【新世紀の音楽たちへ 第7回「インターネットが拡張する声の劇空間」の画像・動画をすべて見る】
さて、前回の日高さんの論を引き継ぎつつ、もう少し違った論点から「インターネットと同人音楽」について書いてみよう、と企んでいます。そして、そのために「音楽」だけではなく、同人音楽を語る上で外せない別のカルチャーにも登場してもらいましょう
同人音楽と共に育ったサウンドカルチャー。それを「ボイスドラマ」といいます。
執筆・安倉儀たたた 編集:米村智水
「作品」のレイヤーを変えたインターネット
さて、前回の日高さんが「流通」をキーワードに、インターネットの登場によって、流通形態が多様化し「プロとアマチュア」の境界がだんだん消えてきたことを論じてくださいました。
インターネット、とくに音声・動画サイトの登場によって、「作った作品を聞いてもらう」という、それまでプロ(あるいはインディーズ)でなければ難しかったことをアマチュアでも簡単にできるようになりました。これは同時に、「完成形以外の作品でも流通できるようになった」ことも意味しているように思います。僕には、むしろこちらの意義のほうが、流通が容易になったことよりも大きいのではないかと思えるのです。
つまり、インターネットの発展と熟成によってPVもデモも完成形もリミックスも、ライブ映像も自宅での悪ふざけも等しく配信することが可能になった。それによって「プロとアマ」の境界だけではなく、「作品の境界」をも曖昧にしてしまったのです。
YouTubeを検索すれば、ストリートライブだけではなく、自宅での弾き語りをアップしているアーティストも多く見る事ができますし、BABYMETALのサウンドプロデューサーでもあるDJ'TEKINA//SOMETHING/ゆよゆっぺさんも、弾き語り動画を投稿しています。
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「自宅での弾き語り」が「作品」になるという状態は、そもそもインターネットの登場なしには考えられません。
それは単純にクオリティの問題ではなく、わざわざ音楽番組やFMラジオを制作してまで、お風呂に入って弾き語りをするのはコスト的にもばかげているように思えるよね、ぐらいな意味です。
音楽の「使い方」はクリエイターによって違う
日高さんが指摘したように、現代のアーティストたちは、ネットも即売会もCDも、あるいは音楽に留まらないコラボレーションも含めて様々に活動範囲を広げています。それは「作品」として見なしてよい形態の範疇が変わったからだ、という見方もできるのではないか、と思うのです。
それは、インターネットを介した作品の流通には、様々なレイヤーが存在している事を意味しています。すでにCDを出しているプロのアーティストにとってわざわざネットに作品をアップするのはプロモーションやファンサービスとしてウエイトが重いでしょうし、多数の作品によって一つの物語をつくり出しているクリエイター(例えばHoneyWorks)にとっては、弾き語りであろうと音楽だろうとアニメーションであろうとそれらは形態を問わず作品として欠かせないものでしょう。
プロとアマを区別していた作品の概念や完成形の「カタチ」、それからプロモーション/やってみた/ストリートライブ/自宅での弾き語り/ボカロ曲の投稿といった様々なレイヤーが、一つの場所で一緒になっていることが不自然ではなくなってきた、そういう事態が2000年代を通じて起きてきたと思うのです。
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ボイスドラマという文化
だから、〈音楽から遠く離れて〉今回は同人音楽のその周辺、しかし同人音楽とともに寄りそってきたもう一つのカルチャーであるボイスドラマを紹介してみたいと思います。
ボイスドラマ――音声劇、放送劇、ラジオドラマ、サウンドドラマ、オーディオドラマ等とも呼ばれる「音の劇」をこう呼びます。とりわけ同人の音声作品はボイスドラマと呼ばれる事が多いので、一応ここではボイスドラマで統一することにいたします。
これまでボイスドラマは、同人音楽とは距離の離れている文化だとみなされてきました。この連載でもしばしば引用している井手口彰典さんの本や、『同人音楽を聴こう』(三才ムック)でもボイスドラマサークルやその遍歴はほぼ無視されています。
