『鬼滅の刃』で最も救いがなかったキャラは? 猗窩座から風柱&蛇柱まで、辛すぎる人生を振り返る

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2023年06月08日 10:51  リアルサウンド

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※本稿は『鬼滅の刃』のネタバレを含みます。原作未読の方はご注意ください。


 2020年に原作が完結したあとも、完成度の高いアニメで世間を騒がせている『鬼滅の刃』。本作の連載開始以前から、作者である吾峠呼世晴の読み切り漫画を追い続けてきたライターの若林理央が、3回に分けて「特に〇〇だったキャラクター」を3人ずつピックアップするこの企画。第一回目は、「最も救いがなかったキャラ」を考えてみたい。


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 まずは前提から振り返りたい。『鬼滅の刃』のキャラはだいたい「鬼殺隊」(鬼を倒すための人間による組織。中でも驚異的に強い隊員は最も位の高い「柱」である)に所属する人間か、人間を喰らう「鬼」かに分けられる。鬼たちももともとは人間であり、そのほとんどが辛い過去を持ち、哀しい運命をたどっている。鬼にも位があり、中でも6人の上弦と呼ばれる鬼たちは鬼殺隊が百年以上に渡り殺せないでいる。強さの順は上弦の壱、上弦の弐……と厳格に決まっていて、上弦の壱の上、頂点にいるのがラスボスの鬼舞辻無惨だ。


 『鬼滅の刃』は悲劇的な運命に流されて鬼殺隊に入ったり鬼になったりするキャラがほとんどだ。家族を殺されてこの世から鬼をなくそうと志す主人公の竈門炭治郎、たったひとりの家族である双子の兄を鬼に殺された霞柱の時透無一郎、鬼と戦うために不可欠な呼吸が使えず鬼を食べて力を得るしかない不死川玄弥、鬼になった自分を殺そうとした親を見て家族に執着するようになった鬼の累、遊郭の最下層で生まれ育った兄妹であり、鬼になることで搾取される側からする側に変わった妓夫太郎と堕姫など、数えればきりがない。


 3人だけをピックアップするのは無理に等しいが、「特に」「私個人から見て」を前提として、鬼からひとり、人間からふたり選んだ。最終回までのネタバレも含むため、まだアニメしか見ていない人は注意してから読み進めてほしい。


■猗窩座(上弦の参)


 大人気キャラである炎柱・煉獄杏寿郎との戦いの際、上弦の鬼の中で初めて登場したのが猗窩座(あかざ)である。直情的な性格の鬼であり、鬼の中での位も上弦の参と非常に高い。


 猗窩座は人間との戦いでは饒舌になるが、味方であるはずの鬼たちの前ではむしろ無口で、女性は食べないという特徴もある。これはのちに明かされる猗窩座の過去の伏線になっている。


 人間時代の彼は狛治という名前で、ほかの鬼たちの哀しい過去を吹き飛ばすほど悲惨な運命にあった。病弱な父を養うため窃盗を繰り返す猗窩座は、もともと狛治という名前だった。狛治に真面目に生きてほしいと願いながら父は首を吊って死ぬ。その後、ひょんなことから道場を営む慶蔵に拾われて門下生となり、慶蔵の娘で病を患っている恋雪の看病をすることになる。


 時は経ち狛治は穏やかな生活のなか荒れることもなくなり、恋雪の病も回復してきた。相思相愛のふたりは許嫁になるのだが、そんなつかのまの幸せをひっくり返すような惨劇が狛治に迫っていた。


「そりゃ鬼になってもしかたないだろう」


 原作で猗窩座の過去を知ったあと、インターネット上でそんな言葉を目にした。私自身、こんな救いのない人生なら自暴自棄になるのもわかるし、そんなときに鬼にならないかと誘われたら、従ってしまうかもしれないと感じた。作中に「鬼は哀しい生き物だ」という言葉があるが、それを体現する存在が猗窩座だったのではないだろうか。


 女性を食べなかったのは彼の恋雪への想いが、無意識のうちに残っていたからに違いない。やがて猗窩座も倒される。死後の世界がある『鬼滅の刃』では鬼はかならず地獄行きだ。だが、そんな彼は息絶える瞬間、ある人と再会をする。それこそが彼の人生で唯一の光だったのかもしれない。


■不死川実弥(風柱)


『鬼滅の刃』において、鬼殺隊で鬼を倒すため戦う隊士たちには自己犠牲の精神が宿っている。中でも「柱」と呼ばれる位の高い隊士たちは、自分たちの強さのすべてを鬼を倒すために使いたいと願い、死を恐れない。


 鬼殺隊に入る前の少年時代、実弥は鬼を倒した経験がある。弟や妹たちを殺され、唯一残ったいちばん上の弟・玄弥を守るために殺したのだが、夜が明けて彼が見たのは鬼になった最愛の母親が、自分によって殺された後の姿だった。


