
夏休みや年末年始の時期によくニュースで目にするのが、実家(義実家)に帰省滞在してまた日常に戻っていく家族の映像。新幹線のホームまで見送りに来たおじいちゃんおばあちゃんに元気よく手を振ったり、あるいは離れがたさに泣き出したりする子どもなど、微笑ましい光景を目にできます。
他人から見ると、親バカ?見送りはどこまでが普通なのか
おじいちゃんおばあちゃんが孫かわいさにどこまでも見送りについてくるのは、そう珍しくない光景です。では、親がすでに成人している子どもを見送るのは、どのあたりまでが一般的なのでしょう。
『わが子が帰省してまた帰っていくときに、新幹線の乗り口まで見送りに行くのはイタい親ですか? 社会人になってまで見送るのは、避けたほうがいいのかな。最寄り駅、もしくは自宅玄関まで?』お子さんは東京在住で、この春就職した社会人。大学生時代は毎回空港まで見送り、春にはじめて上京するときは新幹線ホームまで見送ったそうです。飛行機と新幹線のW使いとは考えにくいので、大学時代は今とは別の地域に住んでいた、ということでしょうか。
どこまで見送る?玄関、最寄り駅、空港…
『就職した上の子、遠方の高校で寮生活をする下の子。どちらも自宅玄関か、最寄り駅まで送る程度です』「ギリギリまでは見送らない」というコメントも寄せられました。自宅玄関までなら、かつて近所の学校に通うお子さんたちを見送っていたのと同じシチュエーション。あえて以前と変わらない雰囲気で送り出したいのかもしれません。
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『私なら、空港まで行っちゃうな。親バカだと思うけど……』投稿者さんが自分を客観的に見て「イタい親?」と考えたように、同様の行動を「親バカ?」と考える人も。「社会人になった子どもに『いつまで世話を焼いているの?』と思う人もいるのだろうな」というコメントもありました。
誰に迷惑をかけるわけでもない。好きにすればいいのでは
ところが集まったコメントのほぼすべては、ギリギリまでの見送りを肯定する声。それどころか「自分も見送りたい」という意見が目につきました。
『全然イタくない。私の両親も私が帰省するたび、帰るときは空港まで送ってくれた。送迎デッキにいるふたりを機内から見ていたのが、いい思い出になっている』すでに毎回の恒例になっていたという方もいました。
見送る様子をお子さんの同級生やご近所さんが目撃したとしたら、もしかしたら「ずいぶん仲のいい親子だな」などと多少の皮肉混じりで思われるのかもしれません。しかし他人がどう思おうが、当人がそうしたいのならまったく構わないのでは?
『あなたがそうしたくてお子さんも嫌がらないのなら、全然いいと思う。外聞を気にして迷うなんて、時間もエネルギーも無駄なだけ』
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『他に用事がなければ、普通に行くと思う。そしてついでに外食や買い物をしちゃう』それでも「他人の目など関係ない」と割り切れないのなら、見送りを買い物に行く「ついで」と考えればよさそうです。新幹線の乗り口まで見送ったあとに、駅ビルでショッピングというのもおすすめ。「新幹線に乗るまでの時間に一緒に買い物をしたり、ご飯を食べたりするから送っていく。娘もそのつもりで夕方の電車を予約している」と教えてくれた方もいました。
寂しいのはいつでも同じだから。別れのタイミングはそれぞれで
『子どもが嫌がらないなら、見送ればいい。私も本当はしたいけど「ホームまではいらない」と言われる』あとはお子さんの気持ち次第です。
『「私も新幹線ホームまで」と思い送ろうとしたところ、娘のときも息子のときも嫌がられました。どちらも直前までの見送りを嫌がるタイプです』ギリギリまで見送られたくないお子さんたちも、少なからずいるようです。この方はその理由は聞いていないものの「おそらく余計に悲しくなるのだろうな、と」とのこと。
『新幹線ホームまで夫と一緒に行き、見送った。私たちは息子の姿が見えなくなるまでずっと眺めていたけど、彼は一度も振り返らなかった』
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いったん離れてしまえばまた日常でそれぞれ頑張っていくのでしょうが、しばらく一緒にいたあとの別れは寂しさが増します。それは自宅の玄関先であっても新幹線の乗り口であっても同じ。「それでもギリギリまで一緒にいたい」と思うか、「少しでも早く寂しさを手放したい」と思うか。人によって考え方はさまざまです。
社会人になった今でも、投稿者さんにとってはわずかな時間でも長く一緒にいたいお子さん。どうぞ一緒にいられるギリギリのタイミングまで、遠慮せずに見送ってあげてください。
文・鈴木麻子 編集・佐藤さとな イラスト・猫田カヨ
