
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」は、12日放送の第27回「本能寺の変」で、物語の大きな節目を迎えた。主人公の羽柴小一郎(仲野太賀=秀長)が、兄秀吉(池松壮亮)を一途に支え、現代では「天下一の補佐役」と呼ばれるに至るまでの物語。兄弟は力を合わせ、仲良く振る舞う姿が随所で描かれてきた。一方、2人が仕える織田信長(小栗旬)は、かつて暗殺した弟信勝(中沢元紀)の幻影が「本能寺の変」に際しても現れる、対照的な存在として描かれた。
「兄弟」が大きなテーマとなる物語の脚本を手掛けるのは、99年の脚本家デビュー以降、連続テレビ小説「おちょやん」や「半沢直樹」「下町ロケット」「陸王」「VIVANT」「家政夫のミタゾノ」などヒット作を生み出してきた八津弘幸氏(54)。その八津氏が、17日までに都内で取材に応じ、賛否両論あふれる視聴者の声を受け止めつつ、作品に対する熱い思い、裏話などを語り尽くした。
−信長をカリスマ性の強さだけではなく、人間味のある部分を出すということは、最初から考えていたのでしょうか
八津氏 信長は、すごい人気もあるキャラクター。僕なりの信長を描こうという気持ちは、すごく強くあったんですよ。最初は、いろいろと、グルグル、グルグル回ったんですよ。すごい涙もろい信長はどうなんだろうとか、いろんなことをこう考えたけど、それはちょっとウソくさい感じになって。で、信長を小栗さんにやっていただくことが決まった時点で、小栗さんにやっていただける信長だったら、本当にストレートに信長を描けばいいんじゃないかっていうふうに思ったので、僕の中ではすごくストレートに描いてるんですね。だから「人間味がある」というふうに言っていただいて、とてもなんかありがたいんですけど、特別に仕掛けとしてやってるって感じが自分の中ではないです。信長という人を掘り下げて、自然に描いていったら、こういう感じになるんじゃないかなって思いながら書いていました。だから、そういうふうに言ってくださってる声があるっていうことが、逆に気づかされることでした。自分の中では。あと、やっぱり愛される信長にしたいなというのはもちろんありました。本能寺に関して言うと、すごい早い段階から、本能寺で、最後に疲れ果てた信長をやってみたいという話は、小栗さんからも相談を受けまして。それはぜひ、そういうふうに描いていけたらいいなっていうような思いがその時点であって。僕のイメージとして、あそこで信長が戦うのは光秀なんですけど、それだけじゃなくて、自分の過去とも戦うイメージがすごくあったので、そこはそういうふうにしたいなと思っていました。小栗さんは覚えてるかどうか分からないですけど、小栗さんが「もう、やっちゃおうよ」みたいなことを言っていただいて。「僕も一緒に背負って死ぬから」「だから本当に思いっきりやりたいことやろう」みたいなことを言ってくれたんですね。なので、僕もある種、覚悟を持っていたし、ある種、余すことなくというか全てを出し切って書けたなっていう気はしております。
−第27回「本能寺の変」の映像を見た感想は
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八津氏 いや、もう。しょせん、脚本は活字なので。映像見たら本当にもう、一視聴者として鳥肌が立ちましたよね。すごいものを作っていただいて「本当にありがとうございます」という感じです。
−「本能寺の変」の定番ともいえる「是非もなし」や「敵は本能寺にあり」といったセリフがあった一方で、最期に信長が舞うドラマもありますが、それはありませんでした。こだわりや取捨選択の経緯などを教えてください
八津氏 取捨選択に関して言うと、最期に舞うとか舞わないとかは、現場で本当に必要だったら、そういうのを入れ込んでいただいても、僕は全然構わなかったです。その場の撮影の流れとか。特に本能寺は、撮るのが実際、すごい大変だったみたいなんですよ。すみません、僕はのうのうと涼しい部屋にいたので。僕は最低限、絞り込んだ要素だけを書いたつもりなので、取捨選択という感じは。もちろん、いろんな都合で「これはできる」「これはできない」みたいなことはたくさんあったんですけど、でもその中でも皆さんが頑張ってくれて、僕の思いをかなえてくださって、それは良かったなと思います。
あと「敵は本能寺にあり」に関して言うと、いろんなパターンがあると思うんですけど、光秀が本能寺にいないということが、ここ最近、明らかになっているっていうことを言われて。「そうか、光秀が本能寺にいないということは、どうやって光秀を立たせよう」みたいなことはありました。でも、やっぱりあのセリフは言わせたいっていう思いはあったし、松川さん((NHK制作統括の松川博敬氏)からも「絶対に言わせてくれ」と言われていたので(笑い)。ここぞというか、どうやって光秀の気持ちを高ぶらせて、あのセリフを言わせるか思い悩みました。本能寺の全体の流れの中で、足利義昭(尾上右近)という人の存在が、光秀にとってどうだったのかも含めて。偽の義昭からの書状を、偽者と光秀も分かっているけど、それをどこかでずっと信じたかったという光秀の思いを、あの(「敵は本能寺にあり」の)セリフに込めたら面白いんじゃないかなと思ったので「これは攘夷(じょうい)である」という言葉も付け足して、ああいうセリフにさせていただいたということがありました。なので、僕は取捨選択というよりは、やりたいことは全部やらせていただいたという感じです。
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