アマゾンの複雑で周到過ぎる節税対策

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2017年09月08日 17:02  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<ルクセンブルクの海外本部を中心とする子会社網を使った、アマゾンの巧妙な租税回避策が明るみに>


eコマース事業の拠点をどこに置こうか考えていた95年、ジェフ・ベゾスにとっての第1候補はシアトルではなかった。今や世界最大手のオンラインショップとなったアマゾンのCEOが目を付けていたのは、納税額をかなり低く抑えられるサンフランシスコ郊外の先住民居留地だった。


この計画はカリフォルニア州当局につぶされたが、租税回避に懸けるベゾスの情熱がこれで失われたわけではなかった。創業から20年以上にわたり世界に事業を拡大するなかで、ベゾスはアマゾンが税金面で競争力を持てるよう取り組んできた。


本誌は昨年、アマゾンと米税務当局である内国歳入庁の法廷闘争の資料を入手。一連の資料は、アマゾンが国際的な優位を獲得した一因が、ヨーロッパの小国ルクセンブルクに海外本部を構えたことにあると示している。


優遇措置をめぐるアマゾンとルクセンブルクの取り決めの中核にあるのが、ジャンクロード・ユンケルの存在だ。彼は95〜13年にルクセンブルクの首相を務め、14年に欧州委員会委員長に就任した。


法廷資料には、アマゾンの税制問題担当幹部らがユンケルと会談したことが記されていた。両者の交渉における重要な時期に会談が行われたという証拠により、進行中の欧州議会税制特別委員会の調査が加速する可能性もある。


EUでは昨年7月、多国籍企業による租税回避への対策案を採択した。企業が租税回避のために利用する最も一般的な方法(利益を税率の低い国や地域に人為的に移行させるなど)の阻止を狙いとするものだ。


前述の法廷資料によれば、アマゾンは01年に国際的な会計事務所デロイトのエコノミストに依頼し、納税額を抑えるための方策を検討させている。さらにアマゾン社内には、ルクセンブルクに海外本部を設置し、迷路のように絡み合う子会社のネットワークを通じて他地域の収益を同国に移行させるという税対策イニシアチブ「プロジェクト・ゴールドクレスト」がある。


このプロジェクトは、一連の複雑な企業間契約を利用して、ソフトウエアや商標その他の知的財産から成る無形資産を、ルクセンブルクにあるアマゾンの子会社アマゾン・ヨーロッパ・ホールディング・テクノロジーズ(AEHT)に移行させるもの。さらに別の子会社であるアマゾンEUSarlがAEHTに毎年、巨額の無形資産「使用料」を支払い、課税対象利益を減らす仕組みになっている。


【参考記事】アマゾンは独禁法違反? 「世界一」ベゾスにいよいよ迫る法の壁


国家の税制に挑むシステム


AEHTはヨーロッパにおけるライセンス使用権を管理する代わりに、アマゾンのアメリカ国内の子会社に支払いを行っている。米当局は本来アメリカに流れるべき支払額が低税率のルクセンブルクに不当にとどまっていると考え、アマゾンを租税回避で訴えた。


米当局による調査結果を示す文書によれば、アマゾンはルクセンブルクにおける税制面の取り決めに関する監査の際、重要なデータを隠した。プロジェクト・ゴールドクレストによってもたらされると予想される税制上の恩恵を一部、隠蔽したのだ。


データが欠けていることについて問われると、同社の広報担当者は「当社は事業を運営している全ての国で、支払うべき全ての税金を支払っている」と答えた。法人税は売り上げではなく利益のみに課されるとも説明。利益が低水準を続けている理由としては、専門性を持つスタッフやデータセンターのようなプロジェクトへの大規模投資や、「競争が激しく利幅の少ない業種」であることを挙げた。


米当局は、アマゾンが米子会社への支払いを少なくすることを目的に、無形資産を不当にルクセンブルクに移行させたことを示す主張も行った。欧州委員会の競争政策当局は14年以降、アマゾンが課税対象利益を少なくみせるため、ルクセンブルク国内の子会社の1つに支払う使用料をつり上げている疑惑についても調査を行ってきた。


知的犯罪の中でも特にマネーロンダリングを専門とする弁護士のジャック・ブラムは、アマゾンの強引な節税対策が周到に計画されたのは間違いないと言う。「政府や市民の理解を超えたシステムであり、企業が国の税制の効果を無効にする方法で事業運営を行えるようにするシステムだ」とブラムは指摘する。


01年にアマゾンがルクセンブルクに国際事業の拠点を移す計画を立て始めたとき、ヨーロッパの小売り責任者だったディエゴ・ピアセンティニは反対したという。彼はアメリカの法廷でその理由に触れ、「それには大勢の人を雇う必要があったが、ルクセンブルクは小国だったからだ」と語った。


アマゾンはピアセンティニの懸念には耳を傾けず、代わりに6カ国以上での数十の子会社が絡む複雑な計画に着手。アメリカや多くのヨーロッパ諸国で、極めて優遇された税率を編み出すことが目的だった。米当局は「ルクセンブルク本部の設立は、ヨーロッパでの納税額をできる限り少なくするためだった」と結論付けている。


【参考記事】アマゾン+スーパー、宅配改革への大勝負


米当局と欧州委員会の一連の調査結果は今後、アメリカとヨーロッパの両方で事業を展開する多国籍企業にどう課税すべきかという点をめぐり、緊張を引き起こすことになるだろう。


アマゾンには、ジェイコブ・ルー前米財務長官をはじめとする強力な支持者がいる。ルーはEUについて、非課税所得から莫大な金を回収するためにアメリカ企業だけを「不当に」追及していると非難した。


EU競争委員会のマルグレーテ・ベスタゲールは、この疑惑を否定する。彼女は昨年、ベルギー政府に対し、35の多国籍企業から未払いの税金7億ユーロを追徴するよう指示。DAFやスカニアなどヨーロッパの大手トラックメーカーについては、価格操作や欧州委員会による排出量基準導入の足を引っ張っている疑いで調査している。


米当局との訴訟については3月、米租税裁判所が訴えを退け、アマゾンが勝訴した。米トランプ政権は同社のような節税策を取り締まりたい考えだが、ブラムはこうした強引な税対策は「いくつもの複雑な層を織り成し、国家の税務に関するいかなる監査当局も、その層を突き抜けて真相を見抜くのは不可能だ」と語る。


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[2017.9. 5号掲載]


サイモン・マークス


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