不動産価格の下落をきっかけに景気後退が続く中国経済。各種報道では全方位でバブル崩壊中とされることが多くなっているが、その実態とは? ジャーナリストの高口康太氏による中国バブル事情の最新リポートをお届けします!
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■「ヤバい」と「スゴい」本当はどっち?
中国がヤバい。というのも、不動産価格の下落をきっかけに、1989年の天安門事件以後では最もきっつい景気後退に陥っているからだ。
ただ、スゴい話もごろごろ。輸出は絶好調だ。衣料品など昔ながらの低付加価値産業に加えて、EVの躍進やスマホ、AIといったハイテク製品まで世界トップ級の輸出を誇っている。昨年の貿易黒字は9921億ドル(約154兆円)と過去最多を更新した。
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ヤバいとスゴい、どっちが本当の中国なのか?
「実は光の面と影の面はつながっている。コインの裏表のようなもの」と中国経済事情をズバリ指摘しているのが、梶谷懐(かじたに・かい)・高口康太著『ピークアウトする中国 「殺到する経済」と「合理的バブル」』(文春新書)。著者のひとりである高口康太氏が中国企業や庶民の現状を紹介します。
■バブル崩壊が狂わす中国人の人生設計
中国では2021年後半から不動産不況が始まっている。3年半が過ぎた今もまだ値段は下がり続けている。不動産はGDPの3割を生み出す巨大産業で、その落ち込みが経済に与える影響は大きい。国だけではなく、庶民の懐に与えたダメージも甚大だ。
社会主義国・中国で不動産取引が自由化されたのは1990年代末のこと。以来、右肩上がりのトレンドが続いてきた。
これだけ長く上げ相場が続くと、中国人民は「マンションは永遠に値上がりする」という神話を信じてしまった。無限に値上がりするのだからともかく早く買ったほうがいい、買ってしまえば資産は勝手に増えていくのだから。
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というわけで、中国人の資産の約70%が不動産となっていた。日本の倍という高水準である。利回りも良く安全という最強の投資手段だったので、「隙あらばマンション購入」が中国式人生必勝法となった。1世帯1軒という規制をかいくぐり、2軒目のマンションを買うために偽装離婚するなど、裏技が駆使された。
長い不動産バブルは中国社会を変えた。
例えば、結婚前に新郎がマンションを購入するという"文化"だ。昔から続いていたようにいわれているが、実は20年ほど前から広がった新しい風習だ。不動産さえ持っていれば一生安泰、堅い仕事に就いているかどうかよりもマンションを持っているかで頼れる男かどうかを判別できる。
この10年ほどは「新城」(ニュータウン)がブームとなった。都心は値上がりしすぎて手が出ない。だったら、ド田舎に巨大な団地を造成すればいい。日本でもバブル期に造成された住宅地が荒れ果て、今では「限界ニュータウン」と揶揄(やゆ)されている。
それと似ているが、中国が特異な点は宅地ではなく、高層マンションを造っていること。というのも、食料安全保障の観点から畑を潰す許可はなかなか下りない。「だったら高層化すればいい」というパワープレイである。
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見物に行ったが、荒れ地の真ん中に20階建てのタワマンが数十棟も林立しているのは、なんとも異様な光景だった。しかも、住民はほぼゼロ。夜になっても明かりがついている部屋はない。
こうした幽霊タワマン団地が全国に無数にある。ちなみに住民はいなくても買い手はいる。住むには不便でも資産としては問題なしと考えられていた。
とまあ、ことほどさように都合のいい考えで中国人民も不動産投資ブームに参加していたのだが、それが急に下落に転じた。
最初のうちは「1年ぐらい我慢していれば、また値上がりするだろう」という様子見が多かったが、長引くにつれ、いつまで下げ相場が続くかわからない、どこまで値下がりするかわからないとの悲観派が増え続けている。
