世界最大のイスラム教徒人口をもつインドネシア。政府が発表する公式暦のカレンダーには、イスラム教行事の祝祭日が目立つ。
だが意外なことに、クリスマスも国家の祝日で、しかも連休とすることは世界的にも珍しい。また、イエス・キリストが十字架で処刑された日も、さらには復活して昇天した日も祝日だ。そしてイエスだけでなく、なんとお釈迦様の誕生日までもが祝日。
このようなカレンダーが存在する国は、世界でもここインドネシアだけかもしれない。その理由は、インドネシアがとる世界でも珍しい国家形態にある。
世界一の多様性重視の国、インドネシア
インドネシアの1年の始まりは、若者や外国人たちの大騒ぎで幕を開ける。12月31日の深夜にカウントダウン・パーティーが行われ、派手な花火が打ち上げられ、多くの若者や外国人たちによるどんちゃん騒ぎの中で新年が迎えられる。その後に初日の出を拝みに海へと向かう光景は、日本と変わらないかもしれない。
しかしそれは都会に住む一部の住民だけで、大多数のインドネシア人にとって1月1日は特別な意味をもたない。元日前後の12月31日も1月2日も仕事が行われる普通の日なので、世界各地で祝日となることへの”お付き合い”程度なのだろう。
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インドネシアには、イスラム・カトリック・プロテスタント・ヒンドゥー・仏教・儒教と6つの国家公認宗教があり、それぞれが各々の暦を使う。だからインドネシア人には1月1日が1年の始まりだという共通感覚が薄い。
そもそもインドネシアという現在の国家が誕生してまだ70年。それ以前は小さな王国が無数に点在し、オランダが徐々に制圧しつつ今のインドネシアの形になった。よって歴史上インドネシアを統一した王朝はなく、言葉も文化も歴史観も全くのバラバラであった。
そのような状態で独立し、未知なる国家を作る過程で、建国の父たちが選んだ道は、ユーゴスラビアやインドなどが採用した連邦制ではなく、大統領が強力な権限を持つ中央集権国家。そして、国民に共通するストーリーがないことを補うために利用したのが、宗教だ。
“多様性の中の統一”を実現させるために、独立後に初代大統領となるスカルノは、『5つの国是(パンチャシラ)』を掲げた。現在その筆頭にあるのが、『唯一神への信仰』。だがヒンドゥー教や仏教、儒教は唯一神信仰ではないので、独立後は激しく弾圧された時期もあった。
しかし、政府・教団が歩み寄り、教義をインドネシア風にアレンジすることで国家公認宗教の地位を得て、現在に至った。だが、神が国家統一の要となるという事情もあるため、神を持たない無神論者は時に厳しく罰せられることもある。
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6つの公認宗教は平等に扱われるため、それぞれが持つ特別な祭日も国民全ての祝日とされた。イスラム教徒もブッダの誕生日に休み、キリスト教徒もヒンドゥーの新年を休む。インドネシアとは、想像の共同体、壮大な実験的試みともいえるだろう。
インドネシアの多種多様な祝日
インドネシア政府発表の暦を使って、ざっと2015年の各祝日を追ってみよう。
・ 1月3日 ムハンマド生誕祭(マウリド・アン=ナビー)
預言者ムハンマドが誕生した日を祝う。ムスリムが使うヒジュラ暦は354日が1年とされるため、グレゴリオ暦に対し毎年約11日ずつ早まっていく。
・2月19日 イムレック(中国歴2566年元日)
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古くから商業・交易の中枢を成す華僑たちが使う中国歴の正月。帰省や旅行、バーゲンセールなどもインドネシアでは盛大に行われる。
・ 3月21日 ニュピ(サカ暦1937年元日)
ヒンドゥー教徒が使うサカ暦における元日。バリ・ヒンドゥーではサカ暦に加え、1年が210日のウク歴を組み合わせて使うため、1年中祭礼日だらけとなる。そのなかでもニュピは最大の祭日で、前日の大晦日は日本の“ねぶた”にも似たオゴオゴと呼ばれる悪霊の山車を引きながら練り歩く。
道路は山車と人々で溢れ、想像を絶する交通渋滞が発生。また、ニュピ当日は悪霊が島から過ぎ去るのを屋内でじっと待つ日なので、外国人や旅行者も外出が禁止される。空港も24時間閉鎖されるので、この期間に旅行する際は要注意。
・ 4月3日 キリスト受難日(聖金曜日)
イエス・キリストが人類のために自ら難を受け、十字架で処刑されたことを記念する日。多くの教会で厳粛なミサが執り行われる。
・ 5月1日 レイバーデー
2014年から新設されたメーデーの祝日。数年前まで頻発していた労働者の賃上げデモやストライキに対して、政府がとった対応策の一つ。
・5月14日 キリスト昇天祭
磔での死から復活したイエスが天へ昇った日。
・5月16日 ムハンマド昇天祭
ムハンマドが大天使ガブリエルに伴われ昇天し、預言者となった日。
・6月2日 ワイサック(ブッダ生誕記念日)
仏教徒最大の行事。世界遺産にも指定されているボロブドゥール寺院遺跡に国内外から僧や仏教徒、観光客たちが大勢集まり、壮大な祭りが行われる。
・ 7月17日、18日 イドゥル・フィトリ(断食明け大祭)
イスラム教徒最大のイベント。1か月間の断食を終え、一族が集まり賑やかに過ごす。16・20・21日も政令指定休日となり、日曜も含め6日間の祭日となる。旅行に出かける人も多く、道路や観光地は大混雑となるので旅行者は要注意。
・8月17日 独立記念日
玉音放送により日本の敗戦が決まった日の2日後、再びオランダによる支配が始まることを恐れたスカルノら民族主義者がジャカルタにて独立を宣言。その後4年に亘る独立戦争へと突入するが、この日が正式な国家の独立の日とされる。
この日の式典ために全国各地の子供たちが行進の練習を行うのだが、公道で練習することが多く激しい渋滞を巻き起こす。今年2015年は独立70周年であり、例年以上の式典が執り行われる予定。
・9月24日 イドゥル・アドハ(犠牲祭)
アブラハムが長男イシュマエルをアッラーの神に犠牲として捧げた日。ムスリムはモスクや集会所で牛やヤギをと殺し捌いて、貧しい者へ分け与える。
・10月14日 ヒジュラ元日(イスラム歴1437年元日)
ムハンマドがメッカでの布教を諦め、ヤスリブ(メディナ)に移住した記念日。イスラム社会で移住は“ある人間関係を断ち切り、新しい人間関係を構築する”という重要な意味合いを持つ。イスラム教における新年を迎える日。
・ 12月25日 クリスマス
2015年は24日も祝日で、土日も含めると4連休となるケースもある。日本同様サンタのコスプレをした販売員が商店に溢れ、ショッピングモールには巨大ツリーも登場。しかし、クリスチャン以外はクリスマスを祝うことは憚られるので、買い物をしたり楽しくパーティーをする日という扱いになっているようだ。
なお、政府指定休日は突如変更される場合もある。また、突然の選挙でほとんど祝日のようになることもあるのでご注意を。