事務ミスで懲戒処分!? 長浜市の「厳罰化」方針は違法なのか? 弁護士に聞いた

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2025年12月10日 06:40  ITmedia ビジネスオンライン

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事務ミスで懲戒処分、法的な問題は?

 過失の程度や結果の重大性によっては、時代に即した適正な処分を行う──滋賀県長浜市の浅見宣義市長が示した、市役所職員の事務ミスに対する厳罰化の意向が注目を集めている。


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 長浜市では、昨年度から市の補助金交付や国の交付金申請などにおいて不適正な事務処理が相次いだ。同市では、単純な過失による事務ミスについて処分はしてこなかったが、こうした状況を問題視。浅見市長は9月定例月議会の提案説明において、市役所職員の事務ミスの処分を強化する考えを示した。


 同市の対応に、SNSを中心に「厳罰化は法的にどうなのか」といった声も上がっている。佐藤みのり弁護士に聞いた。


●市職員の事務ミスへの厳罰化 法的に問題は?


――そもそも懲戒処分とはどういったものなのでしょうか。


佐藤弁護士: 懲戒処分とは、従業員が業務命令に従わなかったり、企業秩序を乱したりした場合に、制裁として行う不利益措置のことをいいます。懲戒処分の種類は「戒告」「譴(けん)責」「減給処分」「出勤停止」「降格」「諭旨解雇」「懲戒解雇」が一般的です。


 懲戒処分としてどんな種類を設けるかは、法律で定められておらず、会社が自由に決められます。また、地方自治体の公務員に対する懲戒処分について、地方自治法は懲戒処分として「戒告」「減給」「停職」「免職」の4つを定めています。


――懲戒処分をするために必要なことや、実際に検討する際の流れを教えてください。


佐藤弁護士: 懲戒処分をするためには、就業規則であらかじめ、懲戒処分の種類と事由を定めておく必要があります(労働基準法89条)。懲戒処分は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当である」と認められない限り、無効とされています(労働契約法15条)。そのため、有効な懲戒処分をするためには、


・従業員の行為が就業規則に定められている懲戒事由に該当すること=客観的に合理的な理由があること


・処分内容、手続き共に社会通念上、相当であること


 が必要になります。


 そこで、会社が懲戒処分を検討する際は、従業員の起こした不祥事の内容や頻度、期間、経緯、動機、不祥事が業務に及ぼした影響、従業員の反省の程度、今までの処分歴、会社への貢献度などを総合的に考慮し、社会通念上相当な処分内容かどうか判断することが求められます。


 また、過去に類似事例があれば、その事案における処分との均衡が取れているかどうかも考慮しましょう。処分対象者の意見を聞く機会を設け、手続き面でも慎重に進めていくことが必要です。


●長浜市の事例、弁護士の見解は?


――長浜市の事例は、法的にどう判断されるのでしょうか。


佐藤弁護士: 長浜市ではこれまで、単純な過失による事務ミスについて処分していませんでした。今後は、過失の程度や結果の重大性によって、処分対象になり得るよう、処分の基準を見直したということです。


 自治体は、地方公務員法29条に基づき、


・法令に違反した場合


・職務上の義務に違反し、または職務を怠った場合


・全体の奉仕者としてふさわしくない非行があった場合


 に懲戒処分をすることができます。過失による事務ミスであっても、これらの場合に当てはまる可能性があるため、長浜市の処分基準見直し自体は、法的に問題はないと考えられます。


 なお、自治体ではなく、会社の場合も、どのような行為を懲戒事由として定め、どのような処分を科すかについては、会社に広い裁量が認められているため、単純な事務ミスであっても、事案に応じて懲戒処分を下すことは可能です。


――事務ミスを理由に懲戒処分を行う際、法的にどのような要件を満たす必要があるのでしょうか。


佐藤弁護士: 単純な事務ミスについては、悪質性が低いため、懲戒処分の対象とはせずに、教育指導したり、人事評価の中で考慮したりするにとどめるべき事案も少なくないと思います。


