
ついに着工許可が出た静岡工区。だが、品川-名古屋間の先行開通はどれだけ早くても2036年以降となる見通し
ついに静岡県がリニア着工容認へ! 大井川の水資源保護を最優先にJR東海と対峙してきた"最後の砦(とりで)"は、知事交代を機にスピード解決へ急加速! 2万筆の反対署名を置き去りにひた走る、"ぶっちぎり転向"の全貌!!
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【県知事交代で変容してゆく行政】
7月7日、静岡県の鈴木康友(すずき・やすとも)知事は、JR東海のリニア中央新幹線(以下、リニア)静岡工区について、県内での着工を容認した。2014年10月の事業認可以降、唯一、着工を許可してこなかった静岡県で、いよいよ工事が始まる見通しとなった。
これまで約12年にわたり、大井川の水資源保護を最優先にJR東海と対峙(たいじ)してきた県が、なぜここへきて急転換したのか。その変節に、流域の市民団体からは「必要な事前調査を尽くさないままの幕引きだ」と不安の声が上がる。
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大井川の水資源に依存する流域8市2町の住民は約62万人。地域社会の関心は極めて高く、着工へ動く県に対し、住民の危機感は強い。
山梨県のリニア実験線の周辺で多くの沢や川が枯れた。写真は上野原市の棚の入沢の様子。かつて釣りの人気スポットだった
そもそも、なぜこれまで静岡県で着工が認められなかったのか。
契機は13年9月。川勝平太知事(当時)は、トンネル工事で大井川の流量が「毎秒約2t」減少するというJR東海の予測に驚いた。
川勝知事はすぐに「工事で失われるトンネル湧水を全量大井川水系に戻すこと」などを求める知事の意見書を提出。14年4月には県・JR東海・有識者からなる「中央新幹線環境保全連絡会議」(以下、連絡会議)が設置され、「全量戻し」「生態系の保全」「残土処分」の3議題について、JR東海との本格的な協議が始まった。
この類いの協議は儀礼的になりがちだが、静岡は違った。会議は全面公開、御用学者もゼロ。有識者は騒音・振動の測定や活断層の調査不足を厳しく指摘し、JR東海も資料の提示に努めた。
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一方で県はリニア計画そのものに反対したわけではなく、宿舎など「準備工事」は認めていた。だがJR東海が準備工事と主張するヤード整備工事、濁水処理施設の設置、樹木伐採の申請には、一貫して却下の手を緩めなかった。リニア推進の立場であっても、水を守る点では常に県民の心情に寄り添っていたのだ。
19年に実質協議が始まると、県は47の対話項目を用意。丁寧な議論の末、24年2月には項目が28に整理されていた。
その直後の24年4月、川勝知事が新規採用職員への訓示での発言で批判を浴び辞任を表明。5月の知事選で当選した鈴木新知事は「スピード感を持ってリニア計画を解決する」と、それまでの慎重姿勢からの転換を打ち出した。
左からJR東海の丹羽俊介社長、鈴木康友静岡県知事、国土交通省の水嶋智事務次官。今年1月、リニア工事で水資源への影響が出た場合の補償についての「確認書」を締結している
とはいえ、残る28項目を話し合う以上、解決には数年を要するはずだった。
実際、川勝路線を引き継ぐ県のリニア担当・森貴志副知事(当時)の下では、連絡会議の有識者から相変わらず厳しい意見が相次いでいた。
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しかし25年3月末、森副知事は突如退任している。理由は不明だ。代わりにリニア担当の副知事に就任したのが、元総務省官僚の平木省氏だ。この人事以降、県の姿勢は変容していく。
象徴的だったのが、25年6月の連絡会議後、平木副知事が「県の盛土環境条例が適用できるか、国の見解を確認している」と説明したことだ。
県の条例8条では、環境基準を超える重金属を含んだ残土(要対策土)の盛土を原則禁じている。JR東海は工事で出る約10万立方メートルもの残土を大井川上流域の藤島地区(静岡市葵区)に置きたいと何度も要請したが、歴代の県政や有識者は「条例がある以上認められない」と拒否してきた。
