昨年夏に刊行されるやいなや、書店で売り切れが続出し、現在でも版を重ねているベストセラーが『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む』(大和書房)である。ウェブメディア『オモコロ』の人気企画を書籍化した内容で、読書が苦手なみくのしんが初めて本を読み、読書家でもある、かまどが難しい言葉をサポート役として解説していく。
本を読んだことがない人からは「初めて読めた」との反響だけではなく、読書家からも新たな本の魅力がわかったと話題の書籍だ。掲載作品は、日本文学の名作「走れメロス」「一房の葡萄」「杜子春」、そしてミリオンヒットホラー作家・雨穴による書き下ろし新作「本棚」と、どれも名著ばかり。二人はそうした作品を読み進めるなかで、ある変化が生じたという。本企画の裏側と読書についてじっくり語ってもらったロングインタビューをお届け。
ーーウェブメディア『オモコロ』のライターをされているお二人ですが、この企画が始まった経緯を教えてください。
かまど:オモコロの読者さんから「読書感想文の書き方がわからない」というメールが届いたんです。それを我々がやっているネットラジオで取り上げたときに、実際に「走れメロス」を読んでみました。そのときに、「これは面白くなりそうだな」という感触があって。それとは別企画で撮影して、記事にしてみたんです。
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みくのしん:かまどの手腕ですね。これはイケるぞと思ってくれたのは。
かまど:「イケるぞ」とまでは思ってなかったんですけどね。オモコロは皆さんの暇つぶしになるようなコンテンツを出しているメディアなので、「本を読んだことがない男が初めて本を読む」という企画だったら、一つのネタくらいにはなるかな〜くらいの感じでした。
みくのしん:その記事が公開されると、ありがたいことに、たくさんの人に読んでもらえて……。本当にびっくりしました。そんなにウケるとは思ってなかったし、まさかこうやって本になるなんて、想像もしてなかったです。
ーー『オモコロ』では100万人以上が読んだ大人気企画となりました。みくのしんさんはなぜ本を読んだことがなかったんですか。どういうことに苦手意識を感じていたのでしょうか。
みくのしん:本を読んでも、全然頭に入っていかないんですよ。ただ文字がポンポンと入っては、そのまま抜けていくような感じでした。それで同じところをずっと読んじゃったりするし、どこが大事なのかもわからないし。読むだけで時間がかかってしまって「やっぱいいや」と放り出してしまう。そんな状態だったので、本の面白さなんて分かるはずもなく、子供の頃からずーっと苦手でした。
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かまど:でも、本を読むことに対しては、ずっと憧れてたんだよね。
みくのしん:うん。だって、読書する姿ってかっこいいじゃないですか。本はいつでも自分の好きなタイミングで読めるのもいいよね。寝る前でもいいし、電車のなかでも、待ち合わせのときでもいい。本はいつでも、生活のそばにある。しかもそこで文字の中から、自分の好きなキャラクターや景色を思い浮かべて、物語を作っていくんですよ? まるで頭のなかで映画を作るようなことをしている。これってすごいことじゃないですか。
かまど:それはもう本が読める人の感想だろ。
みくのしん:それでも、ずっと読めなかったけどね。学生時代は、『キノの旅』を読もうとしてみたり、何度かチャレンジしてたんです。好きな女の子が読んでる本を真似して読んでみようとしたこともあったり。そしたら友達になれると思ったんですけど、全然読めなくて無理でした(笑)。
かまど:そうなったら、「じゃあ、本なんて読めなくていいや」になりそうなもんだけどね。でも、みくのしんはずっと本に憧れ続けてくれたんだよな。
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ーーかまどさんは当初、そんなみくのしんさんについて、どう思いましたか。
かまど:そういう人も多いだろうなとは思ってました。そして、そんな人が初めて本を読むところを記事にしたら面白そう……というか、自分が読んでみたいと思いました。普段、オモコロでコンテンツをつくるときは「バズらせたい」「ウケてほしい」と考えるんですけど、この企画に限っては10年後とかに振り返って、みくのしんが初めて本を読んだ記録が残っていたら面白いと思って。ちょっとした思い出になったらいいなというくらいでした。
