写真はイメージです 「新型コロナワクチン接種後症候群(PCVS)」という言葉をご存じでしょうか? 新型コロナウイルス感染症の後遺症(いわゆる「コロナ後遺症」)とよく似た症状が、ワクチン接種後に長引くケースが報告されています。今回は、この「ワクチン接種後症候群」について、多くの患者さんを診てこられ、この度その診療経験からの知見を一般向けにまとめた新書『コロナ後遺症 〜治らない“慢性不調”の正体〜』を上梓された医師の平畑光一先生にお話を伺いました。
◆「ワクチン接種後症候群」とは?多岐にわたる症状
ーー平畑先生、本日はお忙しいところありがとうございます。まず、大前提として新型コロナワクチンが人類と新型コロナウイルスとの戦いにおいて果たした役割の大きさは、もはや揺るがぬものではありますが、その上で、先生が診察される中で、「ワクチン接種後症候群」とはどのようなものだと感じていらっしゃいますか?
平畑光一(以下、平畑):はい。新型コロナワクチンを接種された後、さまざまな症状が長く続く方がいらっしゃいます。一般的に知られている発熱やアナフィラキシー、心筋炎、血栓症といった副反応の他にも、注射手技による神経障害やコンパートメント症候群のような物理的な影響、さらには特殊な病気が起きるケースも報告されています。
もちろん、「それがワクチンによるものだ」と断定することは難しい場合も多いです。たまたま時期が重なっただけという可能性も否定できませんからね。しかし、実際にワクチン接種と関連が示唆されている疾患や症状は多岐にわたります。具体的には、以下のような症状が挙げられます。
* ギラン・バレー症候群
* 月経周期異常
* 帯状疱疹
* 自己免疫性肝炎
* 視神経炎、視神経症
* 甲状腺炎
* 自己免疫性溶血性貧血
* 炎症性腸疾患(IBD)
* 脊髄炎、脳炎
* 抑うつ
* 腎症
* 多系統炎症性症候群
* 可逆性脳血管攣縮症候群(RCVS。突然の、雷に打たれたような激しい頭痛を繰り返す疾患)
この他にも実にさまざまな報告がなされています。
ーーこれほど多くの症状が関連する可能性があるのですね。ワクチンはコロナ収束のためにも間違いなく必要なものでした。しかしその反面、そのリスク面についてはあまり触れられず、これまで「ワクチンは安全」という情報が強調されてきたように感じます。
平畑:おっしゃる通りです。ワクチンの接種率を上げようとするあまりに、「リスクの面をあまり言わないようにしよう」とする傾向、さらに一歩進めて、「リスクを軽視しようとする傾向」が少しでもあったのではないか、と感じています。もちろん、私自身も例外ではありませんでした。
ワクチンが人類と新型コロナの戦いにおいて果たした役割の大きさは、もはや揺るがぬものではあります。しかし、どんな薬も100%効くわけでもなければ、100%安全な薬もないのもまた揺るがぬ事実です。100%安全というわけではない以上、「何か起きるかもしれない」と考えておくのが正しい態度だと考えています。
そして、医者にとっては、ワクチン接種の後、一見「不定愁訴」のような症状を訴える患者さんが受診された際、「そんなはずはない」と言って簡単な検査のみ施行し、「正常だから帰れ」と追い返すような行為は、厳に慎むべきだと考えています。
◆コロナ後遺症との類似点、そして相違点
ーーそれは医療現場での姿勢として非常に重要ですね。特に「コロナ後遺症」と似た症状が出るとのことですが、具体的にどのような症状が多いのでしょうか?
平畑:実は、新型コロナのワクチン接種後に、コロナ後遺症とそっくりな倦怠感、痛み、呼吸苦等の症状が生じることがあります。中には、完全に寝たきり状態となり、筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)に該当する状態になってしまっている方もいらっしゃいます。このことは世界的にも広く認識されており、2022年1月には権威ある『Science』誌にも「In rare cases, coronavirus vaccines may cause Long Covid–like symptoms」という記事が掲載されました。以降、幾つもの論文が発表されており、現在では「新型コロナワクチン接種後症候群(Post-COVID-19 Vaccination Syndrome, PCVS)」と呼称されています。
中核となる症状は、コロナ後遺症と同様に倦怠感とブレインフォグ(思考力低下など、脳の機能低下)で、仕事や学業のみならず、生活にも重大な影響を及ぼすことが少なくありません。
ーーまさにコロナ後遺症と同じような症状なのですね。両者は区別できるものなのでしょうか?