しかし、平木副知事は「国の法律(廃棄物処理法等)に該当する盛土であれば、県の条例は適用除外になる。県が勝手に解釈できない」と説明。
結果、県の独自条例は国の法解釈によって事実上無効化され、藤島地区への盛土はあっさりと容認されたのである。
同様の手口はもう一件ある。22年策定の「水循環保全条例」も、鉄道事業を対象外とする文言はなかったにもかかわらず、「国の森林法施行規則で鉄道事業は許可不要」との理屈を後づけし、リニアを適用除外にした。
県のふたつの独自条例が、国の法解釈を盾に相次いで無効化された格好だ。こうした変節に、流域の市民からは「釈然としない」との声が相次いでいる。
【「じくじたる思い」苦悩する有識者】
条例の骨抜きと並行し、南アルプスの環境調査でも信じ難い事態が起きていた。
きっかけは24年7月。南アルプス登山を半世紀以上続ける服部隆さんら5人が、2泊3日で険しい「蛇抜沢(じゃぬけざわ)」の踏破に挑んだことだ。JR東海はリニア工事で周辺35の沢が減渇水すると予測しながら、「奥地は地形が険しく調査は不可能」として現地調査を見送ろうとしていた。
だが、水源が枯れた際の生物の避難先を探すには、沢の全域の調査こそ不可欠だ。服部さんらは「自分たちが歩いて調査可能だと証明しよう」と踏破に成功し、JR東海の虚言を暴いた。これを受けJR東海も複数の沢での踏査を打ち出した。
しかし、25年5月の連絡会議「生物多様性部会専門部会」(生物部会)の配布資料に筆者は驚いた。JR東海が提示した調査範囲は「1沢につき1地点のみ」。これでは上流・下流の生態系はまったくわからない。筆者は囲み取材で、生物学者である岸本年郎(としお)部会長に直接、疑問をぶつけた。
「たった1地点では、生物の生息域も把握できない。そんなずさんな調査では、生物は死滅しますよね?」
岸本部会長は「死滅します」と静かに認めた。死滅するとわかっているなら、なぜ専門家としてもっと徹底的な調査を求めないのか。
「生物多様性部会専門部会」の岸本年郎部会長(左)。このままでは沢の生物が死滅する可能性が高いことを認めてはいる
筆者はさらに「せめて春夏秋冬の四季にわたる複数年の調査を義務づけるべきでは」と迫ったが、部会長は言葉を濁し、最終的に「(詳細な調査は)やらない」と明言した。
綿密なデータがなければ保全対策など立てられるはずがないのに、それを一専門家が「やる」と言わない。囲み取材後の会話で岸本部会長は「学者としてじくじたる思いはあります」とだけ語った。言葉に出せない「何か」があると察するしかない。
連絡会議には「生物部会」と「地質構造・水資源部会」があり、協議はすべてライブ配信されている。だが25年頃から、傍聴する県民の間で「有識者たちが下を向いて話している」と不審がる声が聞かれるようになった。部会のある委員が明かした。
「事前協議と台本があるからだよ。委員の後ろから見れば、みんな台本を読んでいるのがわかる」
JR東海が提出する資料は1回で数百ページに及ぶ。そのため、本会議の効率化(論点整理)を名目に、鈴木県政になってから県・JR東海・有識者の中心メンバーが事前に集まる「事前協議」が前例化した。論点整理自体は評価できるが、問題はそのやりとりを基に、県の事務方が本番用の「台本(進行シナリオ)」を作成していたことだ。
県の事務方が連絡会議の本番のために作った台本。有識者も多くが入れ替わり、台本を読み上げるだけの委員が多数派に
実際、有識者の発言中に後ろに回ると本当に読んでいた。そして、台本を無視して発言する有識者はごく少数だった。
24年2月時点で28あった対話項目のうち、最初の4項目に10ヵ月を要していたのに、残り8項目となった今年3月の部会では、わずか2時間半で一挙に対話完了とされた。すべて用意された台本どおりだ。
行政がここまで急ぐ背景には、26年に入ってからの慌ただしい既定路線の動きがある。
◆1月24日、減渇水時の「補償確認書」を国・県・JR東海の3者で締結。
◆2月13日、ヤード造成工事の「自然環境保全協定」を締結。
◆3月26日、生物部会で残る8項目すべての対話を終了。
