写真集『Sango』より 武田久美子さん(58歳)が、23年ぶりの最新写真集『Sango』を発売しました。南国の絶景を背景に、抜群のプロポーションを惜しみなく披露。往年のファンはもちろん、SNSで彼女を知った新たな世代も必見の一冊。
武田さんは、1982年に映画『ハイティーン・ブギ』でデビュー。歌手としても活躍しつつ、数々の写真集が大ヒットを記録。2000年にアメリカへ移り、現在はサンディエゴ在住。美のカリスマとして、女性たちからの支持も厚い。写真集発売の経緯、武田流子育てなど、さまざま聞いた。
◆23年ぶりの写真集で“サンゴNUDE”に挑戦
――今回23年ぶりの写真集となりました。内容的に“過去のオマージュ”もあるそうで、ということは例のビキニもありますか?
武田久美子(以下、武田):貝殻ですか?
――そうですね。あの一世を風靡した。
武田:貝殻は……どうでしょうかね。それは見てのお楽しみということで(笑)。過去に何冊も写真集を出していますので、その表紙や中身……ですよね。わたしの写真集を全部持っている方もいると聞いていたので、そういう方が写真集を見た時に「ああ、これはあれだな」と楽しんでいただけるようにと。今回久しぶりだったので、そういうこともやってみました。
――そして今回は“サンゴNUDE”だそうですね。宣伝文句では<“貝殻ビキニ”で一世を風靡したレジェンドが23年ぶりに“サンゴNUDE”で完全復活!>とありました。
武田:23年ぶりの写真集、力作だと思っております。なにか“貝殻”のようなインパクトのある衣装はないだろうか……撮影最終日が迫るなか、ふと閃いたのがサンゴでした。同じ海のもので、しかも今のわたしにふさわしいミステリアスなサンゴをどうやって使ったのか。ぜひとも、ひとりでも多くの方に見ていただけるとうれしいです!
◆20年続けているクラシックバレエ
――変わらぬプロポーションも話題になっていますが、運動は主に何をされているのですか?
武田:クラシックバレエです。20年くらい前からになるかと思いますが、週に4〜5回のペースで教室に通っています。一度ニューヨークのマンハッタンに住んだことがあったのですが、やっぱりバレエの本場というか、とても盛んなんですよね。
そこでは楽しくなってしまって、週6くらいでクラスを受けていたこともありました。2時間くらいのクラスで、教室に着いてしまえば後はやるしかないというか(笑)。その効果もあるかなと。
――バレエ以外は、やられてないそうですね。
武田:ヨガ、ピラティス、いろいろやりましたが、続かないんですよね。苦痛でしかなく、ジムもあんまり好きじゃない。黙々と機械だけ見ているようで、時間ばっかり気にしちゃって。その点、バレエは音楽もあり頭も使うので、時計を見る習性はなく、わたしには向いています。いきなり大人が始められるものではないと思いますが、子どもの頃にやっていてよかったなと。かなりの運動量ですが、バレエは楽しく運動できています。
◆医師を目指す23歳の娘。子育ての方針は
――今回の写真集を出された理由のひとつには、子離れもあったそうですね。それぞれの生活が始まったことが後押しにもなったとか。
そうですね。娘が23歳になりまして、もう家を出ています。今は医師になるためのメディカルスクールで勉強をしているのですが、ブレずに彼女がその道を行くことが見えたので、わたしが写真集を出してもいいのかなと(笑)。
――子育ては、どのような方針でされましたか?
武田:世の中に迷惑をかけてはいけないことなど常識的なことは、とても厳しく咎めていたと思います。ただ、彼女もバレエとフィギュアスケートでかなり忙しくしていたので、そもそも道を外れるようなヒマはなかったですかね。
なるべく個人を尊重しつつ、自分が親にしてもらってよかったことを、そのまま娘にもしてあげて。その反対にわたしが嫌だなと思ったことは娘にもしないようにしようと。
――どのようなご両親だったのですか?
武田:基本的には、何でも自由に好きにやらせてくれた親でした。だからわたしが親になっても、子どもがやりたいことを何でも好きにやらせてあげようと。食べもの、着るもの、ほしいものは全部与えてもらったので、わたしもできる限り、娘に同じことをしましたね。
その反面、嫌だったことは、わりと母が世間体を気にする親だったので、「みんなと同じようにしなさい」という方針だったんですよね。わたしは子どもながらに「みんなって何?」と思っていました。そういう意味では、娘には自由にさせました。
――一緒に映っている素敵なお写真も拝見しましたが、どのような関係ですか?