みくのしん:ホームビデオみたいな感覚だったんだ(笑)。そういえば、オモコロに入りたての頃は、かまどは僕が本を読んだことがないことを信じてくれてなかったかも。嘘だと思われてた気がします。
かまど:普通に考えて、そんな奴がライターできるわけないからね。
みくのしん:それがなぜかできてるんだよな。だから、そしてこの企画を始めるときは、まず「俺は本当に本を読んだことがないんだ」ってことを理解してもらうことからスタートした気がする。
かまど:僕は僕で、「面白いコンテンツを作るぞ!」というよりも、これでみくのしんが読書にチャレンジするきっかけになればいいかなと、ふわっと思ってた気がしますね。
ーー最初に「走れメロス」を読んだのはなぜでしょう。
かまど:読者さんからのメールのなかに「『走れメロス』の読書感想文が書けない」とあったからですね。この作品だったら、みんなストーリーくらいは知っているし、ちょうどいいなと思いました。
ーー全体的にはどういう本をピックアップしましたか。
かまど:作品でいえば、「一房の葡萄」「杜子春」「山月記」「トロッコ」「オツベルと象」などがありました。
選書に関しては、「みくのしんがこういう風に読んでくれそうだな」という具体的なイメージが持てるものを選んでいます。みくのしんとは10年以上の付き合いなので、彼がどんなリアクションをするか、なんとなく想像できますから。あとは僕のなかで、あまり読み方の正解がわかっていない作品を選びました。みくのしんは一体、どう読むんだろうと思って。
みくのしん:かまどは、毎回、すごくいい本を選んでくれるんですよね。読む前は本当に緊張するんですよ。何を読むのかわからないし、事前に聞かされていたとしても、当日に初めて読むという企画だから、予習すらできない。でも毎回、「よくこれを選んでくれたな〜!」と思える本を読ませてくれるんです。
かまど:みくのしんの感受性のおかげだと思いますけどね。「こんな風に読んでくれそう」と思いつつも、いざ一緒に読んでみたら、全然予想もしなかったところに急に刺さってたりするんです。それはみくのしんのすごさでもあるし、やっぱり長年残っている名作のすごさでもあるんだなと思いました。
ーー初めて本を読んでみてどうでしたか。
みくのしん:最初『走れメロス』を読んだ時、今、本の中で何が描かれているのか、メロスが何を思っているかを考えるのがすごく大変でした。でもかまどと一緒に読んでいくことで、時間はかかるけど、どうにか読み進めることができたんです。一行一行をゆっくり噛み砕いて、頭のなかで「これはこういう状況かな」と考えていく。やってみると大変ではありましたけど、同時にすごく楽しい体験でもありました。「本を読んでいる人はこれをやってたんだ!」と感動しましたね。
かまど:3時間かかりましたけどね。1回途中でカメラのバッテリーを交換しに行ったりもしたし。
みくのしん:休憩を挟んだりもしたよね。でも、それを経て最後まで読み切れたときは、すごく嬉しかったです。まさか、自分の人生が「本を読んだことがある人生」になるとは思ってなかったので。よく本を読んで「泣いた」とか「笑った」とか言う人がいるじゃないですか。そんなの絶対ありえないと思っていたんですよ。だって文字だし。でも、実際に僕も「走れメロス」で大笑いしたし、号泣もして……。「ああ、みんなが言ってたのはこういうことだったんだ」と分かることができました。こんな僕でも、「本が読める人」に仲間入りできたのがすごく嬉しかった。
かまど:あんな泣き方する人、滅多にいないけどね(笑)。僕は最初、本が読めない人のあるあるネタをまとめた、ちょっとした記事になるんだろうなと思ってたんです。でもいざ読み始めると、みくのしんは音読をしながら一行一行に立ち止まってリアクションを見せてくれるんですよ。その時点で、これはただごとじゃないなと思いました。この光景をみんなが読める記事に落とし込むには途方もない労力がかかると思いましたし、それをしてでも記事にしたいなとも思いました。
みくのしん:僕が、読書中も雑談しちゃうから、すごく時間がかかるんですよ。それも僕にとって大事なんですけどね。かまどが一緒に読んでくれるので、わからないことがあったら壁打ちをするように、すぐに聞けるのもありがたいです。意味がわからずに納得しないまま進むと、すごくモヤモヤしてしまうんですよ。だから一人で読んでいると5行くらいでたくさんのことがわからなくなって、パンクしてしまうんだと思います。
