バスケ日本代表入りの戦いに挑む原修太の決意 パリ五輪へ「自分の色をもっと出したい」

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2024年02月22日 07:41  webスポルティーバ

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原修太インタビュー前編

 2022-23シーズンのBリーグでは所属する千葉ジェッツの史上最高勝率達成に貢献し、自身もベスト5とベストディフェンダー賞に輝いた。昨夏のFIBA男子ワールドカップ2023では日本代表の一員としてチームのパリ五輪出場権獲得に貢献。この1〜2年は、原修太のバスケットボール人生のなかで最高の時になったと言っても過言ではないだろう。

 FIBAアジアカップ予選Window1(2月22日にグアムと、2月25日に中国と東京・有明コロシアムで対戦)へ向けての22名の候補者合宿にも選出され、パリ五輪も視野に入れていくことになる。

【ワールドカップ後の意識の変化】

――昨夏のワールドカップでは、日本代表の躍進でバスケットボールが国内で人気を一気に上げました。原選手も代表の一員だったわけですが、大会後は、例えば街中で気づかれることが増えたなど、変化はありましたか?

「そういうことも増えましたが、そこまで言うほどではないですし、(千葉から)東京に出ると全然、普通に行動できます。ただ、別の業界の方とご飯に行く時にバスケをやっていますっていうことを伝えると、以前までなら『聞いたことがある』くらいだったのが『あ、ワールドカップですごかったよね』『見たよ』などと言っていただけるようになってきたので、そこは変化を感じます」

――日本代表として国を背負ったからには、ちゃんとプレーしなければといった意識はありますか?

「昨シーズンはジェッツで結果を残していましたが、2月の日本代表招集があった時には呼ばれず、その時は『しょうがないか』『選ばれたらラッキーだったかな』くらいにしか思っていませんでした。ただ、今は1回、世界を経験して、日本代表のチームとして成績を残せたけど自分のなかでは課題や通用しなかった部分もあった。もう1回、世界でリベンジしたいという思いが強くなっているので、代表への思いは明らかにこの1年で変わりました」

――ワールドカップ本戦では、開幕のドイツ戦とその次のフィンランド戦ではジェッツのチームメイトでもある富樫勇樹選手とともに先発としてコートに立ちました。アジア予選では招集されず、本戦直前の強化試合でも先発はアンゴラ戦での1試合だけ。ご自身としても驚かれたのでは?

「合宿中から(渡邊)雄太(NBAメンフィス・グリズリーズ)とジョシュ(・ホーキンソン/サンロッカーズ渋谷)たちのコンディションが整わず、(大会前に)全員が揃ったことがほぼありませんでした。

 それで、アンゴラとの強化試合後の練習でドイツ対策をしていくなかで、雄太とジョシュと出ることがあったので、もしかしたら、とは思ってはいたんですけど、『ああ、僕なんだ』というのは正直ありました」

【代表メンバー争いの葛藤を経て】

――同じシューティングガード(SG)には多くの候補選手がいます。

「正直、トム・ホーバスヘッドコーチの体制になってから最初に呼ばれていただけで、その後は1回も出ていませんでしたので、本当に下のほうからのスタートでした。

 本大会前の6月にギリギリに呼んでいただいて、須田(侑太郎/名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)さんとか金近(廉/千葉ジェッツ)とかたくさんライバルがいるなかで、『仲間だけどライバル』という状況で合宿を2カ月間ずっとやっていましたが、その期間は難しかったです。

 というのも、個人競技であればライバルと思えるかもしれないですけど、やっぱりチームスポーツなので仲間でもあるわけです。一方で自分もアピールしなきゃいけない、いつも同じポジションの人が活躍することによって自分が選ばれないかもしれないとか、そういう際(きわ)の部分でやっていたので、結構ストレスもありました。

 でもそういうことを経て、コートにスタメンにしていただいた時は、本当に『やっとここまで来た』っていう気持ちにはなりましたね」

――比江島慎選手(宇都宮ブレックス)などは、大会前の合宿中、競争の激しさから「胃が痛い」と言っていました。

「そうですね。本当にみんなよかったですし、正直、難しいですよね。SNSはあんまり見ないようにしていたんですけど、ツイッター(現X)だと『おすすめ』が出てくるようになっているので、『誰がいい』なんていうコメントが出てくる。途中からはもう見るのもやめたんですけど、そういう情報が常に入ってくるなか、みんな、ピリピリしていましたね」

――本戦のメンバーに選ばれて「ここがよかったから」などの理由は、ホーバスヘッドコーチから聞かされたのですか?

