夜間は無人で24時間営業 新しい形の書店を模索するトーハンと山下書店の挑戦

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2023年07月28日 17:00  コミックナタリー

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山下書店世田谷店
東京・東急世田谷線の松陰神社前駅そばに店を構える山下書店世田谷店が、2023年3月に夜間・早朝の無人営業システムを導入し、24時間営業モデルの実証実験をスタートさせた。同店舗では現在、10時から19時まで有人での営業を、19時から翌10時までの間、無人での営業を行っている。

山下書店世田谷店は約30坪ほどの“街に根付く本屋さん”だ。

コロナ禍に始まった時短営業が現在もそのまま続く店舗も多い書店業界。そんな時代になぜ24時間営業を行うのか。山下書店を運営するスーパーブックスの村井徹平氏と、実証実験を行っているトーハンの和田隆氏に話を聞いた。

取材・文 / 宮津友徳 撮影 / ヨシダヤスシ

■ 話を聞いたのはこの人
□ 和田隆(ワダタカシ)
トーハン経営企画部マネージャー(新規事業担当)。好きなマンガは「宇宙兄弟」で、「夢があって自分の子供たちにも読ませたい。読んでいると自分の子供たちがどういうふうに成長するのか楽しみになってくる」とのこと。

□ 村井徹平(ムライテッペイ)
スーパーブックス第2営業部長。好きなマンガは「アオアシ」や「ブルーロック」などのサッカーマンガで、子供と一緒にアニメを観始めた後マンガで先を読むようになるほど熱中しているとのこと。

■ 「いつ行っても開いている」というサービス
まずは山下書店について改めて紹介しておこう。トーハンのグループ会社であるスーパーブックスが運営する山下書店は現在東京に4店舗、千葉に1店舗を展開している。中でも東京の大塚店は有人での24時間営業を実施。同店舗以外にも羽田空港内の羽田店では6時30分から、半蔵門店では8時から営業を行っており、元より夜間・早朝の営業に力を入れている書店と言えるだろう。

「ひと昔前は、夜遅くまで開いている書店が今以上にあり、スーパーブックスで運営している書店(※スーパーブックスでは山下書店のほか、メディアラインやあおい書店といった店舗も運営している)でも、『いつ行っても開いている』ことをサービスとして、夜遅くまで営業している店も多くありました。大塚店では夜間の時間帯で採算が見込めるということもあり、現在も24時間営業を続けています」(村井氏 / スーパーブックス)

スーパーブックスが運営する書店でも、コロナ禍以降の時短営業がそのまま続いている店舗があるという。そんな中、夜間は無人という形ではあるが24時間の営業が山下書店でスタートしたのには、どのような経緯があったのか。それは書店運営が年々成り立ちにくくなってきているという課題に関連していた。

「トーハンは取次と呼ばれる会社で、出版社から本を仕入れて書店に卸売をすることが主な事業です。本の情報が集まるので、書店用にコミックや文庫の発売日一覧をご提供したりしていますから、コミックナタリーの読者さんもトーハンのロゴを店頭でご覧になったことがあるかもしれません。近年、書店の経営が苦しくなっていることに対しては、トーハンはずっと課題意識を持っていました。その打開策はないかといろいろ探していましたし、もちろんさまざまな対策を打っていて。その中で、今回の実証実験で使用している『MUJIN書店』のシステムを開発しているNebraskaさんというスタートアップ企業が、トーハンに声をかけてくれたのが始まりでした。話をしていく中で『これは面白いね』ということになったんです。ただ、いきなりお取引先の書店にシステムを入れさせていただくというのは、それなりのリスクがあるということもあり。まずはグループ会社のスーパーブックスに相談をして、そこから候補店を決めていきました」(和田氏 / トーハン)

Nebraskaからトーハンに「MUJIN書店」を使用した施策が持ちかけられたのは、24時間営業モデルの実証実験開始の約1年前。トーハンの社員や業界の人間からの紹介ではなく、公式サイトの問い合わせフォームからの連絡だったという。Nebraskaは2021年8月設立のスタートアップ企業。まだ設立間もない会社の提案にもしっかりと対応し施策を実現させるのは、トーハンのフットワークの軽さを物語るエピソードだろう。

■ “自分1人だけの書店”という魅力
「MUJIN書店」のシステムは実際にはどのようなものなのか。無人営業中の利用にあたっては、LINEのアカウントが必要となる。利用者はまず山下書店世田谷店のLINE公式アカウントを友だちに追加後、スマートフォンで店舗ドア横のQRコードを読み込むと認証と解錠が行われ入店が可能に。会計は完全セルフ、キャッシュレスで行い、購買記録をLINEアカウントで確認することも可能だ。退出時の解錠操作は不要となり、退店後は自動でドアがロックされる。

無人営業というと、素人考えで思いつくメリットは、やはり人件費の削減だ。運営者の立場からすると、どういった利点が挙げられるのか。

「メリットは2つあって、1つはおっしゃっていただいた、夜間時間帯のコスト面です。もう1つは普通なら店を閉めている時間に売り上げを取れるという点ですね。また、実際に無人営業時間に店舗に行ってみるとわかるんですが、“自分1人だけの書店”みたいな感覚になってくる部分もあって、長く滞在していろいろな本を見ている方も多いです」(和田氏 / トーハン)

