「3勝目まで引退できない」佐藤琢磨が振り返る16回目のインディ500挑戦。多くの条件が重なったオーバーシュート

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2025年06月09日 22:30  AUTOSPORT web

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自身16回目の挑戦となる『第109回インディアナポリス500マイルレース』に参戦した佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)
 6月9日、佐藤琢磨とホンダ・レーシング(HRC)は5月25日に決勝が開催された『第109回インディアナポリス500マイルレース(インディ500)』のメディア向け報告会を実施。琢磨にとって16回目の挑戦となった2025年のインディ500を改めて振り返った。

 アメリカのインディアナポリス・モータースピードウェイで行われるインディ500。その伝統オーバルレースで2017年と2020年に優勝を飾っている琢磨は、今年もレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングから参戦し、予選で自己ベストの2番手を獲得する。決勝レース序盤も首位を走行して51周のラップリードを重ね、3度目の制覇へ順調にトップを快走していたが、ピットストップでの自身のミスにより勝利を逃していた。

 報告会に参加した琢磨は「結果としては9位(11位チェッカーも他車のペナルティで昇格)でしたが、内容としては非常に手応えを感じられるレースでした。ホンダ勢最上位で予選を戦えたことは自分にとってもすごく嬉しいことですし、決勝でも最多リードラップを記録することができ、しっかりと優勝争いの中に身を置くことができました」と語り始める。

「これまでの自分のインディ500での経験からすると、今年はフロントでパックをリードしていた感覚とタイミング、クルマの感触など、すべてを入れても十分に優勝争いをすることができたのではないかなと思っています」

 今年もインディ500のみのスポット参戦ながら、琢磨は本番前のオープンテストから速さをみせていた。ステアリングを握る75号車は新車かつ、琢磨にとっても昨年のインディ500以来のインディカードライブ、そして今季から導入されたハイブリッドシステムなど、多くのことを確認しながら、一時はトップスピードを記録。その直後に大クラッシュを喫してしまう。

「正直に言うとオープンテストはすごく調子が良かったです。しかし、ハイブーストを試す予選シミュレーションの2度目の走行で大クラッシュをしてしまいマシンは全損になりました。インディ500に向けたクルマの組み上げは通常とはまったく異なる背景を知っているので、クラッシュした瞬間『今年の挑戦は終わった』と本当に思いました」と琢磨。

「おなじモノコック、ボディカウル、エンジン、サスペンションなのですが、例えば各可動部の精度を上げていく作業は最短でも2カ月、長いチームで半年かけて一台のクルマを作っていきます。オープンテストでマシンが大破してしまうと精度の高いパーツはもうなくて、本当にどん底の気持ちでした」

「ですが、クラッシュからわずか3時間後にチームオーナーが『新車を買う』という決断をしてくれて、その日に発注して翌日にはダラーラにモノコックを取りに行くというスピード勝負でした。そのときには本番まで2週間しかないので、メカニックを信じながらも『どこまでマシンを作り上げられるか』と祈る気持ちでした」

「でも、朝の6時から夜中の1時まで、土日も返上して休む日もなく2シフト制でクルマを作ってくれました。本当に信じられないくらい力を入れてくれて、プラクティスが始まる前日に搬入することができました。チームの決断と情熱、そして技術。本当に彼らはプロフェッショナルそのもので、本当に自慢のクルーたちです」

 そんななか迎えたインディ500本番だが、実はプラクティスでクルマにトラブルが発生しており、プログラムの遅れで「かなり焦りもあった」と琢磨は振り返る。予選に向けてもクルマがまったく決まっておらず、ギヤボックスや燃料タンクの温度管理の面で「本当は走りたくなかった」土曜朝も走行。そして予選を迎えた。

「本当に予選は自分たちだけでやるしかありませんでした。予選アテンプトに並んでいる全車のエアロとウイングをすべて僕が見ていました。僕としてはウイングを当然削っていきたいのですが、チームとしては気温と路面温度を考えると『これ以上削ったら危ない』と。だけど、僕としては『ここまでしないと上にいけない』と交渉しました」

「最終的には『チームが良しとしなければ僕はアクセルを踏むことはできないから決めてくれ』と言いました。そこで信頼していただき、かなり削ったウイングの角度で予選トップ12、そしてトップ6に入ることができました」

「トップ6でも他車のエアロとウイングをすべて僕が見ました。また、夕方なのでコーナーのいくつかが日陰になりますし、他チームは例えばストレージと呼ばれるディフューザーのなかにある縦の板を外し、ダウンフォースを落としてまでドラッグを減らす考え方でトップ6を走っていましたね」

「ですが、あの日の路面状況と今までの自分の経験を踏まえると『それはやるべきではない』と判断しました。そのスペックで走ったのが僕とロバート・シュワルツマン(プレマ・レーシング/ポールポジション)でした。トップ6は夢のようなノーミスで4ラップを走り、2番手を獲ることができました」

 また琢磨は、今季からインディカーに導入されたハイブリッドシステムについて、予選アテンプト中に自身のみがエネルギー回生を行っていたことを明かす。オーバルレースのインディ500では、ほぼアクセル踏みっぱなしのためエネルギーを回収する時間がないが、琢磨によると「ハイブリッドの開発背景と技術的に行われていることを説明してもらい、自分のなかに知識として吸収」したとのこと。このエネルギー回生術はホンダエンジン勢の全員とデータ共有が行われたが、実際に使用しているチームは見られなかったという。