「いや、ここがいいからというよりは、僕はディフェンスを買われて合宿に呼ばれたわけですが、(強化試合の)初戦の台湾戦でシュート決められたのが一番の大きなターニングポイントだったのかなとは思っています。本当に、本戦よりもその2カ月が一番つらかったですね」

――大会本番についてはいかがですか。

「本大会中は、勝ったフィンランド戦でも個人で点を決められなかったとか課題やできなかった部分はありました。そんななかでも、一番大事なのは国を背負い、国として結果を残すというマインドだったので、悔しい気持ちもあったんですけど、大会中も結構、チームのことを考えるのは大変でした」

――ドイツとフィンランドとの試合では先発をした一方で、大会全体では出場時間(平均8.7分、得点はなし)と伸びなかったが、そこについてはどう振り返りますか?

「やっぱりBリーグのチーム(ジェッツ)とは役割が違います。ディフェンダーであることに変わりはないかもしれないですけど、オフェンスもディフェンスもシステムが違う中で、もう少し自分の色を出せたらもっと代表でも貢献できたんじゃないかなとは思います。

 ただ、途中からは切り替えて、本当にスタッツに表われない部分、ディフェンスで前から当たって圧をかけたり、短い時間の中でもやろうっていう意識はしていました」

【ジェッツでも代表でも自分の色を】

――アジアカップ予選の代表候補にも選ばれました。ワールドカップで課題として残った部分を生かしながらプレーしていく感じでしょうか?

「やれることはもう自分の色を出すことだと思っているので、特に代表だから変えるっていうよりは、代表のシステムの中で自分のよさをもっと出すことが大事なのかなと思います。

 ジェッツではポイントカードみたいなボールを運ぶ役割も任されているのですが、代表では基本的にセットプレーはポイントガード主導でやることが多く、ボールを触る時間が少なくなるので、チームのために自分の色を出す部分を考えながらやっていきたいなと思っています」

――ワールドカップから半年が経ちましたが、今回の代表活動はアジアカップ予選というよりも、パリ五輪へ向けてといった気持ちが強いですか?

「ワールドカップ本選には選んでいただいたんですけど、本当に誰が選ばれてもおかしくなかった。特に僕のポジション(シューティングガード)は、マコさん(比江島)が言ってたと思いますが、胃が痛くなるようなギリギリの競争だったので、前回選ばれているかといって今回も選ばれる保証はないですし、また競争が始まる......と思うと、ちょっと嫌かもしれないっすね(苦笑)」

――ワールドカップ前には「選ばれたらラッキー」と考えていたとおっしゃっていましたが、今はワールドカップを経験して、パリ五輪のメンバー入りに向けての心境は違うところはありますか?

「そうですね。ワールドカップに選ばれてまた(パリ五輪に)行きたいという思いが今はあるので、そのために勝ち残らなきゃいけない気持ちはあります。その点はワールドカップの合宿前とはやっぱり違いますね」

――ワールドカップを経験したことは他の選手たちに比べて有利に働くと考えていますか?

「関係ないと、僕は思っています。8月中旬の有明の強化試合をする前までは須田さんも金近も、ケガをしてしまったヒュー(渡邉飛勇/琉球ゴールデンキングス)もいましたし、変わりはなく、みんな同じスタートラインからなんじゃないかと思います」

――オリンピックはワールドカップとはまた違う世界大会ですが、どういった印象ですか?

「ワールドカップより厳しい戦いになると思っています。(パリ五輪の出場は)12チームで、ワールドカップでアジア1位になるより、オリンピックのOQT(世界最終予選)で勝ち残るほうが難しいと、沖縄で戦った12人がそう考えていたからこそ、アジア1位を狙って頑張ったわけですから。

 オリンピックは厳しいOQTを勝ち抜いた12チームになると考えると、ワールドカップで(日本が)勝ったチームよりもレベルの高いことをやらなきゃいけないので、楽しみではあります」

――東京五輪の時は日本代表への意識はどのくらい持っていたのですか。また、実際に代表の戦いぶりはどう見ていたのですか?

「日本代表を目指してはいたんですけど、東京五輪までは(実力的に)絶対呼ばれないと思っていました。(実際の本戦は)第三者の目線で見ていましたが、やっぱりレベルが高かったし、日本は1回も勝てなかった。ただ(初戦の)スペイン戦では前半いい試合をしていましたから、それを40分間続けていけば、いけるんじゃないかとかも、その時は思っていました」

インタビュー後編に続く

【Profile】原修太(はら・しゅうた)/1993年12月17日生まれ、千葉県出身。市立習志野高→国士舘大→千葉ジェッツ。身長187cm、体重97kg。高校までは全国大会で目立った活躍はなかったが、大学入学後から徐々に才能を開花しシューターとして活躍。大学卒業後に当時、NBLの千葉ジェッツに入団すると、プロ2年目、Bリーグ開幕の2016-17シーズンから徐々に出場機会を増やし、3年目からはチームの主力に定着。これまでBリーグ優勝1回、天皇杯優勝4回を経験。2022-23シーズンはリーグのベストディフェンダー賞、ベスト5に選出され、2023年夏のワールドカップでは日本代表としてパリ五輪出場権獲得に貢献した。愛称は「ハラーニ」。

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