
ギフテッドという言葉にTwice Exceptional(二重に特別な)という意味の2Eが付いた「2Eギフテッド」と呼ばれる人たちがいます。その才能や特性ゆえに、彼らが抱える困難や生きづらさについて考えます。
【写真を見る】「生きていたら何とかなる」特別な才能の一方で困難も…“2Eギフテッド”が抱える生きづらさ【報道特集】
“ギフテッド”と呼ばれて「ギフテッド」と呼ばれる子どもたちがいる。
全米ギフテッド協会(NAGC)は「特定の領域において、並外れたレベルの能力を示す人々」と定義している。優れた才能が注目を浴びる一方で、その中に、困難や生きづらさを抱える子どもたちがいることは、あまり知られていない。
「言語理解」の分野で特に高いIQ・知能指数を持つ“ギフテッド”の女性がいる。母親と2人、宮崎県で暮らしている、詩歩子さん。
短歌や小説を書くことが趣味で、たびたび作品が入賞し、専門誌に掲載されてきた。
詩歩子さん
「年間3位になったことがあるんです。嬉しかった。すごく評価をもらったから本当に嬉しかった」
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詩歩子さんの作品
「生きることそれは私を許すこと風の中にも光る星がある」
「どこまでも深い青を思うときこれぽっちの人生なんだと」
自費出版した自分の小説や短歌が評価され、フリーマーケットで売れることが、一番の楽しみだという。
詩歩子さんは、公費などで運営されるB型事業所で働いている。一般企業で働くことが困難な人に向けた福祉サービスだ。
母親の睦子さんは、幼いころの詩歩子さんについて大人しくて育てやすかったが「他の子とはどこか違う」と感じてきたという。
母・睦子さん
「感覚的にすごく過敏で、同じ洋服しか着ないだったりとか、何かおかしい何かおかしいと思って、保健所とかに聞いても『お母さんがシングルマザーだから愛情が足りないからでしょ』と」
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B型事業所では、WEB記事の執筆を担当する。収入はわずかで、家族の暮らしは母・睦子さんが支えているのが現状だ。
詩歩子さんの人生が大きく変わったのは、小学校時代だった。成績はトップクラスだったが、周囲に話を合わせたり、友達の反応を理解できないことで次第に仲間はずれにされ、「叩く・蹴る」などの激しいいじめも受けるようになった。
4年生のとき、いじめから逃れるため田舎に移り住む「山村留学」を決めた。「里親」と呼ばれる受け入れ家庭から地域の学校に通う。そこの校長の勧めで初めて専門医の診断を受けた。
母・睦子さん
「『検査を受けたら発達障害ってわかりました』『アスペルガー症候群で相当な高IQのお子さんです』『今からちょっと大変な思いをきっとこの子はする』『思春期に入るまえにわかってよかったね』と、励ましなのか、呪いのような説明があった」
詩歩子さんは「発達障害」という言葉の意味が理解できなかったという。
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詩歩子さん
「自分そのくらいのIQ持っているんだ、逆にすごいじゃないかと。何で高IQがあるのに障害って言われるのかわからなかった」
以前はアスペルガー症候群、広汎性発達障害などと呼ばれていたが、今では自閉スペクトラム症(ASD)と総称される。
「お前も人を殺すから」2Eギフテッドを襲った誤解と消えない恐怖診断を受けた20年以上前は、少年事件とアスペルガーなどを特集する多くの記事が掲載されていた。今では因果関係は明確に否定されているが、詩歩子さんの診断に当時の「里親」は過剰な反応を示したという。
ーー里親さんから凶悪事件のことを初めて言われたんですよね?
