言葉に詰まりました。実は導入したカメラはかなりの広角レンズで、お向かいの玄関先まで鮮明に射程に捉えていたからです。しかし、以前ネットで「他人の敷地が映り込むとプライバシー侵害でトラブルになる」という記事を読んでいた彼は、とっさに嘘をついてしまいました。
「いえ、ウチの敷地内だけを映すように設定していますから大丈夫ですよ、と。でも、お二人の表情はどこか腑に落ちないというか、探るような冷ややかなものに変わったのを覚えています」
◆ポストに届いた一通のメモと消去した“証拠”
気まずい空気のまま別れた1週間後、事態はさらに深刻化します。工藤さんが仕事から帰宅しポストを確認すると、そこには宛名のない封筒が入っていました。中には、お向かいの主人からの手書きのメモが残されていたのです。
「『カメラの録画範囲がどうしても気になるので、一度モニターで確認させてほしい』という内容でした。それを見た瞬間、背筋が凍る思いでしたね。もし今見せたら、嘘をついていたことがバレて、それこそ修復不能な関係になると思ったんです」
ビビってしまった工藤さんは、その日の夜、脚立を持ち出して必死にカメラの角度を調整しました。さらに、それまで蓄積されていた録画データもすべて削除。万が一「以前はどうだったのか」と詰められた際、証拠が残っていないように隠滅を図ったのです。
「自分でも卑怯だとは分かっていました。でも、引っ越してきたばかりで『監視魔』だと思われるのは、今後の生活を考えるとどうしても避けたかったんです」
◆払拭できないわだかまりと冷え切った「ご近所付き合い」
後日、工藤さんは重い腰を上げ、お向かいの主人を自宅に招き入れました。調整済みのモニター映像を見せると、確かにそこには向かいの敷地は映っていません。主人は納得した様子でしたが、過去の録画データが空であることに気づくと、露骨に不審な表情を浮かべたといいます。
「『設定ミスでデータが消えてしまったんです』と苦しい言い訳をしました。主人は『そうですか』とだけ言って帰っていきましたが、あの時の疑いの眼差しは今も忘れられません。結局、それ以来お向かいとは最低限の挨拶を交わすだけの、冷え切った関係が続いています」
工藤さんは、高性能なカメラを導入したことを後悔しているわけではありません。ただ、導入時にプライバシーへの配慮を怠ったこと、そして最初のボタンを掛け違えたことが、これほど長く尾を引くとは思っていなかったと語ります。
「自由設計の家で満足感は高いですが、お向かいの窓に明かりが灯るたびに、どこか監視されているような、落ち着かない気分になるんです。鉄壁の防犯カメラは、泥棒は防げても、隣人との心の壁までは防いでくれませんでした」
理想のマイホームを手に入れた工藤さんですが、その胸中には今も、消去したはずの録画データのように「空白」のわだかまりが残り続けています。
<TEXT/八木正規>
【八木正規】
愛犬と暮らすアラサー派遣社員兼業ライターです。趣味は絵を描くことと、愛犬と行く温泉旅行。将来の夢はペットホテル経営