64年ぶりの社会、91歳の無期懲役囚が送る日常 出所時の報奨金は130万円、一人で買い物も

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2024年07月18日 10:50  弁護士ドットコム

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多くの凶悪犯が収容されている九州のある刑務所から一人の無期懲役囚が64年ぶりに”社会”に戻ってきた。一体過去に何があったのか。今年91歳になった男性が実名、顔出しで取材に応じた。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)


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●一人で買い物 「値段が安ければ何でもいい」

買い物カートを押す足が惣菜コーナーの前で止まった。



約2分、右から左にゆっくりと視線を移しながら陳列された商品を眺める。



大谷翔平選手が所属する大リーグ・ドジャースのキャップをかぶったその客は、ようやく売り場の台に手を伸ばし、同じ施設に暮らす入所者に分けるため430円の弁当を4つ買い物カゴに入れた。



「何を買うかと言ったらね、まずは値段を見るんです。値段が安ければ何でもいいんですよ」



セルフレジで会計を済ませると、白いビニールの買い物袋を片手に帰路についた。



誰にでもあるような日常の一コマ。しかし、この男性にとっては久しぶりの”外の世界”を味わう貴重な時間となっている。





●自動販売機へのお金の入れ方分からず

稲村季夫(いなむら・すえお)さん(91)は2022年6月、熊本刑務所から仮釈放され、約64年ぶりに塀の外に出てきた。



刑務所での刑務作業で得たお金(報奨金)は出所時、130万円ほどだったという。



刑務所は社会から隔絶されているものの、中ではテレビや雑誌を見ることができるため、受刑者は案外、世の中の動きに詳しい。



だが長期の受刑者にとって、知識としては知っていても実物を目の当たりにするのはやはり勝手が違うらしい。



例えば自動販売機。稲村さんが刑務所に入った後に国内で普及したため、出所後に使おうとしたところ、金の投入方法が分からずお札を折りたたんで入れようとしたという。



「千円札を入れても何も出てこないから、自動販売機が壊れているんじゃないかって」



刑務所での死を覚悟していたという稲村さんは、ときおり笑顔を見せながら穏やかに語りを続ける。





●正社員にしてもらえないことを恨み上司を殺害

そもそも64年もの年月をなぜ刑務所で過ごすことになったのか。



最初の事件は1958年5月19日に起きた。午前8時過ぎ、知り合いに誘われて働き始めた与野町(現・さいたま市)の工場で、上司の長田進さん(当時46歳)を刃渡り26センチの刺身包丁で突き刺すなどして殺害したのだ。



さいたま地検に閲覧請求した刑事記録によると、稲村さんは事件前、工場の次長だった長田さんから「3カ月くらい経てば本採用にするから一生懸命やってくれ」と言われたため、臨時工として真面目に働いていたという。



しかし、3カ月経っても正社員として採用されないことなどに不満を募らせ、復讐を決意。「この間は世話になった。お礼参りに来た」と話しかけ、逃げようとする長田さんの頭を包丁で切り付けたり腹部を突き刺したりして死亡させた。





●「犯罪的危険性は非常に高度」として無期懲役

稲村さんは当時の状況を次のように振り返る。



「(長田さんが)『稲村なにぃ』と言って立ち上がった時、血だらけになっていた。人間血迷うと自分の行動が分からない。門とは反対側の方に逃げて、裏門が閉まっているものだからまた戻ってきて、そこで事務所から出てきた私とバッタリ会ってガバッとぶつかった。そこで私が(長田さんの)下っ腹に刺した」



浦和地裁(現・さいたま地裁)は1958年10月2日、稲村さんがこの殺人のほかにも電車内で他人の背広を盗むなどした事件を起こしていたことを踏まえた上で、「被告人の経歴等を併せて考えてみると、その犯罪的危険性は非常に高度なものがあると認められる」として無期懲役の判決を言い渡した。



25歳の時、無期懲役囚として千葉刑務所に収監された。



しかしこれで終わらなかった。



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死刑囚と違い、重大な犯罪を起こしながらも判決が確定した後は世間から忘れ去られていく「無期懲役囚」。弁護士ドットコムニュースは、再び社会に戻った人や、服役中の受刑者、被害者遺族などへの取材を通して知られざる「無期懲役」という刑罰のリアルに迫る記事を不定期に配信していきます。


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