 懲戒処分にする際も、先述したように、処分内容の社会通念上の相当性を確保する必要があり、重過ぎる処分にしないことが重要です。戒告や譴責など、軽めの懲戒処分であれば、会社の裁量の範囲内として、有効な処分になりやすいでしょう。一方、単純な事務ミスを数回したけれど、指導を受け、反省もしているような事案で、減給処分以上の懲戒処分を下せば、重過ぎるとして無効とされる可能性があります。


――単純なヒューマンエラーと、懲戒処分に値する過失はどこで線引きされるのでしょうか。 


佐藤弁護士: 従業員のミスがあった場合、教育指導や人事評価の中で考慮するにとどめるか、懲戒処分にするかは、法律で基準が決まっているわけではなく、会社の判断に委ねられます。会社の裁量は広く、社会通念上著しく相当性を欠くような判断でなければ、尊重されるものと考えられます。


 会社側は、ミスの内容や同じミスを繰り返しているかどうか、ミス後の指導を受ける姿勢や反省の程度、ミスが業務にもたらした影響の大きさなどを考慮して、処分するか否かについて判断する必要があるでしょう。


――懲戒処分を不服として職員が訴訟を起こした場合、裁判所はどのような点を重視して判断するのでしょうか。


佐藤弁護士: 懲戒処分を下した場合、従業員が処分の有効性を争い、訴訟を起こすことがあります。裁判所は、先述したさまざまな事情を総合的に考慮し、会社の下した懲戒処分が社会通念上相当といえるかどうか、会社の判断が裁量を超えているかどうかを判断します。裁判所が判断する上で、特に「やってしまったミスに見合った処分か」という点は重視されるように思います。


●事務ミス、会社や自治体側の責任は?


――事務ミスが組織的な人員不足や業務過多などに起因する場合、会社や市側に責任はないのでしょうか。 


佐藤弁護士: 事務ミスが生じる背景には、ミスをした従業員の不注意だけでなく、人員不足による業務過多であったり、十分な指導・研修体制が整っていなかったりと、職場の側の問題が潜んでいることも少なくありません。その他、職場の風通しが悪かったり、ハラスメントが横行していたりすると、相談しづらくなり、ミスが起こりやすい状況が生まれます。


 会社としては、事務ミスが生じたとき、従業員への処分ばかりを検討するのではなく、まずミスが生じた経緯を含め、事実確認をすることが大切です。その上で、ミスの原因として考えられることを挙げ、再発防止策を検討します。最も重要なことは、再発防止であり、原因を取り除くために何が必要なのか、具体的に検討し実行することが必要です。


 ミスをした従業員への処分を検討する際も、ミスが生じた背景も含め考慮することが大切でしょう。会社側にも大きな問題があり、ミスが引き起こされたようなケースで、過度な罰則主義を持ち出すと、従業員の会社不信を招きますし、モチベーションの低下にもつながりかねません。


――今回の長浜市のような方針を示す際に、法的に求められる注意点を教えてください。


佐藤弁護士: 本件について、長浜市としては、事務ミスに限らず、処分の基準を見直したということであり、「厳罰化」とは捉えていないようです。ただし、職員からすると、ちょっとしたミスでも処分を受けるのではないかと不安に思う人も出てくるかもしれません。処分の恐れがあるとなると、ミスの隠蔽につながる可能性もあります。また、ミスを恐れて、必要以上に確認作業を繰り返すなど、業務効率に影響が出たり、ミスが生じる可能性のある業務を避けたりすることさえ考えられます。


 そこで、こうした負の影響を避けるため、処分基準見直しの際は、従業員に対し、新たに処分される対象となり得る行為の例を示し、一定の悪質性ある事案に限って処分対象になることを周知するなど工夫しましょう。


 また、事務ミスをしたことをもって、いきなり懲戒処分を検討するのではなく、まずは指導を行い、改善するかどうか見守ることも大切です。何度指導を繰り返しても改まらず、反省もしないなど、一定の悪質性が認められる事案について、軽い懲戒処分から検討するなど、手順を踏むことが重要であり、こうした手続き面も含め、従業員にあらかじめ周知するとよいでしょう。



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  • 一般人の口座に勝手に誤ってお金振り込んでおいて、被害者ぶっていた市とかあったから、あーいうのは事務ミス者に対して厳罰化した方がいいよね。
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