◆5月11日、連絡会議の全体会議で、一連の会議の終了を了承。
まさに民意置いてきぼりのスピード決着だ。
鈴木知事(左)と面会する丹羽社長(右)。7月18日に自然環境保全協定を県とJR東海で締結次第、着工が本格的に進む予定だ
5月の全体会議終了後の囲み取材で、フリー記者の井澤宏明氏が「まだ調査が終わっていないのに会議を終わらせていいのか」と問いただした。
実はJR東海は静岡県内での正確な透水(とうすい)係数(地層における地下水の通りやすさの度合い)を計測しておらず、地層の異なる山梨県側のデータを基に「毎秒2t減」と予測しているに過ぎないのだ。
しかし、静岡側の工事エリアには、岩盤が細かく砕かれて大量の地下水がたまった、幅800mもの「断層破砕帯」が待ち構えている。
実際に掘り進めば、山梨側とは比較にならない高圧の水が噴き出し、大井川の減水量が「毎秒2t」を上回るリスクがある。
だが肝心の調査が行なわれる前に、県は連絡会議を終わらせてしまった。
井澤記者の質問に対し、平木副知事は「工事を進めながら対処する。何か起きれば工事を止めることは何度も申し上げている」と釈明し、問題ないとの見解を示した。
これを傍聴した市民団体「リニア新幹線を考える静岡県民ネットワーク」の林克(はやし・かつし)さんは、「JR東海でさえ『透水係数を測って県民の安心を得る』と答えていたのに、県自らがそれを着工許可の前提にしないのは不安をあおるだけだ」と落胆を隠せない。
【なきものにされた2万筆超の署名】
JR東海は5月26日から6月22日にかけ、大井川減流の影響を受ける流域11市町で住民説明会を開催した。
前出の服部さんが県職員に「なぜわずか35の沢しか対象にしないのか」と詰め寄ると、職員は「全部の沢を調べろってことですか」と返し、「それって、あなた個人の意見ですよね」と言い放った。
川勝前知事時代、県民をこのようにあしらう職員はいなかった。行政のあまりの変貌に、服部さんは「ただ質問をしただけなのに、なぜ答えてくれないのか」と無念を噛み締めた。JR東海がこの時期に説明会を開いたのも、「住民の理解を得ることが大切」と言い続けてきた建前上、着工前の手続きを形だけでも踏む必要があったからだろう。
説明会が終了すると、同社の永長隆昭(ながおさ・たかあき)静岡工事事務所長は「住民の理解が進んだ」と表明。これに対し前出の井澤氏が「『理解が進んだ』かどうかは住民が評価することだ」と問いただすと、永長所長は「今まで説明していなかったことを説明したことで、多少理解をしてもらったという意味」と言い訳めいた回答に終始した。同社としてはどうしても「理解が進んだ」ことにしたかったのだろう。
そして、7月1日、JR東海の丹羽俊介(にわ・しゅんすけ)社長が県庁で鈴木知事と会談した際、丹羽社長は「地域の皆さんに安心していただけた」と謝意を述べ、鈴木知事も「住民の理解が進んだ」と同調。着工容認へ向けて堂々と大義名分を整えてみせた。
6月29日、2万1487人分の署名を県職員に手渡した後、記者会見で署名数を掲示する62万人運動のメンバー
しかし、現場の現実は異なる。6月29日、市民団体「大井川の水を守る62万人運動」のメンバーはオンライン含め2万1487筆の署名を県職員に手渡していた。説明会参加者の合計(1137人)の18倍以上もの民意が「まだ納得していない」と突きつけたのだ。だが鈴木知事がこの署名への評価を口にすることはついになかった。
かくして7月7日、鈴木知事は着工の容認を決断した。一方、「62万人運動」の村野雪さんは、前を向く。
「水が本当に守られるのか、今の体制ではとうてい安心できない。年末までには10万人の署名を集め、本当の民意を県とJR東海に見せていきたい」
7月中にも手続きが完了すれば、JR東海はいよいよ静岡工区の本工事に着工する。スピードを優先して長年の対話をないがしろにした今、行政も有識者も、本当に県民に寄り添っていると言えるのか。
着工後、もし南アルプスの清流に異変が起きたとき、変節した静岡県は住民の側に立って工事を止められるのか。その真価が厳しく問われることになる。
取材・文・撮影/樫田秀樹 写真/時事通信社 写真提供/井澤宏明