同人音楽との親和性、「声のカルチャー」
ですが、音楽サークルでも途中で音声劇やナレーションを入れる作品をつくる人は珍しくありません。あるいはボイスドラマの作品にはOPやEDとして二曲ほどの歌を入れることも非常に多く、これら歌とは異なる「声のカルチャー」と同人音楽との親和性は、もっと強調されるべき、特筆に値するものです。
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ところが、このカルチャーは2000年代を通じてなかなか侮れない影響力があったのではないか、とも思うわけです。
たとえば、ニコニコ動画黎明期から活動を続けているIOSYSさんのアレンジCDには楽曲の間と間に多くのコントというか「茶番」ともいうべきもの挿入されています。こうした茶番劇やコントがもてはやされたのはネットの登場後というわけではありませんが、こうした編成は一般的な音楽CDではまず耳にしないだろうと思います。
ネットカルチャーにおいても、茶番(劇)は広い影響を持っていました。ボーカロイドの鏡音レンがロードローラーをシンボルにした(最近はみませんが)のはこうした茶番によるものでした。
また、2012年ごろに人気を博したとなったフリーホラーゲーム「Ib(イヴ)」では、そのボイスドラマが公式版と非公式版が製作されて話題になりしましたし、次回詳しくふれるように、TRPGのリプレイやボーカロイドゲーム実況にいたるまで「声のカルチャー」はいまやネットカルチャーになくてはならないものになっているように思います。
【ニコニコ動画】オーディオドラマAlice mare第1章セカイのはじまり
もちろん、これらは様々な背景があって、その源流に具体的な何かがあると指摘できるものばかりではありません。けれども、ここに「同人音楽」と「声のカルチャー」との融合が作りだした音系同人の影響があったのではないか、と思うのです。
ボイスドラマの歴史
さて、ボイスドラマの始発がいつなのかは正直よくわかりません。そして、ここから記すこの歴史もまた、極めて断片的な資料に基づく不十分な記述であることを最初に断っておきます。また、ここで記す年代も厳密なものではなく2~4年ほど前後するかもしれません。
まず、即売会サイドから見てみましょう。実は、第一回の「M3」からすでにボイスドラマのサークルが参加していたことが確認できます(当時は放送劇や音声劇といった呼称も多かったようです)。それどころか、「M3」がはじまる前から「音系サークル」の一翼として、ボイスドラマサークルは重要な役割を担ってきたことが証言されています(井手口彰典『同人音楽とその周辺』所収、寺西慶祐氏インタビュー)。
そもそも、音楽、ボイスドラマ、効果音や特殊音声、そして映像。これらの多様なサウンドの文化の枠組みが「音系同人」でした。これらは相互に密接ではなかったかもしれないけれど親しい関係にあって、他の音楽文化には見られないような文化を築いてきました。
同人におけるボイスドラマの成り立ち
1990年当時は、テープレコーダーに音声やモノマネ(?)、アニメーションの台詞などを吹き込んだテープが頒布されていたことがうかがえます。1998年の第一回「M3」においても、テープに吹き込んだボイスドラマが頒布されていたことが確認できます(「M3」公式サイト「過去のイベント」参照)から、2000年代まで──というより、CD-Rが普及するまで──テープで流通していた作品群であったようです。
さらに、コミケでは当初は文芸の「朗読」というジャンルに入れられていた音声劇が、後に「ソフトウェア」へと移動したこと、その後「ボイスドラマ」として独立したジャンルコードを与えられたことが判明しています(井手口彰典『コンテンツ文化史研究』7号「コミケットの「ジャンルコード一覧」に見る同人音楽コミュニティの成立過程」より)。
2000年代前半まで、ボイスドラマサークルは非常に小さなローカルコミュニティであった、と思います。しかし、恐らく2002年から2006年ごろにかけて、少しずつ変化が起きてきました。この連載でもいくどか述べているCD-Rの普及、生音を扱えるようになるPCスペックの向上……。
