生活保護世帯から東大に進学→大学院で博士号取得までの経緯が壮絶すぎると話題

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2024年05月15日 06:00  Business Journal

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東京大学(「gettyimages」より)

 ある数学者の男性が、生活保護世帯から東京大学に進学して東大大学院で博士号を取得するまでの壮絶な体験談を「note」上に投稿し、話題を呼んでいる。大学、大学院在籍時の学費や生活をすべて奨学金等とアルバイトで賄ったということだが、現在の制度において、それがどれほど困難なことなのか。また、現在の奨学金制度の問題点とは何か。専門家の見解を交えて追ってみたい。


「note」への投稿によれば、男性は高校時代、授業料免除制度や安価な学生寮があり、条件の良い給付型の奨学金を受けられ、将来的に理系の研究ができるという条件が備わっているという理由で東京大学の受験を決意。その奨学金が文系学部のみを対象としていたため(当時)、大学3年次進学時に文系学部から理系学部に移れる制度がある東大に入学し、数学の研究者を目指すという計画を立てた。


 男性は受験料の問題から一校だけ受験した東大に合格。授業料免除や奨学金を受けるためには一定以上の成績を維持する必要があるためアルバイトと勉強に勤しみ、大学院に進学。給与が得られる高倍率の日本学術振興会特別研究員と大学から奨励金が支給される教育リーディングプログラムに採用され、博士号を取得。現在は数学者として研究に従事しているというが、男性は自身の高校時代から博士号取得までを振り返って「精一杯努力し、これら全てを達成しましたが、そのためにはどうしてもくじ引きで当たりを引かなきゃいけないような場面が何度もありました」と綴っている。


奨学金制度の問題点

 この男性の例のように奨学金等とアルバイトだけで大学卒業と大学院博士課程修了を成し遂げることは、多くの人にとって可能なものなのか。日本高等教育学会会長、中央教育審議会臨時委員、衆議院調査局客員調査員などを務めた桜美林大学の小林雅之教授はいう。


「非常に困難なことだと思います。現在の奨学金制度は、全体的にみると学生にたくさんのチャンスを与えるようにはできていません。大学院の理系、特に最近ではデータサイエンス系や、前の総長が積極的に取り組んでいた東大、資産的に余裕がある早稲田大学などは比較的手厚い支援を受けやすい一方、大半の大学の人文・社会系学部は制度が手薄なため奨学金で大学から大学院まで進学するのは難しいです。全体でみると問題が多いといわざるを得ません。


 たとえば、JASSO(日本学生支援機構)の第一種奨学金には貸与を受けた学生が優れた業績を挙げた場合に返還を免除する制度がありますが、対象は大学院生のみであり、学部生は対象外です。前身の日本育英会の時代には学部生も成績が一定の条件を満たす場合は返還免除を受けられ、十分ではないものの大学進学を志す人の道を切り開いていました。必ずしも全額が返還免除となるわけではないものの、もしこの制度が利用できればかなり経済的負担が軽くなる学部生は少なくないでしょう」


 現在、奨学金制度は大きな転換期を迎えている。2024年度より修学支援新制度が拡充され、従来の奨学金から新制度への移行が進められているのだ。


「従来の奨学金や授業料減免制度では世帯年収700万円台以下であれば、学費の全額ではなくとも、なんらかの支援を受けられましたが、新制度では住民税非課税世帯とそれに準ずる世帯のみの低所得世帯に限定されました。これによって、世帯年収600万円台くらいで何らかの事情で経済的に苦しい中所得世帯のなかには、奨学金や授業料減免を受けられない人が出てきます。また、全額授業料無償化の対象が国公立大学のみであったり、この度の中所得層への拡充の対象が私立大学の場合は理系学部だけで文系学部が入っていないという点も見直しが必要でしょう。


 もっとも大きな問題は、給付額が3段階しかなく、世帯年収のみで決まる点です。年収が1円違うだけで支給額が数十万円違ってきたり、年収が増えると支給が打ち切りになったりします。そのため、『収入が増えると奨学金が打ち切られるので働かない』というモラルハザードを誘発します。このほか、成績下位4分の1が連続すると支給が打ち切りになるという相対評価的な成績要件にも問題があります。同じ学力の学生でも在籍する大学や学部によって成績下位4分の1位に入るかどうかが変わってくるので、たとえば難関大学の学生は不利になるなどの不公平が生じるという考え方もできます」(小林教授)


 見直しの動きはあるのか。


「JASSOではそれまでなかった給付型の奨学金が17年度から始まり、20年度からは支援対象が大きく拡大されるなど、それ自体はよいことです。その一方で問題が多いのも事実であり、現在も見直しの議論が行われてはいるものの、制度の欠陥そのものを正そうという方向にはなっていません」


奨学金制度拡充の意義

 東京大学をはじめとする国立大学の学納金は文科省の省令で年間53万5800円と定められている。3月、慶応義塾長の伊藤公平氏が文部科学省の中央教育審議会大学分科会の「高等教育の在り方に関する特別部会」において、国立大学の学納金を現在の約3倍にあたる年間150万円程度に値上げするという提言を行い、物議を醸したことが記憶に新しい。伊藤塾長はその理由について「国公私立大学の設置形態に関わらず、大学教育の質を上げていくためには公平な競争環境を整えることが必要である」「私立大と短大は、公平な土壌で建学の精神に基づく経営努力に取り組むことができる」(部会への提出資料より)としているが、大手予備校関係者はいう。


「東大に進学する学生の世帯年収が他大学のそれと比較して高い傾向があるのは事実です。学歴という面では、子どもが小中学生の頃から高額な進学塾に通わせ、大学受験に強い難関私立高校に通わせるほどの経済力のある家庭にアドバンテージがあるのが現実です。その一方で、学費が安いという理由で、経済的に苦しい世帯の子どもが勉強に励んで国立大学に進むというケースが一定数存在することも事実であり、国立大学の存在が低所得世帯の子どもに高等教育への門戸を広げているという側面があります。国にとって学ぶ意欲があり学力の高い子どもに高等教育を受けさせることは将来の国益にかなうため、世帯年収の高低にかかわらず大学・大学院へ進学できる奨学金制度の拡充が必要です」


(文=Business Journal編集部、協力=小林雅之/桜美林大学特任教授)


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  • 大学入学から博士号取得までの9年間、優秀な成績を維持しながらアルバイトもする綱渡り生活を続けるのは無理があると思う。
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