知らない店に行くとき、グーグルマップの口コミを参考にする人も多いだろう。少しでも情報を集めたくなるのが人の性だ。しかし、それらの口コミが“本当の”評価とは限らない。
地方のスーパーマーケットで店長として働く塚本みゆきさん(仮名・46才)は、匿名の口コミ被害を被ったひとりだ。
◆低評価口コミの影響で売り上げが…
「あるときアルバイトの大学生の子が、『店長、これ見てます?』といってスマホの画面を見せてくれたんです。グーグルマップの口コミです。それまでうちの店は目立つ口コミはひとつもなく、評価も平均点だったんです。それが、ひと月の間に10件以上の低評価が増えていまして……」
塚本さんは投稿された口コミをひとつひとつ確認した。内容はさまざまだった。店員の態度や価格への文句、肉が腐っていたとか野菜に虫が付いていたというものもあった。どれも覚えのないものばかりだったため無視することに決めたのだが、その数は週に1つほどのペースで増えていったという。
「小さな町のスーパーなので、悪い噂は広まりやすいみたいで。売り上げは少しずつ減りましたし、アルバイトの応募も少なくなって。悩みました」
◆口コミを書いているアカウントに感じた“不自然さ”
口コミの原因がわからず、塚本さんは困惑した。それらの内容が嘘なのか、あるいは本当なのかすらわからなくなったという。毎日のようにグーグルマップで自分の店を確認し、新しい低評価がついているのを見ると、心臓がキュッと締め付けられた。
「口コミって、全部本当のことに思えてしまうんですよね。店のことも従業員のこともわかっているつもりでしたが、口コミの方を信じてしまいそうになるんです。態度の悪い子って、あの子かな……とか」
解決の糸口になったのは、店のアルバイトの大学生だった。
「大学四年生の女の子です。その子が、『これ、たぶん一人の人が書いてますよ』と教えてくれたんです」
そのアルバイトの学生は、低評価をつけたアカウントの他の投稿を確認した。すると、どのアカウントも塚本さんのスーパ−にしか口コミを書いていないことが判明した。これがあまりにも不自然だという。
「口コミを書く人は、他のお店にも投稿することが多いみたいなんです。いい評価も、悪い評価も。でも、それが一切なかったようで」
◆毎日来店していた50代男性が犯人かも?
ひとりの人間が複数のアカウントを作り、違う人間を装って低評価の投稿していた。しかしいったい何のために?
「確信はないんです。でも、思い当たる人がいまして……」
塚本さんは振り絞るように言葉を続けた。
「ちょうどその頃、50代ぐらいの男性がよく来店されていたんです。ほとんど毎日のように来てくださるんですが、あるときから結構な頻度でクレームをいただきまして……」
クレーム内容は様々だ。店員が挨拶をしない。お釣りを渡すときに無愛想。惣菜が安くなる時間が遅い。
それはクレームというより「こうしたほうがいい」というアドバイスのようなものだった。塚本さんはその男性客の意見を真摯に受け止め、改善できる点は改善した。だがその結果、男性客の“アドバイス”の頻度が徐々に増えていき、いつしか“クレーム”に変わってしまった。
「よかれと思ってやったことが逆効果だったというか。そのお客様は上司のような威圧感があったんですよね。何を言われるかわからない緊張感もあり、言われた通りに動いてしまいました」
◆お詫びの品を要求するようになるも…
その男性客は来店すると必ず塚本さんを呼び出すようになり、“アドバイス”を言い渡して帰っていった。塚本さんがバックヤードにいてもお構いなしで、学生アルバイトが裏まで呼びにくることも。
要求はエスカレートし、「こうしたほうがいい」は、いつしか「こうしなさい」になった。応じないと本部にクレームの電話をするとまで言われた。深々と頭を下げると、こう言われた。
「お詫びの品とかないの?」
「毎回ではないですが、要求されることは多かったです。最初のうちは私の勝手な判断で、こっそり商品の割引をしたりしていたんです。『今日はレジ袋でいいから』と言って5枚ほど持って帰られることもありました。ですが、それが何度も何度も続くとそういうわけにもいかなくなって……」
クレームに対するお詫びの品をやめると、それ以降その男性客は何も言ってこなくなった。
「たまたまかもしれませんが、口コミが増え始めた時期と重なるんです。もしかしたらその男性が書いたのかもしれません。でも確信はありませんし、当然、証拠もありません」
◆面と向かって「口コミをやめてください」と…
肝心の男性客は以前と変わらないペースで来店し、塚本さんと談笑することもあった。ニコニコしながら体調を気遣ってくれたり、むしろ親切で優しい人だと塚本さんは思うようになっていったという。しかし、一人が書いていることを発見した学生アルバイトの子は違ったようだ。
「その子だけは確信していたんです。絶対にそうですよ、と。高校生の頃から働いてくれていたので、店に対する愛情も強かったんだと思います。私は半分諦めていたのですが、その子はどうしても口コミ投稿をやめさせたかったみたいで」
その学生は塚本さんが予想していなかった行動をとった。男性客が来店し、レジで会計をしているときだ。学生はしっかりとした口調でこう言った。
「口コミ書いてますよね。やめてください」
言われた男性客はアルバイトの女性の態度に憤怒したが、学生は構わず続けた。
「お願いします。口コミをやめてください。お願いです、やめてください。お願いします」
◆口コミは書かれなくなった
必死の訴えだったという。その声は店内中に響き渡り、バックヤードにいた塚本さんの元にも聞こえてきた。
「すぐに行って、やめさせました。お客様は怒っている様子ではなく、困惑しているように見えました。私もです。感情を表に出す子ではないと思っていたのですが、そのときはすぐにでも泣き出しそうな表情で、それを見て、私もつられて泣きそうになりました」
塚本さんは学生をその場から下げ、男性客に対しひとり深々と頭を下げた。
「そのお客様が口コミを書いていたかはわかりません。違う可能性もあります。でも、口コミは書かれなくなったんです。情けないことに、店長の私じゃなく、アルバイトのその子が店を救ってくれたんですよ」
塚本さんはそう言って、その日で一番明るい笑顔を見せてくれた。
<TEXT/山田ぱんつ>