【今週はこれを読め! SF編】ぐぐーんと滑空しながら、時間アイデアのスジもしっかり。とびきり愉快な現代イタリアSF。

0

2013年08月14日 12:51  BOOK STAND

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

BOOK STAND

『時鐘の翼』ルカ・マサーリ シーライトパブリッシング
今週はこれを読め! SF編

 イタリアのSF誌〈ウラニア〉主催コンテストの1995年度受賞作。現代イタリアSFの邦訳は珍しいが、出版事情は別にしてもこの作品を見逃してはいけない。これほど痛快なSFを読むのは久しぶりだ。ややこしくなりがちな時間アイデアを、なんともスッキリ鮮やかに仕上げている。エンタメ傾向の時間テーマというと、SFファンは「場当たり的演出に走って整合性を蔑ろにしてるんじゃねーだろーなー」とついつい警戒するわけだが(某映画でヒドい目に遭っているせいか)、『時鐘の翼』はキチンとスジが通っているのでご心配なく。



 本作品が「スッキリした展開」と「整合的性」とのうまく両立させているのは、独自アイデア(=ロジック)の導入によるところが大きい。



 (1) 過去への遡行は31億5300万秒(約100年)の間隔でしかできない。繰り返せば200年前、300年前へと行けるが、13年とか57年とか中途半端はダメ。



 (2) 時間遡行によっていったんつなげられた時点間の行き来は可能。それ以外は、過去から未来への移動はできない。



 (3) 過去を改編すると〈派生的時間線〉が生まれるが、それは不安定で"上書き"されるまで〈根源的時間線〉には影響を及ぼさない。



 この3ルールのうち(1)(2)により、タイムトラヴェルでつながった過去と未来は100年を隔てたまま、それぞれの固有時間が進む。過去で1日をすごして未来へ帰れば、そこでも1日が経過している。この物語でつながっているのは2021年と1921年だ。



 ただし、その1921年はぼくたちが知っている1921年ではない。もともとの現実(すなわち〈根源的時間線〉)では1918年に終結した第一次世界大戦が、ここではまだ続いている。時間観光業者〈ベル・エポック〉に偽装した過激結社が、周到な歴史改変をおこなっていたのだ。時間犯罪を取り締まる警察機構〈クロノポル〉の内部にも〈ベル・エポック〉は入りこんでおり、この計略を察知したのは、過去ツアーの女性添乗員のフラヴィアと仲間の技術者アウグストだけ。彼らは1921年で、オーストラリア=ハンガリーの爆撃機パイロットであるマッテオ・カンピーニ大尉を仲間に引きいれる。圧倒的に不利な状況のなか、3人はどう闘っていくのか。



 面白いのは、この物語が「時間の流れを変えてはならぬ」という時間SFの常道を無条件に認めているわけではないところだ。大筋ではそれに沿うにせよ、登場人物一人ひとりがはっきりとした動機を持っている。2021年から来たフラヴィアとアウグストは、〈ベル・エポック〉のネオナチ傾向に対して強い嫌悪と恐怖を抱いており、その野望を阻止しようとする。1921年に生きるマッテオは、正統な歴史や戦争の帰趨などはどうでもよく、人間をチェスの駒のように利用している〈ベル・エポック〉を激しく憎み、復讐心によって反抗する。それと対照的なのが、マッテオの軍友ハンス・クリークマンだ。彼は〈根源的時間線〉がたどるヒトラー独裁とホロコーストを避けるため、自らすすんで歴史改変に手を貸そうとする。



 それぞれの思いが交錯するストーリーに、実在の有名人たちが絡んでくる。ひときわ目立つのは、ドイツ空軍の元エース・パイロットであり、いまは指揮官として采配を振るヘルマン・ゲーリングと、イタリア軍の協力者として大胆な機略を弄する詩人ダンヌンツィオ。いずれおとらぬ怪演ぶり。また、現役パイロットであるマッテオの腕を生かした、数々の飛行作戦も見どころ。第一次大戦中の名機に加えて、未来のレトロフィット機も活躍する。ドンパチの空中戦もあるけれど、むしろ命知らずのアクロバットが楽しい。いっぽう未来パートでは情報戦が繰り広げられ、ここでメディアを熟知した頼もしい味方が参加する。このあたりのスマートなゲリラ戦は、読んでいて気持ちがいい。



 フラヴィアやマッテオの捨て身の奮闘がみのり、クライマックスでついに〈ベル・エポック〉黒幕の正体が暴かれる。ラスボス登場! なんと暗躍するネオナチだけではなく、もっとドス黒いウラがあったのだ。この作品、物語はぐぐーんと気持ちよく滑空していくけれど、背景にヨーロッパ近・現代の複雑な葛藤を取りこんでおり、それが全体に豊かな陰影を与えている。たとえば主人公のマッテオの出自は、イタリア語を母語としながら政治的にはオーストリア=ハンガリーの領土であるトリエステだ。



 ラスボス登場と同時に、時間SFとしての大ネタ、歴史"上書き"の手段がついにあきらかになる。これがトンでもないムチャな大仕掛けでして、デロリアンの1.21ジゴワットどころじゃありません。はたしてこれを阻止できるのか。まさに時間との闘いだ。



 そんな緊迫のなかにも明るいシャレがきいているのがこの作品の持ち味なのだけど、それは読んでのお楽しみ。大いに笑えます。


(牧眞司)




『時鐘の翼』
著者:ルカ・マサーリ
出版社:シーライトパブリッシング
>>元の記事を見る



ランキングエンタメ

前日のランキングへ

ニュース設定