武田:一緒に買いものに行ったり、飲みに行ったり、そういうのは楽しいですね。女同士なので、娘を持ってよかったなと思います。今を楽しんでいます。
ただ、お母さんとかマアムと呼ばずに久美子って呼んでくるんですよ。どんなに直すように言っても、そこだけは直らなかった。娘の友だちもみんな久美子って呼ぶんです。でも、わたしも仲間に入れてもらっています(笑)。
◆6歳からカメラの前へ。「写真に撮られるのは得意」
――来年で芸能活動45周年となりますが、ここまでどのような期間でしたか?
武田:数えたことはないですけどね(笑)。日本にいて毎日仕事しているわけでもないですし、歌手の方とかならまだしも、わたしには当てはまらないと思う。もともと子役モデルからのスタートなので、振り返ると長いんですよね。実は6歳くらいからはじめていて、頻繁に仕事を始めたのが8歳なので、あまり何周年とは考えていないですね。
――今回は写真集を出されましたが、どのお仕事が好きですか?
武田:自分では俳優・タレントの意識が強いですが、写真集の仕事は好きです。向いているとも思います。もともとちびっこモデル上がりで、写真から仕事の世界に入ったからかなとも思います。たとえばわたしは映画でデビューをしていますが、本当にラッキーに選ばれていました。女優志望などということを考える前の若い頃でしたから。
なので、演劇学校に通ったということもなかったのですが、写真だけは肌で覚えたというか、6歳からカメラの前に立っていたので、一番自分で覚えた感じがあります。写真に撮られることはやっていても得意に感じることなので楽しいですし、誰かに撮られ方を習ったこともないんです。
◆趣味や健康がモチベーションに
――それが長い年月を経て、こうして今カタチになるということも素敵なことですよね。
武田:そうですね。改めて出せて良かったということと、あとは写真集を出せるように、出すために何かをしてきたわけじゃないけれど、振り返ったら写真集を出せる準備ができいたように思います。
仮に写真集を出すことがなかったとして、バレエのように同じことを日々やっていてよかったなと。どんなに頑張ったとて(ボディメイクは)一年でどうにかなるものでもないので、積み重ね、継続は力なりでよかったなと思います。
――そのモチベ−ションはどこにあったのですか?
武田:趣味や健康ですね。自分の中で老けたくない、変わりたくないという意思が人間として強いので、たまたまそれが写真集につながったということだと思うんです。なので、このモチベーションがあってよかったなと。これからもこれで続けていこうと思っているんですけどね。
◆「年齢はしょせんナンバー」60代を前に思うこと
――アンチエイジングにこだわりがあったわけですね。
武田:そうですね。歳は取りたくないですね(笑)。年齢は仕方がないので、一日、一時間、歳は取っていくけれど、でもそれは数でしかないと思っているんです。特にアメリカにいるとそう思います。
人間ドックで眼球とか調べると、目は「年相応ですね」とか言われますけど(笑)。出来る限り、肌艶だったり体力的なものを若くいたいなと思うので、若い人たちと同じように踊り、20歳くらいの人と同じようなことができるように。話す会話も年寄りじみたことは言いたくないですね。
――来たる60代を前に将来像などは考えますか?
武田:あと2年くらいで60歳になりますが、昔20代の頃、60歳ってわたし生きているかなと、すごい上の年齢のように思っていましたけどね。でも、自分もその年齢になっていくと、年齢はしょせんナンバーでしかないから、嘘をつくこともないんです。特に日本はニュースになると、武田久美子〇〇歳って出ますし、これは仕方がない。隠すつもりもない。
だからといって60歳だからこれはダメ、これをしなければいけないとうことはないと思うんです。サンディエゴという明るいところに住んでいると、自分の性に合っていれば何でもOKではないかなと思うんです。どんな60歳でも似合うなら着たいものを着ればいいし、メイクも似合うならすればいいと思うんですよね。
そのスタンスは60歳になっても、65歳になっても変わらない。で、それをできるためには、ヘルシーでなければいけないなと。一番大事なことだと思うので、バランスの取れた食事を取るなど、食べるものにも気をつけています。
<取材・文/トキタタカシ>
【トキタタカシ】
映画とディズニーを主に追うライター。「映画生活(現ぴあ映画生活)」初代編集長を経てフリーに。故・水野晴郎氏の反戦娯楽作『シベリア超特急』シリーズに造詣が深い。主な出演作に『シベリア超特急5』(05)、『トランスフォーマー/リベンジ』(09)(特典映像「ベイさんとの1日」)などがある。現地取材の際、インスタグラムにて写真レポートを行うことも。