平畑:非常に似ているため判断が難しいケースもありますが、集団で見ると症状の出現割合に違いがあり、やはり別の疾患であると考えるのが自然です。例えば、PCVSの方では体の痛みを訴える方の割合が高く、一方で咳や味覚・嗅覚障害を訴える方の数は少ない傾向にあります。
また、SNSなどでは「コロナ後遺症のすべてがワクチン接種後症候群だ」という意見も見られますが、これは異なります。日本で新型コロナワクチンの接種が始まったのは2021年2月ですが、私がコロナ後遺症の診察を始めたのは2020年3月ですから、ワクチン接種が開始される前からコロナ後遺症の患者さんは多くいらっしゃいました。
ただし、ワクチンを接種した数日後に新型コロナを発症し、その後に強い倦怠感を呈した場合など、コロナ後遺症なのかPCVSなのか、判断が難しいケースもあります。ただ、どちらであっても対処法は同じであるため、臨床的に大きな問題になることはあまりありません。
◆症状への向き合い方:コロナ後遺症と共通する対処法
ーー対処法が同じというのは、患者さんにとっては朗報ですね。具体的にはどのような対処法があるのでしょうか?
平畑:コロナ後遺症様の症状を呈している場合は、コロナ後遺症と同じ対処で症状が改善するケースが多いです。私のクリニックでも、新型コロナワクチン後のコロナ後遺症様症状の患者さんに、耳鼻科で上咽頭擦過療法(EAT、Bスポット療法)を受けていただいたところ、かなりの方で慢性上咽頭炎が見られました。EATで症状が改善した患者さんも非常に多く、慢性上咽頭炎がワクチン接種後症候群の症状を増悪させていることは少なくないようです。なお、子宮頸がんワクチンの接種後症候群患者でも慢性上咽頭炎が見られ、上咽頭擦過療法によって改善が見られたと報告されています。
◆見過ごされがちな長期副反応:倦怠感・ブレインフォグ以外も
ーーコロナ後遺症様の症状以外に、ワクチン接種後に報告されている長期副反応はありますか?
平畑:はい、もちろんあります。日常的にみられるのは、接種局所の痛みやしびれです。その他にも、少数ながら四肢などの不随意運動などを訴える患者さんを診察することがあります。症状が強い場合には、自己免疫性脳症などの可能性も否定ができないため、脳神経内科など、適切な科の受診が必要となります。
海外の論文では、新型コロナワクチン1000万回接種当たり8件の脳炎が発生すると推定されています。頻度としてはかなり少ないようにも思えますが、症例報告を読むと、やはり症状としてはかなり重篤で進行性です。繰り返しますが、ワクチン接種後に一見不定愁訴と思える症状を訴える患者さんが来院された際には、慎重に症状を聴取することの重要性を痛感しています。
◆ワクチン接種がコロナ後遺症に与える影響は?
ーーワクチンがコロナ後遺症を改善させるという報告も聞きますが、先生の臨床経験はいかがでしょうか?
平畑:確かに、ワクチン接種によってコロナ後遺症の症状が大きく改善する可能性を示唆する研究も報告されています。代表的なものとして、『BMJ』に掲載された論文では、ワクチン接種群におけるコロナ後遺症の寛解率が16.6%であり、未接種群の約2倍だったと報告されています。
しかし、日本の臨床経験に照らすと、この結果をそのまま受け入れるのは難しいと感じています。私のクリニックでの実際の診療では、ワクチン接種後に症状が完全に消失した患者さんもごく少数ながら存在しましたが、大多数の方は症状に変化が見られませんでした。
むしろ、改善する方と悪化する方がほぼ同数であるように感じられ、**必ずしもワクチン接種が有効であるとは言い切れない**、というのが現場での実感です。
ーーなるほど。今日の貴重なお話で、「ワクチン接種後症候群」がどのようなものか、そして医療現場でどのように向き合うべきか、深く理解できました。平畑先生、本日は誠にありがとうございました。
平畑:こちらこそ、ありがとうございました。重要なのは、患者さんの訴えに真摯に耳を傾け、適切な診断と治療につなげることだと考えています。
◆まとめ
平畑先生のお話から、新型コロナワクチンが感染症対策に大きく貢献したという大前提の上で、「ワクチン接種後症候群(PCVS)」は、新型コロナウイルス後遺症と非常に似た症状を呈しながらも、その発現機序や症状の割合に違いがあり、別個の疾患として認識すべきであるということが分かりました。一方で、その治療法はコロナ後遺症と共通する部分が多く、特に倦怠感やブレインフォグといった中核症状に対しては、上咽頭擦過療法(EAT)などが有効な場合もあるとのことです。
どんな薬にもリスクは伴います。もしワクチン接種後に体調不良が長引く場合は、「気のせい」と済ませずに、信頼できる医療機関を受診し、症状を詳しく伝えることが重要です。医療従事者側も、患者さんの訴えを真剣に受け止め、適切な対応をすることが求められます。