55歳で市議会議員になった「X-GUN」西尾のいま。縁もゆかりもなかった「三郷市」で出馬するに至った深いワケ

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2026年07月18日 09:01  日刊SPA!

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西尾季隆氏
1990年代の人気番組『ボキャブラ天国』(フジテレビ系)で人気を博した、お笑いコンビ「X-GUN」の西尾季隆氏(56歳)。当時の最高月収は約200万円。しかし、その後は仕事が激減し、コロナ禍では「月収1万円未満」の時期もあったという。
そんな西尾氏は現在、埼玉県三郷市の市議会議員を務めている。芸人から議員へ。どんな思いを持って政治の世界に飛び込んだのか。本人の口から転身の真意を語ってもらった。

◆三郷市で選挙に出るまでの経緯は…

――西尾さんは2025年夏の三郷市市議会議員選挙で当選されたわけですが、三郷市にはどんなゆかりがあったんですか?

西尾:2020年から三郷市に住んでるんですよ。ボキャブラ以降はずっと仕事が少なく、コロナで追い打ちをかけられました。やむをえず家賃の安い場所を探し、たどり着いたのが三郷でした。

――2023年の夏にも西尾さんのインタビューをさせてもらっています。その時に、先々の展望を伺いましたが「市議会議員」の話題は出てきませんでしたが。

西尾:実は、前回のインタビュー前にも、三郷で縁があった方に「市議会議員をやってみない?」と誘われていたんです。でも、とても自分が議員になれるとは思えず。念のためマネージャーに相談してみると、「市議会議員になる場合は事務所をやめないといけない」とのことで……。その時点ではお断りしていました。

――しかし、今は市議会議員です。心変わりのきっかけはどこにあったんですか?

西尾:経済的に厳しく、バイトをしないといけない状況になってきたときに、近所に「放課後デイサービスのパート募集」が掲示してあるのを見かけたんです。よく読むと、障がいを持つ子どもたちの学童のような施設で。子どもが好きだったこともあって応募してみたら、採用していただきました。学校を終えた子どもたちと、2時間半くらい見守りながら一緒に遊ぶような仕事です。勉強を教えたりするのではなく、晴れた日は一緒に公園に行ったりして自由に遊んでもらうような。

――その仕事がきっかけということは、障がい者支援に課題を感じたんですか?

西尾:そんなに大それたことではないんですけどね。一緒に過ごしていると、子どもたちへの親近感が強くなっていきました。並行して「この子たち、将来はどうするんだろう」と思いが芽生えて。当時、障がいを持った子どもをテーマにした『ライオンの隠れ家』(TBS系列)というドラマが放送されていたんですけど、劇中で「僕たちはいずれ、ひとりになるんだよ」というセリフが印象的だったんです。

――社会との接点をどう持つかという点ですね。

西尾:いろいろ調べたものの、現状十分に用意されているとは言えないと感じたんです。そこで、以前に声をかけていただいた方に連絡をとって「あの子たちのために、市議会議員ができることってあるんですかね?」と相談したのがスタートです。

◆青天の霹靂で、事務所を辞めずに済んだ

――ですが、事務所を辞めなくてはいけないという大きなハードルもありますね。相方のさがねさんにも相談されたんですか?

西尾:さがねには、選挙に出ることを決めてから相談しました(笑)。

――それ、相談じゃなくて報告ですよ(笑)。

西尾:僕が事務所を辞めるとなっても、今はコンビで事務所が違う例もあるから、その形で行こうかと話しました。

――数年前までのロンドンブーツ1号2号や、令和ロマンなどがその例ですね。

西尾:ただ、さがねは「西尾が辞めるなら俺も辞める」と聞かなくて。

――コンビとして一蓮托生の絆が感じられますね。その他、誰に相談されましたか?

西尾:ずっと仲良くしている古坂大魔王に話しましたね。

――古坂さんはその相談にどう答えられたんですか?

