左膝手術から復帰を目指すオリックス・内藤鵬 同期の巨人・浅野翔吾に刺激を受け再起を誓う

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2023年09月05日 06:42  ベースボールキング

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オリックス・内藤鵬 [写真=北野正樹]
◆ 猛牛ストーリー【第93回:内藤鵬】

 2023年シーズンにリーグ3連覇、2年連続の日本一を目指すオリックス。監督、コーチ、選手、スタッフらの思いを、「猛牛ストーリー」として随時紹介していきます。

 第93回は、23年ドラフト2位の内藤鵬内野投手(18)(日本航空石川高校)です。

 5月5日のウエスタン・リーグ阪神戦(甲子園)で左膝を負傷。左膝外側半月板損傷の手術を受けリハビリに務めてきましたが、8月末からジョギングが出来るようになりました。SNSを通じて親交のある巨人のD1浅野翔吾外野手(18)(高松商業高校)の活躍に刺激を受け、再起を誓っています。


◆ 「じっくりと治す方を選びました」

 避けられないケガだった。

 5月5日の「こどもの日」の悲劇。「ファーストの方と僕がぶつかりそうになって、それを避けようと思って、もう飛ぶしかなかったんです。ブレーキをかけて、やってしまったな、という感じでした」

 思い出したくない出来事に違いないはずだが、8月29日からジョギングが出来るようになったこともあり、静かに当時の状況を語ってくれた。

 ケガは思いのほか重かった。

 一般の人なら手術しなくても日常生活には困らないが、スポーツ選手だけに手術は不可避。医師から決断を迫られたのは、手術の方法だった。

 3カ月程度と、6カ月以上はかかる手術の2つ。短ければ復帰時期は早まるが、再発のリスクも増える。じっくりと治すか、早い復帰を取るか。

「僕はやっぱり、頭の中が幼かったんですね。早く治したいという思いが強かったんです、チームに迷惑をかけていましたし。トレーナーの方に相談して、大人の人の意見をしっかりと聞いて、じっくりと治す方を選びました」

 焦る心を、福良淳一ゼネラルマネジャー(GM)の一言が静めてくれた。

「GMからは『しっかりと治せ。中途半端に終わらせるのがダメだから、完璧に治しなさい』と言っていただきました。それを聞いて安心したところはありました」と内藤。


 球界の先輩の復活劇も参考になった。

「同じ手術をされている中村剛也選手(西武)や中田翔選手(巨人)が活躍しているのを知り、安心しました。手術を信じたいと思えるようになりました」

 入院約1週間後に青濤寮に戻り、松葉杖が外れたのは約2カ月後。その間、外出はもちろん出来ず、自室とウエートトレーニング室を往復するだけの生活。風呂に併設されたサウナで汗をかくことだけが楽しみだったという。

 バランスボールに乗って素振りをしたり、ウエートトレで上半身を鍛えたりしたことで、両方の腕周りは5センチもアップしたが、下半身の強化はまだこれからだ。


 内藤を苦しめたのは食事制限だったという。制限と言っても、ケガは日にち薬。食べていけないものはなかったが、下半身を使った運動が出来ないため、食事の量を減らすしかなかった。

「食べるのが好きなので、これが一番つらかったですね。ケガをするまでの4割程度まで食事量を減らしたり、カロリーの少ないおかずを選んだりしていました」

 YouTubeなどを見ていると、これまでの視聴傾向から「大食い」など食事系の映像が優先的に流れてくるのも、つらかったという。

「ケガをする前の冷蔵庫には、アイスやゼリー、ジュースが入っていたのですが、今は水しか入っていません」。
 

◆ 「この手術を選んでよかったと思えるようになりたい」

 ようやくティー打撃も出来るようになった。

 高校時代の通算本塁打は53本。今年1月の入寮翌日の「合同自主トレーニング」前の自主トレで、場外本塁打を量産した。両翼100メートルの左翼後方の給水タンクの上のネットにボールが乗っているのを見たグラウンドキーバーが驚いたという長打力が魅力の将来の主砲候補。

 巨人にドラフト1位で入団した浅野とは、高校時代にSNSを通じて知り合い、連絡を取り合う仲だ。

 浅野は7月8日のDeNA戦(東京ドーム)で1軍デビューし、8月18日の広島戦(マツダスタジアム)では1号2ランを放ち、チームの勝利に貢献した。
 
 ケガをした時の成績は、2軍で28試合に出場し、打率.198、本塁打2本。

「コーチの方からは細かいことは何も言われず、思い切って今の自分をしっかりと試していけという感じだったので、今の自分を全部出していこうと思っていた状況でした。打撃成績はよくなかったのですが、プロにも慣れて来たのもあってか、ボールの見え方が最初の頃とは違うという感覚があったのです」

 何かをつかみかけた矢先のアクシデントでもあった。それだけに、同年代の選手の動向は気になった。

「他球団の同い年の選手の活躍はうれしいのですが、悔しいし、焦る気持ちも正直に言ってあります。でも、ここで焦ったら、回復まで長くかかる手術をした意味がありません。欲に負けずにしっかりと治して、この手術を選んでよかったと思えるようになりたい」と、はやる心を抑える。

 ケガをしたことで、支えてくれる人たちへの感謝の心も改めて芽生えた。

「入院中、動けなくてすることもなく、眠れないことがありました。そんな時、見回りに来て下さった看護師さんが話の相手になって下さりました。その後の経過をSNSを通じて報告すると『よかったですね』と。そういうのを見ると、一人じゃないんだな、と思いますね。両親への感謝も改めて思いました」
 
 不慮のケガで、目標とした1軍デビューは叶わなかったが、得たものも大きかった。再発を防ぐ手術が遠回りではなかったことを証明してみせるつもりだ。


取材・文=北野正樹(きたの・まさき)

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