詩歩子さん
「〇〇事件(の加害者が)発達障害だった。『お前も人を殺すからうちの子を殺さないでくれ』『死ぬんだったら(山村留学を)やめた後に自殺してくれ』と言われて、すごくグサッときて」
詩歩子さんはそれ以来、凶悪事件と発達障害について書かれた本や雑誌をかたっぱしから手にとり読むようになった。自分もいつか人を殺すのではという不安にとりつかれ、髪の毛を抜くなど自傷行為を繰り返した。複雑性PTSDを発症し、高校1年生のとき精神科病院に入院した。
詩歩子さん
「私も人を殺すんじゃないかと思ったら『死ななきゃいかん』って。列車の踏切に行ったこともあるし、飛び降りようとしたこともあるが、やっぱり死ねなくて」
母・睦子さん
「自傷もあるが、私とか母とかに対して、パニックになると叩いたり蹴ったり、物を投げたり壊したりというのがあった。私も叩かれ蹴られながら、どうすることもできなくて」
23歳まで入退院を繰り返した詩歩子さん。母親が詩歩子さんが立ち直るきっかけを探している中で見つけたのが精神医療に関する書籍を発行する出版社だった。
鹿児島県にある「ラグーナ出版」。精神障害のある人に対して、働くことで回復を目指す、就労支援を行っている。
詩歩子さんを担当していたのは精神保健福祉士の資格を持つ河野豊さん。
河野豊さん
「3年ぐらいかな。宮崎から通われて、お母さんとも連絡を取りながら。『とにかくここに来ること』を目標に」
3年間、ここの支援プログラムで詩や小説の創作・発表などを続けるうちに、パニック障害や自殺願望に対応できるようになっていったという。
ラグーナ出版の川畑善博社長は…
ラグーナ出版 川畑善博社長
「彼女の強みは書くこと。そこはもう最大限生かしてほしいなと。働く場所があるといいなと。あとは地域の中で役割がある居場所、役割がないと『居場所ではない』と思った」
「どうですか、暮らしは?心の平和は維持していますか?」
詩歩子さん
「フラッシュバックしたり、死にたくなったり、きついこともあるけど、自信にはなりました」
詩歩子さんのように、高い知的能力と発達障害など、特性を併せもつ人は、「2Eギフテッド(Twice Exceptional)」と呼ばれる。2Eギフテッドにはどんな支援が必要なのか?
2Eギフテッドへの必要な支援とはギフテッドの子どもたちをめぐっては、その“特異な才能”だけがクローズアップされてきた。だが、文部科学省の有識者会議は、4年前、「才能や特性ゆえに、学習や学校生活の上で“困難”を抱えることがある」として、そうした子どもたちへの支援を初めて打ち出した。
2Eギフテッドの子どもやその親を支援する民間のカウンセリング機関が福岡県にある。「TEAM GIFTED」の足立瑛児さんと母の陽子さん。この日は、病院と老人施設を運営する医療法人で職員研修を行っていた。
チーム ギフテッド 足立瑛児さん
「2Eギフテッドと言われる子どもたち。ギフテッドって、ただ頭がいいだけなのか。ただの天才なのかというと実はそうではなくて、“学校教育からはじかれてしまっている子”がいっぱいいる」
“才能”だけに注目が集まり、同時に存在する“特性”が見過ごされてきたという。
チーム ギフテッド 足立瑛児さん
「才能とか高い知性は、彼らの氷山のほんの一角でしかない。水面下では、困難とか生きづらさが複雑な形で隠されている」
瑛児さんの母親、陽子さんが「TEAM GIFTED」を立ち上げたのは18年前。発達障害などにより本来のポテンシャルを発揮できず、生きづらさを感じている子どもたちが学べる環境をつくるためだった。
チーム ギフテッド 足立陽子代表
「2Eギフテッドってルーティンワーク、毎日決まったところで決まったことをするのが定型発達(標準的な発達)の子以上に必要。それをできる先生がいないから、そういう先生たちが日本に生まれてきてもらわないと困る」
活動のきっかけは、息子の瑛児さんが6歳で文字の読み書きに困難がある「ディスレクシア・アスペルガー症候群」と診断されたことだった。自分の名前も書けずいじめられ、「死にたい」とまで追い詰められた瑛児さんを小学4年生のとき、発達障害の専門プログラムがあるイギリスの学校に留学させた。
チーム ギフテッド 足立瑛児さん
「すごくいい学校。あの学校を超える学校を見ていない。(学校には)支援が必要な子どもたちの感覚統合の部屋がある」
感覚統合は、脳への刺激をうまく処理できるようにする訓練だ。動物型のクリップで細かいものを挟んだまま、バランス感覚を養う運動をする。
例えば、マグネットをつけた魚を釣り上げる遊び。竿をゆっくり動かせるようにすることに力を注ぐ。こうした訓練で体の動きをコントロールできるようになると、言語機能も高まるという。
瑛児さんは留学先で、まずこの感覚統合の訓練を1か月ほど集中的に受けた後、文字の読み書きを学んだ。
チーム ギフテッド 足立陽子代表
