カツセマサヒコが浮き彫りにした“すれ違い”の切なさと苛立ち indigo la Endとのコラボ小説『夜行秘密』レビュー

0

2021年07月24日 12:01  リアルサウンド

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

リアルサウンド

『夜行秘密』“すれ違い”の切なさと苛立ち

 カツセマサヒコの新作『夜行秘密』は、indigo la Endの同名アルバムをベースにしている。といっても、音楽作品としての『夜行秘密』は5つの曲名に「夜」の字が入り、1曲に「晩」の字があって「夜」というコンセプトで統一感はあるものの、全体で一貫したストーリーがあるわけではない。コラボ小説と銘打たれた『夜行秘密』は、indigo la Endを率いる川谷絵音がアルバムの全14曲に書いた楽曲から、カツセが自由に着想を膨らませ小説の形に作りあげたものだ。


 Iindigo la Endは、『濡れゆく私小説』(2019年)の次に今年『夜行秘密』をリリースした。川谷は新作に関し全体として映画的にしたいという思いがあり、前作より立体的になったとインタビューで語っていた。(出典:https://natalie.mu/music/pp/indigolaend02/page/3)


 一方、カツセの前作は北村匠海主演で映画化が決定している『明け方の若者たち』だった。小説家デビューだった同作について著者は「1/3くらいは私小説ですね」と説明していたのである。それに対し、「こういうものも書ける」と示したい気持ちもあったという『夜行秘密』は、章ごとに主人公が交代する形式だ。複数の視点から語られるスタイルで内容が立体的になっているといえる。著者がどこまで意識したかわからないが、前作から新作への変化をめぐるindigo la Endとのこの符合は興味深い。


 小説『夜行秘密』は、映像クリエイターの宮部あきら、ブルーガールというバンドで活動する岡本音色(ねいろ)、小劇団に所属し脚本も書く岩崎凛、高校生の松田英治など、ほかにも複数が視点人物となって彼らの出会いと別れを描く。アルバムの曲名が章題になっているが、順番は曲順通りではなく組みかえられている。ただ、最初が「夜行」、最後が「夜の恋は」であることは変わらない。


 各章はそれぞれの曲を単純に再現しようとしたのではなく、歌詞内のイメージ、部分的なフレーズと微妙に響きあうように書かれつつ、トータルで1つの物語に構成されている。両者がどのように関係しているかは、小説を読み、歌詞を読み聴いた人がそれぞれ想像すればいい。私もここで若干の解釈を試みたい。


 タイトルにもなっている「秘密」という言葉は「夜行」の詞に出てくるが、小説で序章的な位置にある「1.夜行」には出てこない。ただ、小説の紹介文に抜き出された「それは、彼女と僕だけの秘密です」の1行は、終盤に登場する。この「秘密」を核にして、様々な人物が交代で主人公になるこの小説が組み立てられている。


 「1.秘密」では駅のホームで松田英治が岩崎凛と出会い、何本も電車がくるのをやり過ごすということを繰り返す。だが、その章以後、2人が一緒に登場する場面は、なかなか訪れない。「2.左恋」からの章はいったん過去に戻ってストーリーが進むのであり、英治と凛がどのようにして出会うに至ったのか、紹介文の「それは、彼女と僕だけの秘密です」はどういう意味かという疑問も小説を読む牽引力となる。


 岡本音色がメンバーであるブルーガールのミュージック・ビデオを、宮部あきらが制作することになるのが、物語の展開の大きな起点だ。すでに売れっ子クリエイターである宮部は、自らの才能をいいことに周囲に傍若無人な態度をとる。それに対し、成功のチャンスをつかんだ音色は、自分を見失うような状態になる。


 面白いのは、それまでライブハウスで集客力のなかったブルーガールが、ネットでどんな風に話題になったかだ。音楽配信サービスで音源を公開すると「自転車」という曲が動画投稿サイトで大量にカバーされ、SNSやテレビで紹介され注目が集まった。そのことが、宮部によるビデオ制作に結びつく。


 岩崎凛のとらえかたによると、ブルーガールの音楽の特徴は次のようなものである。



ところどころでジャズやファンクの要素が垣間見えるサウンドは、流行りといえば流行りのようにも思えましたが、イントロやメロ、サビごとに大胆に転調していき、同じサビが来ない構成になっている曲が多いのは、とても新鮮に感じられました。



 「自転車」も同様の構成なのだが、話題になってからは四つ打ちでノリやすい部分だけがとりあげられた。そのフレーズは実際には曲中で一度しか登場しないのに(流行歌のクリシェからはみ出そうとする川谷絵音の作風を誇張した設定とも感じる)。バンドの実体と異なり、曲の一部分が一人歩きしたこの齟齬が発端となり、関係者に様々な影響を及ぼす。


 さらに中盤ではある人物がSNSにスキャンダラスな情報があげられ炎上騒動となり、パワハラ、セクハラ、ジェンダーなど社会的テーマも盛りこまれている。「作品」と「作者」を物語にして結びつけ、勝手に感動したり憶測で嫌悪することの馬鹿馬鹿しさ。弱者の権利や人権の尊重を言っていた人が被害者の自己責任論を語り出すことへの怒り。作中では、昨今のネット世論への批判も語られるのだ。


 そういった後半の展開を考えると、「自転車」の一件は、本作で象徴的なエピソードになっているといえる。キャッチ―な一部分ばかりが注目されたものの、「自転車」にはほかにも多様な要素があった。SNSの炎上もそれに似ている。一部の情報が流通し、批判や憶測の発言が大量に出回るが、それらが本人のすべてを言いあらわせているわけではない。


 無理解に関するエピソードは、ネットについてのものばかりではない。先に述べた通り、本書は章ごとに視点人物が交代し、お互いが相手をどうとらえているか、読者の前で内心をそれぞれ語るごとき内容になっている。オフラインの人間関係だって、いくら努力しても、すべてを理解しあえているわけではない。


 締めくくりの「14.夜の恋は」のもとになった曲の詞には「二人は1+1になってしまった」という一節がある。「彼女と僕だけ」の「二人」で共有する「秘密」もあれば、秘密にするつもりはなかったのに相手に伝わらなかったこと、気持ちのすれ違いで気づかぬままだったこともある。そういった切なさや苛立ちを、「1+1+1+……」の複数視点の構成が効果的に浮かびあがらせているのが、本書の妙味だろう。


■書誌情報
『夜行秘密』
著者:カツセマサヒコ
カバーイラスト:与
カバーデザイン:岡本歌織(next door design)
企画:AOI Pro.
出版社:双葉社
発売日:2021年7月2日
予定価:1,540円(本体1,400円)
特設サイト ※5話まで無料公開中
Amazonページ


■あわせて読みたい
【『夜行秘密』発売記念インタビュー】カツセマサヒコが考える、“いま”小説を書く意味


    前日のランキングへ

    ニュース設定