■自動運転もAIも中国テックがキテる
こんな暗い話ばかりしていると、「中国も悪い話ばかりじゃないだろ!」とお叱りを受けそうだ。実際、個別の業種や企業には、イケイケ絶好調も少なくない。
例えば自動車だ。中国は日本を抜き、23年から自動車輸出世界一だ。NEV(電気自動車とプラグインハイブリッド)の成長もすさまじい。24年は販売台数で前年比36%増の1287万台を記録。世界で売れているNEVの4台に3台は中国製だ。
量だけではなく、質の向上もすさまじい。ファーウェイが発表したEVブランド「マエストロ」は限定車以外では世界初となる自動運転レベル3を実現した。デモ映像を見ると、大雨を検知して自動で地下駐車場を脱出し高台まで移動。空いている充電ステーションまで移動して自動で充電といった未来技術を披露している。
価格が2000万円以上とお高いが、日常で使える機能が満載だ。高度な先進運転支援システムを搭載した車が走りまくっている中国では膨大な走行データが蓄積され、今や米国以上に完全自動運転に近づいていると言ってもいい。
ほかにもバッテリー、風力発電施設、太陽光パネルなどグリーン産業はすべて中国の天下。全世界に輸出している。
そしてTEMU(テム)やSHEIN(シーイン)といった越境ECも絶好調。
AIも、中国発のDeepSeekは無料なのに、オープンAIと同等の性能を持つ。「天安門事件について教えて」とか中国政府に都合が悪いことを聞くと、「我不能回答政治問題」(政治的問題には回答できない)と、いきなり中国語でエラーメッセージを吐き出し始める欠点はあるものの、最強性能なのに無料とあって日本人ユーザーも激増中だ。
中国企業の動画生成AI「クリング」も簡単にハイクオリティの動画が作れるとファンが多い。ほかにもアニメキャラとの会話、バーチャル恋人など、気づかぬうちに中国製AIアプリは勢力を拡大している。
中国の強みは14億人民の上澄みであるエンジニアたちの能力だ。その数は米国をも圧倒している。
かくして、未来のテック製品も、コスパ良くアパレルや日用品を買うのでも中国系が幅を利かせている。
■キラキラ中国のしんどい実情
ただ、外から見るとイケてるイノベーションも、中国の中からの視点で見ると、実はしんどい状況だ。
自動車も「EVに乗り遅れた日本メーカー、中国市場で総崩れ」といわれるが、正確には「日本、ドイツ、米国、そして中国。どのメーカーの内燃車(ガソリン+ディーゼル)も壊滅」が正しい。
中国市場の24年の内燃車販売台数は1400万台。5年前から4割減だ。これだけ市場がしぼむと、どの国のメーカーでも打つ手なし、だ。
ただ、中国メーカーは売れなくなった分を輸出するという選択肢がある。一方、日本など外資系メーカーは中国以外の他国にも工場があるので、おいそれと輸出はできない。
中国メーカーは安値でいいからと輸出に励んだ。24年の中国車輸出台数は586万台だが、NEVは前年比6.7%増の128万台、内燃車は23.5%増の457万台。輸出しているのは内燃車なのだ。
なんとなく「最強EVを輸出しまくる中国、日本から輸出世界一の座を奪った」というイメージがあるが、本当は「中国での競争に負けた内燃車が、ところてんのように押し出されて輸出へ。安売りしまくって輸出世界一に」が真相だ。
EVもいい話ばかりではない。激しい競争の結果、倒産するメーカーが続出している。昨年12月にはEV専業の極越汽車が破綻。従業員の給与も未払いという夜逃げ的事業停止である。
同社はあのIT大手のバイドゥと大手民間自動車メーカーの吉利汽車の合弁企業。大手が後ろ盾だから安心していたのに、と大騒ぎとなった。政府が介入し、親会社が未払い給与を負担することで決着することになったが、「いつ、どのメーカーが潰れても不思議ではない」との疑心暗鬼が広がることに。
メーカーが潰れると、自動車オーナーにとっては死活問題だ。EVの大半はネット接続されたコネクテッドカーで、スマホを鍵として使用可能、OSのアップグレードによる機能追加などメリットも多い一方で、メーカーが潰れるとアップデートもされなければ、最悪ドアすら開かなくなるといった落とし穴もある。「メーカーが破綻したらマイカーに乗れなくなった」では、たまったものではない。
