住民投票で独立が遠のいたクルドの根深過ぎる問題

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2017年11月11日 12:02  ニューズウィーク日本版

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ニューズウィーク日本版

<クルド自治政府が中央政府を敵に回し油田も失ったのは、以前からの「内ゲバ」と統治能力不足が原因>


イラクのクルド人自治区で9月に独立の是非を問う住民投票が行われ、既に悪化していたクルドの状況は最悪になった。イラク中央政府に対して影響力と自治権を拡大するどころか、国際社会に背を向けられ、イラクと周辺国を敵に回し、経済危機と社会の亀裂を深刻化させた。


領土と資源も見る間に失っていった。イラク政府軍は10月半ば、係争地だった北部の油田地帯キルクークを掌握。10月末にはペシュメルガ(クルド人民兵組織)を交渉で撤退させ、トルコとの国境検問所も制圧した。


クルド自治政府は今や政治的にも経済的にも追い込まれている。自治政府は住民投票の結果を「凍結」することを提案したものの、イラク側は完全無効化を要求した。クルド自治政府のバルザニ議長は、11月1日をもって辞任に追い込まれた。


だが住民投票は現在の危機のきっかけとなっただけで、問題は以前から山積していた。自治政府はこれまで、世俗的民主主義や経済発展、強固な軍事力などを高々と喧伝してきた。だがその実情は、長きにわたって不安定な経済と組織の弱体化、政治的分断にむしばまれてきた。


自治政府指導部の第1の過ちは、独立を目指してイラクの頭越しに国際社会の支持を求めたことだ。自治区内で非クルド人を差別したことも反感を呼んだ。


アラブ人ビジネスマンは不当な税金上乗せに不満をこぼす。キリスト教徒の少数民族アッシリア人は与党クルド民主党(KDP)による土地収用に憤慨。クルド系少数民族のヤジディ教徒ですら、14年にKDPに見捨てられ、テロ組織ISIS(自称イスラム国)に迫害されたことを恨んでいる。結果、非クルドのイラク国民の圧倒的多数がクルド独立に反対している。


2大政党の間で進む分断


収入源の不足と、統一された軍事指揮系統の欠如も手伝い、クルド自治政府は統治能力を弱体化させていった。石油価格の下落やかさむ戦費も追い打ちとなり、経済は悪化を続けた。


軍事面では、クルド人はISIS掃討戦で快進撃を続けたが、有志連合に助けられた部分が大きかった。一方で、治安部隊の指揮系統は、2大政党のKDPとクルド愛国同盟(PUK)の間で長年分断され続けてきた。


亀裂が明らかになったのが、イラクによるキルクーク掌握だ。PUKの指導者の一部が、KDPの了承もPUK内部の支持も得ないままにイラク政府と交渉し、キルクークを引き渡した。今や多くの派閥が、「裏切り者」と互いを非難し合うありさまだ。


自治政府は政治改革の必要性にも迫られている。長年政治、経済を牛耳ってきたKDPとPUKの2大政党にクルド人の不満は高まり、多くの人々が指導部にだまされたと感じている。


だが自治政府は、住民投票の大混乱から間違った教訓を引き出したらしい。バルザニら指導層は自らの戦略の誤りを認めるどころか、責任逃れに終始している。今後も被害者面をし、イランなどの外部の脅威をあおる一方で、自治政府内部の問題からは目をそらし続けるだろう。


それでも、クルド人自治区の基本的な姿は変わらない。経済的にイラク政府やトルコ、イランに依存し、政治的には内部分裂が続く。そんな状況で自治政府は、これまで長年続けてきたように、イラク政府と地道に交渉していくしか道はない。


ただし、破滅的な住民投票が実施された今となっては、これまでと決定的に違うことがある。クルド自治政府が、弱い立場で交渉するしかなくなったことだ。


From Foreign Policy Magazine


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[2017.11.14号掲載]


デニース・ナタリ


このニュースに関するつぶやき

  • 勇猛果敢な民族ではあるのだが、イラク国内だけでなく、各国に分散させられたのが、そもそもの悲劇。独立して国家を樹立するには国家の共存が不可欠。
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