かまど:僕は僕で、「意味も分からないまま読み進めるなんて当たり前」と思っていたので、みくのしんのような真面目で丁寧な読書は新鮮でした。僕は、普段本を読むときはめちゃくちゃ乱雑に読むんですよ。なんなら、「」のなかの会話文だけ重点的に読んで、他の状況描写はさらっと読み流したりもするくらいで。でも、みくのしんは一つ一つの文章表現に驚きながら楽しんでいるじゃないですか。こんなよく噛んで味わうような読書って、大人になってからすっかり忘れてたな〜と思いました。
ーー初めて読書をして「本とはこういうものなんだ」という発見はありましたか。
みくのしん:本とは......? なんか『TVチャンピオン』の優勝コメントみたいで緊張しますね。
かまど:ボレロ流れてないから安心して。
みくのしん:本の持つ力ってやっぱすごいんだなと思うようになりましたね。かまどは僕の関心にちょうどミートする本を毎回持ってきてくれるんですよ。僕の悩みを全部かまどに言っているわけじゃないのに、その悩みに見合う作品がいつも読めてるというか。かまどがすごいのかと思ってたんですけど、これって100年以上も残り続ける名作の力でもあるんですよね。いつの時代の人にも刺さるような言葉がたくさん残ってるんだな〜と思います。
ーー作品を読んでいくにつれて、成長や変化を感じたことはありますか。
みくのしん:ちょっとずつ変わってきた気がします。まず、1回に読む量が増えている気がする。以前は、文章の途中で読むのを中断したり、言葉の意味をひとつひとつ全部聞かないと読めなかったりしました。でも、かまどが「読み飛ばしても別にいいんだよ」と言ってくれるので、少しずつそれに慣れてきているのかもしれない。今では、言葉の意味が分からなくても、なんとなくの意味で把握しておいて、次に進む……ということもできるようになった気がします。
かまど:たしかに、読書にかかる時間もだんだん短くなってきてるかも。
みくのしん:でも本当は、ひとつひとつ聞いたほうが面白いんだけどね。やっぱりイメージが明確になると、すごく面白くなるんですよ。
ーーみくのしんさんは頭の中で映像化して読むんですよね。
みくのしん:「羅生門」を読んだときも、「紺の襖(あお)」(平安時代の服)という言葉がよくわからなかったんです。「昔の服のことなんだろうな」で読み飛ばしていいのかもしれないけど、僕は「どういう服なのか、着心地はどうなのか、冬でも温かいのか」まで分かった上で読みたいんです。なんとなくのイメージでも読めちゃうのかもしれませんけど、僕の場合は具体的にイメージができないと読めない。でも、それが分かると、書いてある以上のことまで想像できてめっちゃ面白くなるんですよね。
ーーかまどさんはみくのしんさんの読書を見ていて本の読み方が変わったと話していましたね。どういう変化がありましたか。
かまど:正直に言うと、僕はこの企画を始めるまで「文学が面白い」と思えたことがなかったんです。ミステリー、SF、ファンタジーなど、物語を楽しめる娯楽小説の方が好きでした。高校生の頃に、かっこつけて文学作品を読み漁ったこともありましたが、何かモジモジ言っているだけで面白くないなって。
みくのしん:めちゃくちゃ言うじゃん。
かまど:エレファントカシマシが好きだったので、ボーカルの宮本さんが好きだという文学作品を真似して読んだりしてたんです。読めなくはないけど、正直、何が面白いのかいまいちわからなくて、難しかった。びっくりするような大事件が起こるわけでもないし、予想もつかないような魔法が出てくるわけでもない。「これ、何を面白いと思えばいいの?」という状態でした。
みくのしん:意外だよな。かまどって本の面白さを全部知ってるのかと思ってた。
かまど:そんな人、この世にいないよ。「文学が面白い」と思えたのは、本当にみくのしんの読書を見てからですね。みくのしんを見ていると、一文一文の描写に立ち止まって、味わうようにゆっくり読むし、文章の中に人間を見出しながら、自分のこととして読んだりもする。
「自分もこういう読み方をしてみたい」と思えてからは、文学の楽しみ方が分かったような気がしますし、最近はそういった作品ばかりを探しています。やっぱり、その面白さを知るためには、「それを楽しんでいる人」を見るのが一番なんだなと思いました。
みくのしん:なんかずるくない? これ以上レベルアップしないでほしい。俺を置いていくなよ!
かまど:そんなことは知りません。
ーーみくのしんさんは今後、読んでみたい本などありますか?