西尾:「面白いじゃん!絶対にやったほうがいいよ!」と即答したんです。それが、最後の決心につながりましたね。

――いざ出馬に向けて動き出すわけですが、事務所を辞めないといけないんですよね。

西尾:マネージャーが事務所の上層部に相談したところ、数週間後に「立候補しても辞めなくてよくなりました」と理解を示してくれて。ありがたかったですね。

――西尾さんが長年信頼を積み重ねてこられた賜物ですね。

西尾:ただ、こんな話もあるんです。実は、市議会議員選挙と同じ日に参議院選挙がありました。そこにホリプロ所属(西尾氏は同グループのホリプロコム所属)で明石市の市長だった泉房穂さんが出るという話になっていて。マネージャーは「泉さんを残したいから、西尾さんだけ辞めさせられなかったんじゃないですか」とほほを緩めていました(笑)。マネージャーがそんなこと言うな!と(笑)。

――ひどい(笑)。ですが、事務所に残ったという事実はありますからね。

西尾:懐の深さとご理解に感謝ですよ。

◆地道な選挙活動が功を奏し、見事当選

――多くのハードルを超えて出馬になりますが、実際、勝機はあったんですか?

西尾:地元ではないですし、僕程度の知名度では無理だろうなと思っていました。

――それでも当選。どんな工夫や努力をしたんですか?

西尾:選挙期間以外、個人のポスターは貼れないんですが、団体やグループとしてのポスターは貼れるんですよ。そこで、世田谷区議で漫才の大先輩である青空球児好児の好児師匠に、一緒に載ってもらうようお願いしました。市議会議員でその手のポスターで顔を出している人も少ないですし、僕のことは知らなくても好児師匠の方は知っている方も多いので、覚えてもらうためですね。

――顔を覚えてもらうことからですね。

西尾:そうですね。だから、選挙は7月だったんですが、4月ごろから平日の仕事がないときは三郷市内の駅に毎朝立っていましたね。

――そうした地道な活動の結果、見事当選します。芸人とは違う世界に戸惑いもありましたか?

西尾:まず、名刺を持ったのが初めてだったので、名刺交換のやり方もわかりません。YouTubeで名刺交換を解説してくれている動画を見て勉強しました(笑)。

◆チャリティライブに駆けつけた旧友たち

――議員は、お堅い仕事でもあると思います。その点でギャップはありませんでしたか?

西尾:他の議員の方に比べると、圧倒的に能力や知識は足りていないと思います。ですが、任せていただいている以上は「役割」があると思って、僕だからできることを探しながら動いています。

――当選からもうすぐ1年ですが、これまでに取り組まれたことを教えてください。

西尾:東MAX(東貴博氏)が、東日本大震災以降、芸人仲間を集めて毎年チャリティライブをやっていたんですよ。コロナ禍で中断してから止まっていたんですが、今年3月に三郷市で開催しました。東MAX、土田晃之、ピコ太郎などにノーギャラで来てもらって。

――これまでは芸人として出役だったようなイベントを、裏でも支える立場になったんですね。

西尾:「こんなに大変んだ」と実感しましたね。音響や照明の会社の手配や、場所を借りる手続き、出演者の楽屋となるテントの設営や会場にイスなどを並べる人員を集めたりも必要ですからね。もう、いろんな方の協力あってこそできました。

――二足のわらじとなった生活。毎日、どんなことをして過ごしていますか?

西尾:議会が3か月に1回あるので、そこで質問や提案をするために、市内各地に視察に行ったり、市民の方から話を聞かせてもらったりしています。そこから、必要な資料を集めて精査して。

――そこに芸人としての仕事も入るんですよね。

西尾:芸人の仕事は、恥ずかしながらユルユルのスケジュールですが、営業やイベントが入ったらそこに行く感じです。

◆芸人としても、もう一花咲かせたい

――今後の展望を聞かせてください。

西尾:議員として勉強の時間を作ったりしていますが、先輩と同じようなことを勉強しても敵うはずがないですよね。だから、僕だからできること、つまりは三郷市をエンタメとしてどう盛り上げるかについて、考えています。ドラマなどのロケ地になっている場所が多いので、ロケ地マップを作って市外の方も来ていただけるような提案を議会にあげたりしています。そういった部分から、三郷市を盛り上げていければいいですね。

――芸人としては?

西尾:相乗効果だと思うんですが、僕が芸人としてもっと売れれば、三郷市のことを知ってもらう機会にもなると思うので、これまで以上に頑張りたいですね。

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紆余曲折を経て、50代半ばにして大きな転身を見せた西尾氏。目指すのは、芸人だからこそできる議員活動。新たなステージでどう羽ばたくのか、試行錯誤は続く。

<取材・文/Mr.tsubaking>

【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。

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  • 市会議員くらいじゃ良い生活は出来んよ・・・情熱が無いと無理。彼にはそれがある感じ。
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