「あんた、やるかい?」 看板商品のレシピなし、機械は老朽化……75年続く「喫茶店」の事業承継

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2026年05月16日 07:50  ITmedia ビジネスオンライン

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モア松屋を運営する、Moreミルクの別井勝社長

 1951年に埼玉県羽生市で開業した喫茶店「モア松屋」。地域で長く親しまれてきた家族経営の店だったが、2020年、コロナ禍や店主の高齢化により、営業継続が危ぶまれていた。


【画像】「あんた、やるかい?」 看板商品のレシピなし、機械は老朽化……75年続く「喫茶店」の事業承継


 そんな状況の店を引き継いだのが、地元で牛乳販売店を営む別井勝さん(Moreミルク社長)だ。売り上げや原価すら分からない状態から事業承継を決断し、レシピの再現や設備改修、オンライン販売、ふるさと納税の返礼品登録などを進め、店の再開と事業拡大に挑んだ。モア松屋は、どのように受け継がれ、地域に愛される店として進化を続けているのか。


●「牛乳が届かなくて、店を開けられないらしい」


 2020年、羽生市で長年愛され続けてきたモア松屋をコロナ禍が襲った。同店は例年5〜10月の期間限定で営業しているが、その年は5月が近づいても店が開く気配がなかった。


 「コロナ禍の影響で牛乳が届かなくて、店を開けられないらしい」――そんなうわさを、市内で牛乳販売店を営む別井さんは耳にした。


 別井さんは2008年に牛乳販売店を立ち上げ、現在は病院や介護施設、保育園、学校などに牛乳を届けている。そのため「もし困っているなら、何か手伝えないか」と考え、モア松屋を訪ねた。


 牛乳販売の営業のつもりもあったが、それ以上に「仕入れを支えられれば、店も再開できるかもしれない」という思いで店主に声をかけたという。世間話をする仲になり、何度か店に足を運ぶようになった。


 「休業の本当の理由は牛乳が届かないことではなく、先代がお店を閉じようか悩んでいることでした」(別井さん)


 夏になると家族連れが訪れ、看板商品の「アイスもなか」やソフトクリームを楽しむ。地域に根ざした「季節の風物詩」のような店がモア松屋だ。しかし当時、店主は80代と高齢だった。これまでずっと頑張ってきたから、もう店の営業を続けていく気力を保つのが難しい状態とのことだった。


 「あんた、やるかい?」――2人で世間話をする中で、先代から「店を継がないか」という趣旨の提案があった。


 当時、複数の企業がモア松屋に事業承継の打診をしていた。しかし、家族経営ということもあり、売り上げなどの経営周りの数字が不透明だったことから、具体的な話には発展していなかったという。


 一方で別井さんは採算や事業承継の話をするわけではなく、「続けられるなら続けた方がいい」「この店やアイスがなくなるのはもったいない。手伝えることがあればやるから」といった会話をしていた。その姿勢が、先ほどの先代の言葉につながった。


 「言われたときは非常に驚きました。嬉しい部分もありましたが、地元ではすごく有名なお店だったので、プレッシャーの方が大きかったです」


 自分が継ぐという考えは全く持っていなかったが、打診を受け、「この店がなくなるのはもったいない」という思いが次第に強くなっていった。


 「採算が合うのか不安でしたが、儲(もう)かるかどうかより、この店の味をこのまま変わらず残したいと思ったんです」――そうして、別井さんは事業承継を決意した。


●売り上げも原価もコストも分からない


 2020年5月、先代から事業を引き継ぐ準備を始めたが、順風満帆とは程遠かった。「採算が合うのかという不安の方が大きかった」と話すように、経営の基礎となる情報がほとんど残されていなかったのだ。売り上げ、原価、来店数などの数字も把握できず、事業計画の策定も難しかった。


 「当時の価格は、アイスもなかが100円、ソフトクリームが300円でした。どうやって利益を出すのか、正直見えなかったですね」と別井さんは振り返る。


 先代は売り上げなどの話があまり好きではなかった。「やっていれば大丈夫」と繰り返すばかりで、詳細なデータは示されなかったという。来店客数すら不明なまま、翌年の開業の準備を進めていた。


 「今考えると、先代に試されていたのかもしれないと思います。来店客数もコストも利益も何も分からない、採算が合うのかも見えない状態でしたが、それでも店を継ぐのか? というのを見ていたような気がします」


 モア松屋が抱える問題は他にもあった。看板メニューであるアイスもなかのレシピが存在しないことに加え、製造機械も老朽化していたため、機械が壊れたらアイスが作れない状態だったのだ。


●アイスもなか、味の再現に苦戦


 モア松屋のアイスもなかは、アイスクリームでもジェラートでもない、シャリシャリとした独特の食感が特徴だ。牛乳に砂糖を混ぜて作るシンプルなものだが、生クリームや卵を使わない分、牛乳と砂糖の配合に加え、加熱時間や温度といった条件が味を大きく左右する。まず必要だったのは、それらを明文化することだった。