みくのしん:個人的に、映画やドラマになっている作品の原作を読んでみたいと思ってます。今までは本が読めないから、映像化されないとその作品に触れることすらできなかったんですよ。でも、もし本のうちに、楽しむことができたら……これはすごいことじゃないですか。僕は、又吉直樹さん原作の映画「火花」が好きなんですけど、もしかしたらその原作の小説が読めるようになってるかもしれないと思うと、ドキドキしますね。
あとは……知り合いから「みくのしんは純文学が好きなんじゃない?」って言われるので、いつか純文学をめっちゃ読めるようになりたいかな。
かまど:純文学なら、もうとっくに読んでるよ? 「走れメロス」「一房の葡萄」「杜子春」とかさ。
みくのしん:そうなの? 正直、何が純文学なのか、まったく分かってないんですよね。最初に「ジュン」ってついてるから、”準”決勝とか”準”優勝と同じ意味なのかと思ってたくらい。なんか、文学になる前の予選的な小説のことを言ってんのかと。
かまど:世の読書好きが聞いたら卒倒しそうな誤解だ。
みくのしん:かまどは「次はこれを読ませたい」って作品あったりするの?
かまど:みくのしんの好みとか相性とかを考えずに、個人的な思いだけで言うと、ラランドニシダさんの作品を読んでほしいかな。とにかく、僕が大好きなので。
みくのしん:かまどは、「ニシダさんの小説はすごい」ってずっと言ってるよね。
かまど:一作目の『不器用で』を読んだとき、衝撃だったんですよ。1ページ目を読んでいる最中から「これ、とんでもない才能を読んでるぞ!」と慌てて座り直して続きを読んだくらい。ニシダさんの選ぶ日本語の表現ひとつひとつが、かたっぱしから琴線をかき鳴らしてきてビックリしました。
みくのしんも気に入るかどうかは分からないし、ここまで言っちゃうとハードルが上がって楽しめないかもしれないんですけど……多分、僕がニシダさんの作品をそうやって楽しめたのも、みくのしんの読書を見てたからだと思うんです。
昔の自分だったら、「芸人さんがなんかすごそうな文学に挑戦していらっしゃるんだな」というだけで終わってたかもしれない。でも、今はそのすごさを感じ取る感覚器官が、みくのしんの読書を見てたことで芽生えてきた感じがあるというか。これはみくのしんのおかげで出会えた感動だと思うので、みくのしんにもその感動に付き合ってほしい気持ちがあります。
みくのしん:すごいこと言ってんな〜! そんなこと言われたら緊張して読めないって!
ーー本企画について、今後のご展望について教えてください。
みくのしん:展望ですか……。じゃあ、50年後の話してもいいですか?
かまど:こういうときに、半世紀先の話する人あんまいないだろ。
みくのしん:50年後の僕は、相変わらず本を読んでいて……その背景には、たくさん本が並んでいる本棚が映し出される。そこには「走れメロス」もあれば「杜子春」もあるし、見たことないタイトルも並んでいて、「あぁ、この男はこれだけの本を読んできたんだな」と思っていると、かまどが「おい、みくのしん」と声をかけてきて、そっと次に読む一冊の本を机に置く……。うん。僕がマンガだとしたら、これが最終回ですかね。
かまど:え? 俺、50年後までお前のそばにいないといけないの?
みくのしん:直近の目標でいうと、とりあえずは、自分で本屋さんに行って好きな本をパッと買ってさらっと読んで、「めっちゃ面白かったな」と言えるようになりたい……とかですかね。かまどは?
かまど:そうだなあ。「初めて本を読む」というタイトルが一発ネタみたいな感じなんで、今後調子よく続いていくかはわかんないけど……みくのしんがまだ付き合ってくれて、それを見て喜んでくださる読者の方がいるんだったら、まだまだ続けていきたいなと思っています。
これを書くのがもっと楽だったら、ライフワークにしたいんですけど、結構カロリーの高い作業なので連発できないんですよね。
みくのしん:そうなんだよな〜。僕は本を読むだけなので楽なんですけど、かまどはそれを読者が楽しめるものに編集して記事にするために、めちゃくちゃな時間をかけてるんですよ。
かまど:やりたいことだけで言うと……例えば、夏目漱石の「こころ」って、もとは新聞で連載されていた作品で、毎日ちょっとずつ読むものだったわけじゃないですか。だから、同じように、みくのしんが毎日ちょっとずつ「こころ」を読む連載とかやってみたいんですよね。文庫本で一気読みしたときとは、違う読書がありそうな気がするし。
みくのしん:日刊みくのしんってこと? ごめんなさい。それをやるとかまどが死んじゃうのでやめてください。
かまど:最終目標としては、みくのしんが一本の小説を書いてくれたら嬉しいし、読んでみたいです。「本を読んだことがなかった男が本を書く」って、ひとつの到達点じゃないですか。
みくのしん:読むだけであんなに時間かかってるのに、書くとなったら年単位で時間かかると思う。かまどが編集してくれるならやろうかな。
かまど:ごめんなさい。それをやると僕が死んじゃうのでやめてください。
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