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6月6日に封切られた映画「国宝」が大きな反響を呼んでいる。極道の家に生まれながら、過酷な宿命の中で歌舞伎役者として芸の道に生きることを選んだ主人公の波瀾万丈物語は、多くの観客の心を打ち、映画レビュー欄では「100年に1本の傑作」など絶賛する声も目立つ。
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映像の美しさや俳優たちの迫真の演技はもちろんのこと、この作品が広く話題を集めている理由は、伝統芸能の世界に新たな光を当てた点にある。SNSでは若い世代から「歌舞伎に興味がわいた」といった声も上がり、これまで敷居が高いと感じられていた伝統芸能のイメージが少しずつ変わりつつあるようだ。
■歌舞伎の次は”能”に注目が
一方、漫画の世界では、静かに注目を集めている作品がある。それが壱原ちぐさによる能をテーマにした『シテの花−能楽師・葉賀琥太朗の咲き方−』だ。「週刊少年サンデー」で連載中のこの作品は、ダンスボーカルグループで活動していた青年・葉賀琥太朗が、公演中の事故で顔に傷を負い、芸能界を去ったのち、能の世界に飛び込むというストーリーである。踊ることに人生をかけてきた彼が、祖母との縁で出会った能に救われ、ゼロからシテ方(主役)を目指す姿が静かに力強く描かれている。
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『シテの花』が光るのは、能の本質をまっすぐに描いている点である。能は歌舞伎のように華やかな装置や派手な演出で観客を引き込むものではなく、余分なものを削ぎ落とした静けさの中で、わずかな動きや声に全神経を集中させ、深い情念や物語を伝える芸術である。作中では、宝生流第二十代宗家・宝生和英の監修のもと、所作、面、装束、台詞に至るまで細かく描写され、厳しい稽古や師弟関係、舞台に立つ者の孤独や覚悟が琥太朗の成長とともに、能舞台の張り詰めた空気がそのまま伝わってくる。
さらに『シテの花』は、能をテーマにしながらも少年漫画らしい熱さをしっかりと持っている。主人公が自分の弱さや不安、過去の挫折と向き合いながら、一歩ずつ成長していく姿は、スポーツ漫画や音楽漫画のような青春の汗と重なって見える。だからこそ、能という遠い存在が、現代を生きる私たちの葛藤や成長の物語とつながっているように感じられるのだ。
こうした背景の中、能そのものへの関心も確実に高まっている。たとえば東京・水道橋の宝生能楽堂では、『シテの花』の原画や能面、装束の展示と夜能公演が行われており、普段は能楽堂に足を運ばない若い世代の観客も訪れたことだろう。
■意外と知らない? 歌舞伎と能の違い
歌舞伎と能はどちらも伝統芸能と一括りにされがちだが、その成り立ちや特徴は大きく異なる。歌舞伎は江戸時代の町人文化の中で育ち、大衆の娯楽として支持を集めた。一方、能は室町時代に武家社会で格式高い式楽として愛され、静けさや象徴性を大切にしてきた。能の舞台では、面をつけた演者が最小限の動きと声で心情を表し、夢幻の世界を描く。歌舞伎は隈取りや白塗り、派手な衣装、大げさな所作で観客を圧倒し、江戸の町人の物語や勧善懲悪の劇が多いのが特徴である。こうした違いを知ったうえで両者を見比べると、それぞれの芸が持つ独自の美しさがより鮮明に見えてくる。
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近年、能はバラエティ番組や人気アニメともコラボしている。「芸能人格付けチェック」(テレビ朝日系)では能楽が問題に出され、出演映画の役作りで1カ月間能を学んだGACKTが見事正解し、連勝記録を更新したことも話題となった。また、国民的作品『鬼滅の刃』と能楽堂の特別公演が企画され、大勢の観客を集めたことも記憶に新しい。こうした動きは単なるブームではなく、伝統芸能が新しい形で次の世代に届き始めている証と言えるだろう。
今、これまでなじみが薄かった伝統芸能の文化が、「新たな娯楽表現」によって現代の若者の心にもしっかり届き始めている。これからどんな形で未来へ受け継がれていくのか。
(文=蒼影コウ)
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