「最初の夏休みに帰ってきたとき、家の中で英語の本を持ち歩いている。読み書きをできなかった子が読み書きを手に入れたら、そこで人並みの勉強ができるようになるわけで。『この子は勉強したかったんだな』と思いました」
8年前、20歳で帰国。海外で学んだ専門知識を子どもたちのカウンセリングに活かし、陽子さんとともに活動している。
チーム ギフテッド 足立陽子代表
「2Eギフテッドの小学1年の男の子。プログラムの一環で『地図を描く』授業があります」
空間認知能力がずば抜けて高い一方で、外からの刺激に過剰に反応するところがある男の子。海岸で目にした地形を描く作業に取り組ませている。
チーム ギフテッド 足立陽子代表
「紙に描かせようと思ったが、すごいスケールになると思ったので。モチベーションが下がっちゃうんですよ。だから机に書きなさいって言って」
部屋全体を使って地図を描かせ、達成感や自己肯定感を育てるという。これまでに、通常の学校にはなじめない子どもたちを、適切な受け入れ環境のある国内外の学校に50人以上送りだしてきた。
足立さんが研修を行っていた医療法人では、発達障害のあるこどもを放課後に受け入れるサービスを8月から始めるという。
副理事長の三野原信二氏は…
三野原信二副理事長
「小・中・高校に入ったら、特別学級・フリースクール・放課後デイサービスを受けることができる。18歳になると“その後”がない。発達障害って一生の問題。学生時代だけの問題じゃないし、働いている人たちの問題でもある。ずっと続いていく問題と認識しないと、しっかりした支援はできない。そういうプログラムを作っていくことがこれから一番大事」
東京で文学作品の展示即売会「文学フリマ」が開催された。宮崎県から自分の短歌や小説を出品しにきたのは、2Eギフテッドの詩歩子さんだ。母親の睦子さんも付き添ってきた。
詩歩子さんは全国各地で開催される「文学フリマ」を通して、他の出品者たちとつながってきた。
フリマに参加するにはブースの出店料、移動の交通費や宿泊費、出品された知人の作品を買う代金など、多額の費用がかかる。
詩歩子さん
「売れないね、ごめんね」
母・睦子さんが今最も心配しているのは、今後、詩歩子さんが自立した生活が送れるのかということだ。
母・睦子さん
「娘を前にしてあまり言えないけど、たまには母親休みたいときもある。でも私の人生では、その選択肢はなかった」
同じような生きづらさを経験してきた人とつながりたい。詩歩子さんは母親とともに、2Eギフテッドの子どもたちを支援する福岡の「TEAM GIFTED」を訪ねた。
カウンセリングを担当している足立瑛児さんと二人で話す。
詩歩子さん
「日本ってギフテッド教育、少し始まっているが、ほぼ無い状態。高IQの子どもに対する知識が不足していたりとか、今でもネットで“ギフテッド”とか“高IQ”とか調べると、結構ネガティブな意見が見られたり」
チーム ギフテッド 足立瑛児さん
「僕もKY(空気が読めない)と言われて育ってきた。僕はそれがまだ恐怖になっている」
「同じようにPTSDで悩んでいる人に何かメッセージは」
詩歩子さん
「生きているだけで偉いんだよ」
睦子さんも、これまであまり口にできなかった不安を、専門知識があり母親でもある陽子さんには話すことができたという。
母・睦子さん
「子どもがお互い大人になって、人生の中で一番生きづらかった、どん詰まりだった頃を多少は乗り越えている息子・娘がいるという共通点があった」
チーム ギフテッド 足立陽子 代表
「共感するところが多々あって、共有の話題もあったし」
「私たちの話が少しでも広がって、皆さんが意識して正しい情報をキャッチしてくれることから始めないと」
鹿児島県にある、ハンセン病患者の療養施設「星塚敬愛園」。
詩歩子さんは10代のころ、ここでハンセン病への偏見に苦しみ強制的に堕胎させられた女性と出会った。その出会いを綴った小説は、8年前、初めて文学賞を受賞した作品となった。
女性はすでに亡くなっているが、小説では「ミツさん」という名で登場している。
「あの夏へ」(詩歩子著より)
「ミツさんは急に顔を持ち上げた。(略)
『どんな病気でも障害があっても人間は人間として生きる価値があるから』
『でも僕は』と僕はどうかなりそうになりながらやっとの思いで言えた。まだ迷っている。どうしても迷っている。
『まだ迷ってばかりなんです…今日はそう思えても明日がどう思っているかわからないんです。』」
「死にたい」という思いが消えず最も苦しかった頃、書くこと、表現し、伝え続けることが生きる支えとなってきた。だが今も、迷いは消えていない。
詩歩子さん
「すがるように、助けを求めるようにここに通っていた。身につまされるというか、あの頃の感情がよみがえってきて。今でも発達障害に対する誹謗中傷や偏見で苦しいけど、『生きていたら何とかなるかな』と思える」