「やはり、どのチームもエネルギー回収したところで結局プラスにはならないという答えになったのだと思います。ただ僕は『それではライバルに敵わない』と思っていました。何とか知恵を振り絞って、データエンジニアと細かく回生ストラテジーを練りました。僕も何回も失敗しながら、ハンドル裏の6本のパドルと4つのボタンを操りながら経験を積み、フロントロウに並ぶことができました」

 続く決勝で2番手からスタートを切った琢磨は、序盤にシュワルツマンをパスし、翌周にはパト・オワード(アロウ・マクラーレン)に追いつきオーバーテイク。早くも11周目からラップリーダーとして走行することになり、狙いどおりに戦いを開始する。2回目のピットストップ完了までトップを守った琢磨だが、イエロー進行中に入った3度目ピットストップで停止位置をオーバーランしてしまい、大きく順位を落としてしまった。

 このときの状況を琢磨は「金曜日のカーブデイに最終調整を行うプラクティスがあり、ここで給油を含めたピットストップ練習ができる唯一の時間が設けられています。例えば、プラクティスでは3コーナーからピットレーンを使用して入ってくるのに対し、レースでは4コーナーを終えて350〜360km/hから99km/hまで落とす必要があります」と説明する。

「その本気ピットストップを練習できるのはカーブデイのみで、とくに最後の15分間はピットストップ練習の時間だったのですが、僕たちはドライブシャフトが破損してしまいました。そういった意味では、まったくピットストップの練習ができないままレースに臨まなければなりませんでした」

「1回目のピットストップはイエロー中でしたし、2回目はレース進行中だったのですが、いちばん最初のホットピットストップだったので僕もマージンを持っていました。3回目もイエロー中で、自分としても攻めていたつもりはまったくないのですが、他車のタイヤに付いた水や消火剤、路面温度の低さといったさまざまな条件と、どこか余裕がない状態のピットストップが重なり、ブレーキを踏んだものの止められず、およそ2m弱オーバーシュートしてしまいました」

 このタイムロスにより、琢磨はトップから17番手に後退し、優勝争いから脱落することになった。その後は追い上げを目指したものの、気温と路面温度の低さによってタイヤのデグラデーション(性能劣化)が最小限になったことに加え、空気密度が高まりダウンフォースが増えたことで集団のペースが落ちず、膠着状態のままポジションを回復できず11位チェッカーとなった。

 レース後2台にペナルティが科されたことで、琢磨にとって16回目のインディ500の最終結果は9位となった。琢磨は悔しさをのぞかせつつ、改めてチームスタッフたちに感謝を述べ、来季も挑戦を続けていきたいと語る。

「こういったかたちでインディ500を戦うことができた環境を作ってくださったチーム全員に改めて感謝したいですし、本当に自分を支えてくださる多くのスポンサーさんと日本とアメリカのHRC、そして素晴らしいエンジンを作ってくれたホンダにも感謝したいです」

「ホンダエンジンユーザーとしては(アレックス・)パロウ選手が久しぶりにインディ500で勝ってくれて誇らしいです。僕はもちろん悔しかったですけど、インディ500の勝利に向けて組み立てていった結果、こういった勝てるような位置で戦えたことは、チームとしても大きな自信に繋がりました」

「まだ何も決まっていませんが、自分としてはここまで来た以上、来年は当然この上を狙っていきたいです。今年は前半をリードしたので、来年は後半もリードできるようなイメージでチームと話し合い、支援していただいているスポンサーさん、ホンダさんとも交渉をして、しっかりと準備をしていきたいです」

 また琢磨は、自身がインディ500への挑戦を続ける理由を以下のように説明した。

「2017年と2020年の2回優勝しましたが、2020年はコロナ禍での無観客開催で、本来は35万人が来場するインディアナポリス・モータースピードウェイにお客さんが誰ひとりいませんでした。もちろん中継などを通して応援してくださった方がいることは十分承知していますけど、2017年に受けた“35万人の歓声がコクピットの中に入ってくる”感覚は忘れることができません」

「2020年に勝ったときはその感覚がなかったので『このままでは終われない』という思いがあります。インディ500はシリーズの一戦ではありますけど、本当に特別な一戦です。数日間にわたる走行で徐々に自分をビルドアップしていくので、スポット参戦でも勝利を狙えるのではないかと思っています」

「また、僕のライバルでもあるエリオ・カストロネベスが2021年に僕と同じスポット参戦でインディ500の4勝目を挙げました。彼を追いかけることは非常に大きな目標ですし、彼も走っているということで、僕も引退するわけにはいきません。3勝目を狙って、自分の人生のひとつの目標として挑戦していきたいです」

 近年のインディ500はスポット参戦ながら、毎年走り始めから速さを見せてくる琢磨。今年はオープンテストで大クラッシュに見舞われながらも決勝でトップ争いを繰り広げ、その実力はまだまだ健在ということを示した。来年に向けて現在決まっていることは何もないと言うが、もし挑戦を続けるなら、日本のファンを引き続き楽しませてくれるかもしれない。

[オートスポーツweb 2025年06月09日]

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