カーディーラーの倒産も相次ぐ。EVは進化が早く、どんどん値下がりしている。ディーラーからすると、仕入れた車の価値があっという間に下がってしまう。仕入れ値より売値のほうが安い「逆ざや」になることも多い。中国汽車流通協会によると、ディーラーの過半数が赤字だという。
価格競争に拍車をかけたのが、不動産バブルの崩壊だ。今までは不動産開発に回っていた投資マネーが、EVメーカーに流れ込んできた。その資金で研究開発や製造力強化が進む。さらにコストダウンが進む。ますますしんどい......という、風が吹けば桶屋(おけや)が儲かる的に、不動産危機がEV大躍進に波及している。
■AIもブランド品も安売り競争が激化
AIもすでに泥沼の価格競争が始まっている。EVと同じく新時代の覇権を握ろうと、AIベンチャーに投資マネーが殺到した。超大型大規模言語モデルを自主開発する企業が複数ある国は米国を除けば中国ぐらいだろう。
開発されたAIはどれもレベルが高い。となると、あとは価格勝負。IT大手アリババが昨年5月に「AI利用価格97%値下げ」を打ち出すと他社も追随し、価格競争がスタート。体力のある大手はともかく、ベンチャーには苦しい。早くも経営危機が噂される企業まで出ている。
前述のとおり、中国の不動産価格下落は21年後半から始まった。長期化する中で、不況は消費低迷にまで拡大している。象徴的なのが中古ブランド品だ。以前は日本の質屋に中国人旅行客が殺到。そればかりか、卸売りオークションにも中国事業者が参入し、中国に輸出されてきた。
しかし、不景気で中国のブランド需要は激減してしまった。エルメスのバーキンなど、トップオブトップはまだ価値を保っているが、二線級のブランドは新品も売れず、中古価格も下がっている。
日本の中古ブランド品の輸出ビジネスを手がけている劉さん(仮名、40代、女性)によると、新品の半値ぐらいで取引されていた中古ブランド品が7割引き、8割引きまで下がったという。
そこで今度は、中国の中古品を日本や欧州に販売しようという真逆の動きが始まっている。劉さんも上海に法人を設立、中国で仕入れて欧州に売るビジネスに着手した。
■高級酒バブルもさくっと崩壊
バブル崩壊はほかにもある。中国でのジャパニーズウイスキーブームは有名だが、中国酒業協会によると、24年上半期の輸入額は24.4%減。「マーケットから熱狂とバブルが次第に消えていく」のだという。それでもウイスキーは全世界で売れる商品。中国バブルの崩壊は痛いが、ほかにも買い手がいる。
もっとヤバいのが白酒(パイチュー)だ。中国の銘酒・マオタイ酒はともかくお高い。食べ放題2980円ぽっきりという激安のガチ中華でも、1本8万円といった値段で置いていることも。ワインのように古いものほど高値がつくので、投資目的で買い占める人が多く、値上がりが続いてきた。
そのバブルも終わり、下落トレンドに入った。今年の旧正月商戦の取引価格は前年比で約2割減だという。今後も値下がりすると判断されれば、転売ヤーたちが在庫を放出。さらなる下落に向かうかどうかの瀬戸際だという。
ひとつネジが外れると、ガタガタと全体が崩れてしまう。今の中国は不動産価格下落をきっかけにさまざまな問題が噴出している。ただ、全部が全部ダメ、中国ビジネスはもうオワコンと考えるのは早計だ。
■デフレに強い日本企業にチャンス
不景気なときは不景気なりの稼ぎ方、ビジネスチャンスがある。というわけで今、中国で注目を集めるのが日本式ビジネスだ。
「失われた30年」で鍛えまくってきたコスパ重視のサービスや商品は、不景気の中国でも注目され、サイゼリヤは中国外食の勝ち組として主要都市に続々と出店。スシローをはじめとする回転ずしも原発処理水問題などどこ吹く風の大人気。ユニクロやニトリなど、お値段以上の価値を持つハイコスパブランドに注目が集まる。
中国企業も100円ショップ的な「9.9元」(約212円)ショップなど、あるいはコーヒーショップやレストランでも9.9元均一が一般人に支持されている。
不景気とデフレの先輩として、日本式ノウハウが中国で活用できる余地は多い。
取材・文・撮影/高口康太 写真/AFP/アフロ アフロ