紀伊国屋書店は8月下旬、人気作家・村上春樹さんの新作について、初版10万冊のうち9万冊を出版社から直接買い取って、自社店舗と取次店を介した全国の書店で販売すると発表した。初刷の大半を国内書店で販売することで、ネット書店に対抗するのだという。
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紀伊国屋はプレスリリースで、「今回のビジネスモデルは、村上春樹さんの新刊書を紀伊國屋書店が独占販売するのではなく、大手取次店や各書店の協力を得て、注目の新刊書をリアル書店に広く行きわたらせ、国内の書店が一丸となって販売するという新しいスキームとなります」と説明している。
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買い取りの対象となるのは、中堅出版社「スイッチ・パブリッシング」が9月10日に発行する村上さんのエッセイ「職業としての小説家」。報道によると、紀伊国屋は買い取る9万冊のうち3万〜4万冊を自社で販売し、残りを他社の書店に供給する意向だという。
従来型の国内書店は近年、アマゾンに代表されるネット書店に押されて、苦戦が続いているため、紀伊国屋書店の試みを評価する声もある。その一方で、初版部数の大半を1社が買い取る手法に対して、「独占禁止法違反ではないか」という疑問も出ている。紀伊国屋の新手法は、独占禁止法に違反しないのだろうか。籔内俊輔弁護士に聞いた。
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「企業が安売りをする競争相手に商品が行きわたらないようにして、活発な価格競争が生じないようにする行為をした場合、独禁法が禁止する『不公正な取引方法』等に当たる可能性はあります」
籔内弁護士はこのように述べる。紀伊国屋書店の行為は、独禁法からみて問題なのだろうか。
「不公正な取引方法のなかでも問題になる違反類型がいくつか考えられますが、本件で、独禁法上問題になるかどうかは、紀伊国屋書店が、買い取りに関連して出版社に対して何らかの働きかけを行っているか否か、また、その内容・程度がポイントになるでしょう」
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どんな場合に独禁法違反となる可能性があるだろうか。
「紀伊国屋書店の狙いは、ネット書店への対抗措置として、ネット書店に村上春樹さんの新刊を流通させないことにあるようです。
この目的を実現するために、紀伊国屋書店が出版社に対して、『初版のほとんどを紀伊国屋書店に販売しなければ、今後、取引において不利益な取扱いをする』旨を示す等、出版社の事業活動を『拘束』する条件をつけて、ネット書店へ販売しないようにさせていた場合には、独禁法上問題となる可能性もあると思われます。
具体的には、不公正な取引方法の一類型である『拘束条件付取引』などに当たる可能性があります」
そうした条件をつけて取引することが、なぜ独禁法上禁止されているのだろうか。
「独占禁止法は公正で自由な競争秩序を保護するためにあります。出版社の事業活動を拘束する条件をつけて取引することは、そうした公正な価格競争に影響を及ぼす可能性があるからです」
だが、書籍については、再販売価格維持制度があるため、もともと価格競争が存在しないのではないか。
「そうではありません。本来、商品の値段を設定するのは小売店の自由です。商品を供給する側が価格の指定することは、再販売価格の拘束として、独禁法違反となります。書籍については例外として、再販売価格の拘束・維持のためにする正当な行為には独禁法を適用しないという適用除外規定があります(独禁法23条4項)。
ただ、この規定は、あくまで書籍の定価販売の義務付け(再販売価格の拘束)に了解した当事者間で、それを含む契約等をしても独禁法違反とならない旨を定めているだけです。ですから、ネット書店が、定価販売の義務付けを含んだ契約をしていなければ、ネット書店に対して定価販売を義務付けることは、そもそもできません」
書籍の市場にも価格競争はあるのだろうか。
「ネット書店では、ポイント制度などを利用して、実質的に書籍をリアル書店より安く売っているケースも少なくありません。価格競争はあるといえるでしょう」
紀伊国屋のスキームが書籍の価格競争に影響を与える可能性はあるのか。
「書籍は、価格等の取引条件面では他の商品に代替されにくい、つまり、『商品が差別化されている』という面があります。つまり、Aという作家が好きな人が、値段が安いからといってBという知らない作家の作品を購入することはないという特徴があります。
そのため、著名な作者の書籍を読みたい消費者は、その書籍がリアル書店にしか置いていなければ、たとえ多少値段が高くても、リアル書店で購入せざるをえなくなる可能性があります。
したがって、出版社を『拘束』して販売先を制限することで、出版社等との契約で再販売価格の拘束を受けているリアル書店にのみ、書籍を流通させるようことになれば、より高い価格で消費者は購入せざるをえなくなる可能性があります。もし、こうした行為があれば、独禁法違反になる可能性があると考えられます。
なお、書籍については、中古品の市場があります。中古品が安く販売されるようになり、それに対抗して新品も値下げせざるを得ない状況が生じるのであれば、新品の書籍の価格競争が機能しうる可能性もあります。
しかし、新品の書籍が、再販売価格の拘束を受けているリアル書店にのみ供給されるのだとすれば、リアル書店は、出版社等の契約により値引き販売はできないので、結局のところ、新品の書籍の販売価格は安くはならないでしょう」
紀伊国屋の行為を公取委が問題視する可能性はあるだろうか。
「買い取りだけでなく『拘束』があるか否かは不明ですし、また、書籍の1タイトルのみに関する行為のようですので、独禁法違反を取り締まっている公取委が、紀伊国屋書店の今回のスキームに問題があるかどうかについて、大々的な調査まではしないかもしれませんね」
(弁護士ドットコムニュース)
【取材協力弁護士】
籔内 俊輔(やぶうち・しゅんすけ)弁護士
2001年神戸大学法学部卒業。02年神戸大学大学院法学政治学研究科博士課程前期課程修了。03年弁護士登録。06〜09年公正取引委員会事務総局審査局勤務(独禁法違反事件等の審査・審判対応業務を担当)。
事務所名:弁護士法人北浜法律事務所東京事務所
事務所URL:http://www.kitahama.or.jp
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