早朝でも深夜でも自分の好きな時間に訪れることができ、タイミングによっては“自分しかいない空間”ということになれば、たしかにちょっとした非日常感が味わえるかもしれない。

■ 新刊は何時から買えるの?
24時間営業する書店と聞いたとき、マンガファンならまず思い浮かぶのは、「新刊は何時から買えるのか?」ということではないだろうか。結論から言ってしまうと、世田谷店では新刊が店頭に並ぶのは朝10時頃が目処だという。夜間は無人営業店舗となるため、品出しがスタートするのがそのタイミングになるのだ。一方、有人で24時間営業を行っている大塚店では0時に品出しが始まるとのこと。

「検品・品出しはスタッフが行うので、世田谷店ではその時間になるんです。一方で大塚店は有人での24時間営業の体制が整っているので、日付が変わったら品出しをすることができる。村上春樹さんの新刊の発売日には、店舗に並ばれている方が、日付が変わった瞬間に本を買っていかれて。ちょっとした一大イベントになったりもしました」(村井氏 / スーパーブックス)

2022年11月に「HUNTER×HUNTER」の新刊が発売された際には、タイムマシーン3号の2人が最新刊を日本一早く手に入れたいと大塚店を訪れ、日付が変わるのと同時に新刊を手に入れる様子をYouTubeにアップしていた。好きな作家の本をいち早く手にしたいというファンにとって、大塚店は聖地とも言えるのかもしれない。

24時間営業は山下書店を象徴する要素の1つだが、もう1つの24時間営業店舗であった渋谷店は2017年に24時間営業が終了し、2018年には店舗自体が閉店している。当時、筆者も渋谷に住んでおり、深夜に渋谷店を訪れると賑わっている印象を持っていた。なぜ渋谷店は閉店することになったのだろうか。

「できるならずっと営業を続けたいという思いはありましたが、当時渋谷の再開発が本格化して、駅からうちの店に行くまでの動線が悪くなってしまい、売上が大きく落ち込みました。できる限りのことは行いましたが、売上は回復できず閉店することになりました」(村井氏 / スーパーブックス)

閉店してしまったものの、渋谷店の夜間の売り上げはかなり大きなもので、大塚店もそれは同様だという。深夜営業店は立地によって大きな利益を生むことができる可能性がある中で、今後も無人営業スタイルの24時間書店は増えていくのだろうか。

「世田谷店の実証実験は7月末までを予定していますが、実はかなり売上効果が出ているので、8月から正式運用をすることを決めました。ただ、ほかの書店に展開するためには、もっと実験と検証を重ねる必要があるので、2店目の実験店の選定など、並行していろいろと進めているところです」(和田氏 / トーハン)

もしかしたらこれを読んでいるあなたの街に、24時間書店がやって来るのも遠い未来のことではないかもしれない。

■ 新しい形の書店の提案
和田氏は今回の24時間営業モデルの実証実験にあたって世田谷店の店頭に立った際、多くの来店客から「どんどん書店がなくなってしまっているので、形が変わっても書店を残してもらえることはとてもうれしい」と言われたという。そんな中で和田氏のチームが無人営業店舗以外に手がけているのが「ブクマスペース」というサービスだ。

「ブクマスペースは書店の店頭をプロモーション用のスペースとしてほかの事業者様に使っていただくサービスです。いろいろな商品を店頭に置いてそれをお客さんが試すことができたり、実際に人が立ってチラシを配ったりという形で使っていただいています。書店って若い方から年配の方まで男女を問わず人がたくさん来るんですよね。そういった方々に向けてプロモーションを行いたい企業ってけっこうあるんじゃないかな、という発想で社内ベンチャー制度から生まれたサービスです。今後で言うと、書店内でのD2Cブランドのポップアップイベントや、路面店の軒先を利用したセールスプロモーション、地元書店の駐車場へのキッチンカー出店など、幅広くブクマスペースを使用していただく予定です」(和田氏 / トーハン)

無人営業店舗も含め、そこにあるのは「書店の収益を改善できないか」「今ある書店を残すだけではなく、形を変えた新しい書店を作り出せないか」という和田氏およびトーハンの熱意だ。一方多くの書店を展開するスーパーブックスでも新たな試みを行っている。

「新たな試みとして、スーパーブックス竹ノ塚駅前店の2階でトレカショップを7月22日にオープンしました。今回の無人書店という取り組みも含めて、さまざまなことにチャレンジしていきたいと考えております」(村井氏 / スーパーブックス)

2022年における日本の書店数は1万1495店舗(一般社団法人日本出版インフラセンター(JPO)書店マスタ管理センター調べ)。20年前、2003年の2万880店舗から約半減という形だ。リアル書店の苦境が叫ばれるが、今後も新しい形の書店が生まれていくのだろう。

■ 山下書店世田谷店
住所:東京都世田谷区若林4-20-8
営業時間:24時間 ※19:00〜翌10:00までは無人営業。
定休日:無休

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