「3年8カ月の育休中に資格乱獲」大バズりの裏で起きた炎上 なぜ他人の“完璧な育休”にモヤモヤするのか

5

2026年07月08日 07:50  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

育児休暇に関する投稿が炎上

 2026年6月末、Xで、ある個人アカウントの育休に関するポストが“炎上”する事態となった。


休暇のしわ寄せは現場に


 内容は、約3年8カ月に及ぶ休業期間中に3人の子どもを出産し、いずれも保育園などに預けず自宅保育を継続しながら、その傍らで、FP1級など複数の資格を取得したり、音楽コンサートを楽しんだりなど、充実した休暇を過ごしたという内容だった(記事執筆時点、投稿は非公開となっている)。


 このポストに対し、投稿者のバイタリティーを絶賛する声が多く上がった一方、主に以下の批判が猛烈に巻き起こった。


 不在中の同僚や職場の負担を無視した「自慢」に対する不快感、3年以上休んでも復帰できるという制度そのものへの批判、「そういうことは黙ってやれ(わざわざポストするな)」といった声まで――。


 この投稿の内容は個別の家庭事情の話であり、そもそも真偽さえ分からない。それでもなぜ、このポストが一部ユーザーの逆鱗に触れて大炎上したのか。その要因の一つに、現代の労働環境が抱える根深い不満と構造的なひずみが潜んでいる。


●育休社員を抱える現場の悲鳴


 批判の背景のひとつには、育休社員を抱える職場の深刻な疲弊がある。


 厚生労働省「令和3年度雇用均等基本調査」(事業所調査)によれば、育児休業取得者がいた事業所での対応(複数回答)は「代替要員の補充を行わず、同じ部門の他の社員で対応した」が79.9%と約8割を占め、人員の異動(14.6%)や派遣・アルバイトなどの代替要員の雇用(15.0%)は2割に満たない。つまり大多数の職場では、欠員分を残された同僚がそのまま吸収していることになる。


 さらに、現在多くの企業は残業規制を厳格化している。過労死リスクや労働基準法違反を回避するため、残業を定められた時間内におさめるのは正しい判断だろう。しかし、育休の代替要員が補充されないまま人員だけが減った現場でこれを強行すると、残された社員は、制限された労働時間内でより多くの業務をこなさなければならなくなる。


 こうした過密労働やプレッシャーは数字上には表れず、その実態が見えにくい。しかしその過酷さにより育休現場の社員は肉体的・精神的に徐々に追い詰められていく。


 仮に代替要員を入れたとしても、その育成コストを企業側が十分に考慮しなければ、負荷がかかるのは現場の社員や直属の管理職だ。この見えない疲弊と不満の蓄積は軽視できない。


●育休の“タダ乗り”に見える構図


 批判の中には「育休中に資格乱獲」という投稿も散見された。会社に籍を置き、育児休業給付金を受け取りながら、会社の業務と直接関係のない自己実現に全力投球しているように見える――この構図が、疲弊した現場の目には制度の「フリーライダー」として映るのだろう。


 冷静に見れば、育児休業は育児・介護休業法が定める労働者の法的権利であり、給付金の原資には、本人がこれまで納めてきた雇用保険料も含まれている。


 投稿者の詳しい背景事情は分からないが、3人の乳幼児の自宅保育が「壮絶な労働」であることは言うまでもない。しかしSNSという断片的な情報が集まる空間では、こうした文脈は削ぎ落とされ、「働かずに手当をもらい自己実現する人」というイメージだけが一人歩きする。


 「対価は労働の苦痛と引き換えであるべきだ」という労働倫理の認知バイアスが、他人のポストによって投影される。これがフリーライダー批判を助長する心理的メカニズムだ。


●経営側がカバーする事例も


 本来問われるべきは、「人手不足だから仕方ない」という言い訳の下、代替要員の確保も業務量の再設計もせず、精神論で現場を回し続けた企業のマネジメントである。


 厚生労働省は両立支援等助成金に「育休中等業務代替支援コース」を設け、業務を代替する周囲の労働者への手当支給や、代替要員の新規雇用を行った企業に助成する制度を2024年1月から導入している。三井住友海上のように、育休取得者の同僚へ最大10万円の一時金を支給する企業も現れた。


 このように、育休によるしわ寄せ対策はやろうと思えば経営判断で実行可能なのだ。それを怠ることで、現場の怒りの矛先は企業ではなく、育休を取得した個人へ向かう。従業員同士を対立させるこの「分断の罠」は、エンゲージメント低下、離職、そしてマタハラなどの不利益な取り扱いによる法的リスクとして、最終的に企業自身に跳ね返ることになるだろう。


●育休を取得する人だけでなく、残る人への配慮も


 国の制度にも構造的欠陥がある。国は育休取得率の目標設定や取得状況の公表義務化など企業への要請を強める一方、履行コストへの支援は事後的な助成金にとどまるうえに、その予算規模(令和8年度当初予算で277.7億円)は限定的だ。


 支給上限の140万円で単純計算すると年間約2万人分となり、育児休業給付の初回受給者数(令和5年度で年間約53万人)と比べれば、助成が届くのは育休が発生する職場のごく一部である。義務は先行し、支援は後追いかつ部分的という非対称性があり、その調整は事実上、企業に委ねられている。


 企業は育休取得する人への配慮と同様に、「残る人」への配慮とサポートが求められるだろう。代替要員のみならず、組織や個々人の業務の見直し、育休取得者の業務を補った社員への、相応の手当や評価といった対応も考えられる。


 今回の事案をただのSNSの炎上と見てはいけない。炎上の根本原因を構造から読み解き、その原因の中から組織を振り返る契機とすべきだ。果たして、自社組織の育休制度は取得する人だけでなく「残る人」も守れているのか。これらの問題を真正面から受け止めて行動に移すことこそ、育休制度を真に確立するための、本質的な組織マネジメントの仕事でもある。


著者プロフィール:村上 ゆかり


コラムニスト。1児の母。リクルートにて人材業界で法人営業、面接、面談フォロー実績数百件を経験。人事役員などと伴走しさまざまな人事課題に向き合う。広告業界にて5000人集客イベント企画&事務局経験、福祉業界では人事管理職として新卒及び中途採用を1人で設計から実務まで担当し年間約120人採用を達成。国会議員秘書約4年半を経験後、フリーで活動を始め、執筆のほか企業の人事採用コンサルタントなどを手掛ける。アンガーマネジメント講師。



このニュースに関するつぶやき

  • まあ中小には一応あるけど中々使えないシステム(笑)大企業や公務員オンリーのシステム(笑)大手スーパーなら1人居なくなれば仕事は回らなくなる臨時で1人入れても臨時の方が馴染んで
    • イイネ!0
    • コメント 2件

つぶやき一覧へ(2件)

前日のランキングへ

ニュース設定