 長年、原料づくりを担当していたアルバイトはすでに退職していたことに加え、分量は全て経験と感覚に頼っていたため、正確な配合は誰にも分からなかった。


 「牛乳や砂糖などの材料は分かっているのですが、何をどれくらい入れるのかが分からない。先代親子と一緒に、作って、食べて、調整して、を繰り返しました」


 甘みや粘り気、口当たりなどの微妙な違いを確かめながら、試行錯誤を重ね、納得のいく味にたどり着いた。


 レシピという課題を乗り越えた先で、別井さんが直面したのが設備の問題だ。


 アイスもなかのアイスは、創業当時から使い続けている機械で作られている。この機械によって、アイスもなか特有の空気を含んだ「シャリシャリ」とした食感が生み出されていた。しかし、機械を設計・修理していた会社はすでに廃業しており、部品が壊れても同じ部品は手に入らない。過去には簡単な修理でも、完了までに2カ月かかったこともあったという。


 「機械が止まれば、商品が出せなくなる状態でした」


 安定供給を優先して機械を入れ替えれば、食感が変わり、特徴が失われる。しかし、現状維持では故障のリスクを抱え続けることになる。別井さんは、機械の構造を見直し、壊れやすい部分については仕様を変更した部品で代替することにした。


 手元に改良資金があるわけではなかったため、羽生市が実施していた、地域産品づくりに取り組む事業者を支援する制度を活用し、クラウドファンディングに取り組んだ。2024年9〜12月の4カ月で、寄付目標額170万円に対し、554万2000円が集まった。


●人もゼロから 通年営業を決意


 人材面でも解決すべき課題が残っていた。コロナ禍という状況もあり、以前働いていた約10人のアルバイトは誰も戻らず、新たに人材を確保する必要があった。加えて、従来のモア松屋は5〜10月の季節営業だったため、「このままでは人材が定着しない」と考えた別井さんは、通年営業へと方針を転換した。アルバイトの新規募集には約20人の応募があり、まず8人を採用。その後、5人を追加採用した。


 「もともと夏から秋の初めのみの営業ということもあり、冬場は来店客が大きく落ち込むと想定していました。夏場は平日でも200人前後、土日には600〜1000人ほどが訪れる一方、現在も冬場は10〜20人程度という日も珍しくありません。店頭以外で売り上げを確保する仕組みを考える必要がありました」


 そこで取り組んだのが、オンライン販売とふるさと納税の返礼品登録だ。新たに通販を開始し、発送用のパッケージを用意。従来は紙袋に入れて店頭で手渡していたアイスもなかも、配送に対応するため個包装を導入した。さらに、ふるさと納税の返礼品に登録することで、11〜12月にかけて注文が入る流れを整えた。


 また、牛乳販売事業の取引先である病院や保育園などにアイスもなかを届けることで、まとまった量の注文を確保。店頭販売以外の収益源を築いていった。


 1年の準備期間を経て、2021年のゴールデンウィーク初日にモア松屋は営業を再開した。当時は3回目の緊急事態宣言下にあったため、宣伝や告知は一切せずに店を開いた。それでもゴールデンウィークの5日間で4000人超が来店し、休業期間を経てもなお、多くの人がモア松屋の再開を待っていたことを実感したという。


 「営業再開の日が近づいたころ、やっと先代から『仕入れはこれくらい必要だよ』といった数字に関する助言をもらえました。『全然お客さんが来ないかもしれない』と不安に思っていましたが、想定よりも必要な仕入れ量が多くて、意外と大丈夫かもしれないと初めて思いました」と別井さんは振り返る。


 ゴールデンウィークの営業を踏まえ、人気商品の在庫数などを調整した結果、同年5〜6月の売り上げは想定よりも伸長。モア松屋は新たなスタートを切った。


 昼間は家族連れやカップル、夕方には中高生が立ち寄るほか、仕事帰りに訪れる人もいるという。常連客も多く、来店を重ねるうちにアイスもなかをまとめ買いするようになるケースも少なくない。


 また、SNSでの発信を始めたことで、以前は地元客が中心だったが、遠方から足を運ぶ来店客も増加した。「昔食べていた味を子どもに食べさせたい」と訪れる人や、通販で店を知って来店する人など、県外客も増えているという。


●メニューの拡充にも取り組む


 「お客さんが来てくれることが、こんなにありがたいとは思わなかったです」。契約ベースで売り上げが見込める牛乳販売業とは異なり、喫茶店の売り上げは日々の来店客数に左右される。別井さんは、もともと営んでいた牛乳販売業との違いを実感したという。


 現在は、主食や焼き芋といったメニューの拡充にも取り組み、継続的に足を運びたくなる店づくりを進めている。味を守るだけでなく、事業として続けていくための仕組みをどう築くか。その取り組みが、地域に根付く店をつくることにつながっている。



このニュースに関するつぶやき

  • 大変そうだな。羽生は、世界キャラクターさみっとで行くかもしれないので、覚えていたら行くかもしれない。
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