同人音楽全体に変化が訪れるこの時期から、ネットラジオを行うサークルが即売会でボイスドラマのCDを頒布するようになってきたことが確認できます。そして、2007年度を境に、「M3」におけるボイスドラマサークルの数・割合が爆発的に上昇していきます。いまでは複数の島をもった「M3」中に複数の島をもつ、存在感あるカルチャーに成長しています。
ネットの発展と共にあった「声劇」
ゼロ年代における同人ボイスドラマの普及と展開を考える上では、インターネットサービスの普及と声劇の登場を外して考えるわけにはいきません。
その大きな変化をもたらしたのが、当初は「インターネット電話」などと言われていた、ボイスチャットサービスでした。ちょうど2000年ごろ、今でもよく知られているSkypeや、Yahoo!チャット(後にYahoo!メッセンジャーに統合)という今はなくなってしまったサービスがスタートします。
これらのネットサービスは2006年頃までに、ネットの常時接続の普及などに伴って多人数で会話ができる機能を搭載するようになっていきました。2006年2月、Skypeグループチャットでは、最大10人で対話をすることができる機能が搭載されます。Yahoo!チャットでは下記の記事のように、あまりよろしくないカルチャーもあったようですが、100人までがチャットルームに入れる機能があったことが知られています。
これらボイスチャットサービスの改良に並行して、「声劇(こえげき・せいげき)」というカルチャーが生まれてきました。この「声劇」はほとんど表だって取り上げられるカルチャーではありませんでしたが、声優や俳優志望の中高生、演劇のレッスン、それから誰かとかけあいを楽しみたい人たちが好んで遊んでいたカルチャーでした。『こえ部であそぶ!今から人気声優の本』(学研マーケティング)というムック本では、koebu以前にYahoo!チャットなどで声劇を楽しんでいた人達や、当時こえ部(koebu)で声劇を楽しんでおられた方のインタビューが多数掲載されています。
「声劇」とはこれらのボイスチャットサービスの「声劇部屋」に集り、互いに即興の放送劇を楽しむといったものです。作品は即興的なものあったようですし、ネットで公開されている台本を使ったものもありました。
こういった文化は、ユーザー同士で声の評価を行うWebサービス「koebu」や「ニコニコ生放送」など、場を広げて現在まで幅広く行われています。これらは比較的短い、5分から30分程度の即興的な小品が多く、誰でもフラッと入ってその場で読み合わせをしてはじめる事が多いようです。
最近ではTwitterなどで友人と打ち合わせをしてから行うこともあって、観客へ作品を届けるというよりも、自分たちが演技することを楽しむ事に主眼が置かれていることが多いようです。今でも「ニコ生」の声劇部屋などを覗くと実に楽しそうにやっている声劇をしている場を見る事ができるでしょう(荒らしはダメですよ!)
ネット空間に延長された劇空間
これらの声劇カルチャーはリアルタイムに行われる即興的な演技でありながら、聴衆と演者を含めて二人以上で行われました。一対一での対話しか想定していない「電話」では聴衆を交えたかけあいはできません。
遠く離れた人とも即興的な掛け合いを楽しめる、この素朴な劇空間には、逆に映像やモーションキャプチャーでは間合いがわからなくなってしまうような、「声」ならではのフットワークの軽さが生かされているように感じられます。
このような声劇の登場には、(ウェブ)マイクと、ある程度の音声データがやりとりできるブロードバンド環境の普及、そして多人数が参加できるボイスチャットサービスの開始が背景にありました。
特に、こうしたボイスチャットサービスの普及と改良によって、これを単なる「電話」の延長ではなく、一つの劇空間として使う人達が現れた、ということは、とても重要な出来事だったと思います。
ボイスチャットサービスは、それまで潜在していた「声の劇」に対する憧れや需要を掘り起こしたのです。決して少なくない数の人達がそうした演技の場でコミュニケーションを取り、演技をしたがっていた。こうした「声のカルチャー」の広がると同時に、即売会では比較的小さな存在であった「ボイスドラマ」カルチャーも大きく成長を遂げていきます。
それが「ボイドラ」と呼ばれるインターネットカルチャーの登場でした。(次回に続く)