 この境遇は主人公の竈門炭治郎とよく似ている。ひとりだけ下のきょうだいが生き残り、ほかの家族は死んでしまう。一方で炭治郎は鬼になった妹を殺すことはなく、むしろ共に戦う相手、守り抜く相手として大切にするようになった。この違いだけでも大きいが、炭治郎と比べると実弥の不幸はより浮き彫りになる。


 まず炭治郎の生き残った妹は鬼となったが人を殺すことはなく、鬼殺隊を助ける役割を果たして最後は人間に戻る。しかし実弥の母親は鬼となった後、人間だったころの自己を喪失して、実弥の幼い弟妹、つまり自分の子どもたちを殺して地獄に行くのだ。


 また、実弥は弟の玄弥を大切に想うあまり突き放し、唯一生き残った弟には幸せな人生を送ってほしいと願っているのだが、それすら上弦の壱との決戦で断たれてしまう。彼は死ぬよりも大きな苦しみを、恐らく一生涯背負うことになる。


 鬼殺隊で生き残る。それは幸せなことなのだろうか。柱ではない炭治郎や禰豆子、炭治郎の同期の善逸、伊之助も命をかけて戦ったが、生き残ったあとには幸福が待っていた。しかし死ぬ覚悟をしたうえで玄弥を守り抜こうとして、それが果たされなかった実弥は「生き残ってしまった」という感覚のほうが近いだろう。


 最終回で鬼ではなくなった禰豆子を見て実弥は玄弥を想いながら微笑むが、その微笑みには想像を絶する苦悩が秘められていただろう。


■伊黒小芭内(蛇柱)


 メインキャラクターのうち、最後に過去が明かされたのが蛇柱の井黒小芭内である。


 彼が実弥と異なるのは、幼少期からむごい仕打ちを受けていたことだろう。実弥も父親から虐待を受けていたようだが、彼にはかばってくれる母親とやさしい弟妹がいた。しかし小芭内は、女ばかりが生まれる一族に男として久々に生まれてからというもの、家族からの愛を感じたことがない。


 赤ん坊のころから座敷牢に閉じ込められ、多すぎる食事を与えられていたのは、すべて下半身が蛇の鬼に生贄として捧げるためだった。小芭内の血縁者たちは、この鬼が殺した人間から金品を強奪して生きながらえる一族であり、オッドアイの小芭内は蛇鬼のお気に入りだった。そのため彼は成長するまで生きることができたのだ。


 家族の情愛などゼロだ。小芭内が口に包帯を巻いているのにも残酷な理由があった。『鬼滅の刃』は鬼にしても人間にしても、親、もしくは兄弟から愛されていなかったキャラはほとんどいない。


 前述した上弦の陸である妓夫太郎と堕姫も兄妹愛は深く、捨て子の善逸も赤ん坊のころに母親が死んだ伊之助も、苦労はしたが逃れられないほどの虐待は受けなかった。だからこそ、終盤で明かされた小芭内の過去がなおさら際立つ。彼は家族の愛を知るどころか閉じ込められて鬼に食べさせる目的で育てられたのだ。


 そんな彼は、鬼殺隊の柱に助けられて隊士となり、恋柱の甘露寺蜜璃と出会ってあたたかい感情を知る。


■生=幸福、死=不幸?


 パラドックスが起きる。現実の世界では生きることが幸福、死は不幸だと思われているが、上記の三人に関して言うとそれは正反対なのだ。


 猗窩座が死んだのち向かうのは地獄だが、彼が鬼として生き続けるよりも救いが見える。小芭内は愛する恋柱の甘露寺蜜璃と想いを伝えあってふたりで死んだ。これは、悲惨な人生の結末としては悪いものではないかのように描写されている。


 一方で生き残った実弥は、自分が死んでも弟の玄弥を生かして幸せな人生を送ってほしかったが、叶わなかった。玄弥を危険な目に遭わせないために突き放したのも、結果的には意味がなかったのだ。


 一時瀕死の状態になった実弥は、鬼になって子どもたちを殺してしまった母が、生前暴力をふるっていた父といっしょに地獄にいることも知っている。


 最も救いがなかったのは誰なのか。その答えは読者にゆだねられるが、私は過去ではなく物語が織りなされていたころの「救いのなさ」という点で見れば、実弥がずば抜けていたように思えてならない。


 ただこれも、読者によって感じ方はさまざまだろう。この記事が『鬼滅の刃』に登場したキャラの人生を振り返るきっかけになれば嬉しい。


(文=若林理央)


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  • 好き放題やったからかわいそうとは思わないけど、自分の非を微塵も思わず、恐怖は克服しようとせず、誰も信用出来なかった無惨が一番救いがないよね…
    • イイネ!2
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