児童向け絵本作家ののぶみが作詞した「あたしおかあさんだから」。自己犠牲を強いてまで、良き母であろうとする姿が描かれた歌詞に、リアルママたちからの批判や反論がネットをにぎわせたのは記憶に新しい。現在子育てをする女性は、その母親世代とは違い、共働きのケースが多いにもかかわらず、同曲に“子育てする父”の姿がまったく描かれていないのも、物議を醸した原因なのではないか。しかしまだ育児という場面においては、女性側の負担が多いのも事実である。
そんな子育てママをさらに追い詰めるのが、いまだに解消されていない待機児童問題だが、中には、“隠れ待機児童”も存在しているようだ。「保育園に子どもを入園させたくても、働いていないために点数が足りずに入園できない」「結婚や妊娠によって退職したために復職できる職場がない。でも専業主婦ではいたくない」といった悩みを抱える隠れ待機児童の“ママたち”。今回は、自宅育児を強いられ、負のスパイラルに陥っている“声なき層”に着目。保活は行っているものの、最初から入園すら諦めているため、「保育園落ちた日本死ね!!!」と息巻くこともできない育児ママたちの悲痛な叫びに迫っていく。
ワーママでも専業主婦でもない、隠れ待機児童ママの悲痛な声
連日、メディアなどでは、復職したくても預け先が見つからない待機児童問題と、そのママたちの声が報じられている。しかし、表立って保活を行っているワーママ以外にも、さまざまな理由で、保育所に入所できていない潜在的待機児童(隠れ待機児童)を抱えるママの存在も無視できない。実にその数、数万人ともいわれている。なぜ、隠れ待機児童のママは生まれてしまうのか。
元々、育児休暇が取れるような職場で働き、堂々と保活を行えるワーママと、産後は幼稚園に入園するまで育児に専念したいという専業主婦の間に、実は見えない層が存在している。そういった層を、筆者は「マミュート族」と名づけた。これは「ママ」+「ミュート」(TwitterやFacebookの機能で、見たくない相手やフィードを見られなくする機能)の造語であり、転じて“世間には届いていない”という意味合いを込めている。隠れ児童の背景には、「マミュート族」と呼ぶのにふさわしい、声なき声を持つママたちがいるのだ。
都内で1歳になる娘を育てながら、預け先を探しているという30代の由加里さん(仮名)。彼女は、都内の女子大を卒業後、新卒で入社した生命保険の会社を人間関係のストレスで退社してから、派遣や契約社員など非正規社員として働いてきた。婚活を意識した合コンで知り合ったメーカー勤務の男性と結婚。子どもに恵まれたが、戻りたくても復職できる職場がないことに焦りを感じるという。
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「結婚して1年半が過ぎて、なかなか子どもができなくて困っていたんです。ちょうど妊娠が判明した時に、派遣の契約も終了しました。今から働きに出ようにも、キャリア的に正社員は無理だし、子どもを預けたくても無職なので、保育園にも入れない。いつになったらこの状態から抜け出せるのか不安です」
彼女たちの大半は、「本音は働きたい気持ちがある」が、出産して間もない乳児や、まだ手の掛かる幼児を抱えた状態での就活自体が難しいため、復職を諦めているのが実態だ。
「世帯収入が400万に届かないくらいなので、生活がカツカツ。実は出産してから、自分の服は一度も買っていないんです」と語る。
満3歳から入園できる幼稚園の入園まで、あと2年。それまでに、再就職し、保育園に入所できる保証はない。
単価600円の記事を書くライター志望の育児ママ
主婦向け生活情報雑誌のマネー関連記事では、副業や自宅でできるクラウドワークスの紹介が散見される。もうすぐ2歳になる男児の育児をしながら、在宅ライターをしている美幸さん(仮名)も、その1人。
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「ネットで見つけたクラウドワークスのサービスを利用して仕事しています。打ち合わせもチャットツールを使っているので、子どもを預けて出かける必要もなく、助かっています」
彼女が主に書いている内容は、インスタグラムで見かけた人気インスタグラマーの着こなしや、女性雑誌の付録などを紹介するまとめ記事だ。
「アフィリエイト用の記事です。入稿ルールも細かく決まっていて、クラウド上で共有しているエクセルシートを埋めていきます」
単価が1記事600円程度なので、時間給で考えたらデメリットが多い。しかし、働いている実感を得られるという。「自分が書いた記事をネット見かけると、社会と関わっていると思えて、うれしいんです」と語る。
とある調査では、保育施設を利用したくてもかなわなかった人のうち4割もの人が、実際には申し込み自体を行っていないという結果が出ている。なんらかの形で保活を行っていても、申し込みをしなければ待機児童の数には含まれない。「一度、区役所に保育園の相談に行ったのですが、仕事のことを詳しく聞かれて諦めました」と語る美幸さんの子どもも、この隠れ待機児童の1人だ。
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在宅ワークを中心としたライター業や、手持ちの一眼レフで撮影した画像のネット販売などを副業としている香織さん(仮名)。出産前までは飲食店のバイトを掛け持ちしてフリーターとして働いていた。現在は1歳半年になる息子の育児をしながら、エンタメ系の記事を書いている。
テレビウォッチ記事の場合、実際に番組を視聴し、終わったら記事を書く必要がある。原稿料はわずかなため夕飯の準備などが疎かになると、夫から「そんなこと辞めてスーパーのレジでも打ちに行け」と嫌味を言われているそうだ。子育てだけに専念できた時代と違い、価値観が多様化した現代では“専業主婦”は肩身が狭く感じるらしい。
「この前、向かいのアパートでガス漏れがあってサイレンが鳴っていたので通報したら、家に消防士が事情聴取に来て、職業を聞かれたんです。ライターとは言いづらく“主婦”と答えたら、“無職ですね”とはっきり言われて傷つきました」
ライターをしていることからもわかるように、彼女に働く意思はある。しかし、預け先を見つけてからの就活は不可能なため、再就職ができずにいるのだ。
「専業主婦って、自分からその状況を望んで、子どものことも好きで、四六時中一緒にいたいっていう人のことだと思うんです。私の場合は、元々は働くのが好きだけれど、飲食店の接客業しか経験がないために、なかなか働きに出られないんです」と続けた。
専業主婦でいられない理由に、経済問題もある。夫の収入だけで暮らしていくには余裕がないため、劣悪な条件の在宅ワークでも受けてしまう傾向があるのだ。
「今は妊娠中から保活をするのが当たり前になっているので、母親学級で出会ったママ友が、“今日は区役所の相談窓口に行ってきた”と語るのを聞くと、羨ましく感じました。やっぱり世間的には、私みたいな状態は無期限の無職ですから」
区役所の相談窓口に座ることだけでも、憚られるという「マミュート族」。彼女たちは、育児に無関心なパートナーを持ちワンオペ育児に陥っているケースも多い。平日の昼間に児童館や公園に向かうと、保育園にも預けられず行き場のないママたちが、スマホ片手に子どもを遊ばせている光景に出会う。子どもの笑顔の裏で、ママたちは働きたい意思をひた隠しているのかもしれない。
(文=池守りぜね)