F1は「忖度なし、容赦なし、配慮なし」 元ホンダ技術者・浅木泰昭が語る今季展望

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2024年03月01日 17:31  webスポルティーバ

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元ホンダ・浅木泰昭 インタビュー前編(全2回)

 F1の2024年シーズンがいよいよ開幕。開幕戦のバーレーンGPは、日本時間の3月3日(現地2日)に決勝レースが行なわれる。2023年は、レッドブル・ホンダが22戦中21勝と圧倒したが、その勢力図に変化はあるのだろうか?

 今回、F1で最強を誇るホンダのパワーユニット(PU)の開発責任者を務め、現在はDAZNのF1中継でコメンテーターとして活躍する浅木泰昭氏にインタビュー。前編では、今シーズンの見どころをエンジニア目線で語る。

【メルセデス不振の要因を見極めるシーズン】

ーー2024年シーズンはどんなところに注目していますか?

浅木泰昭(以下同) メルセデスの不振が終わるのか、それとも続いていくのか。その一点に私は注目しています。今年もメルセデスが優勝争いに加わることができなければ、マシンの開発体制に問題があるということがはっきりすると思います。

 逆に速いマシンをつくり上げることができれば、2014〜2021年にコンストラクターズタイトル8連覇を達成したメルセデスの開発力は維持されているということです。2022年に導入されたグラウンド・エフェクト・カーのレギュレーションに合わせてマシンを開発したけれども、過去2シーズンはただ単に"外して"しまったということになります。

 2024年シーズンは、メルセデスの不振の原因を見極める年になる、という観点でレースを見ていくつもりです。

ーーメルセデスのマシンの出来次第でシーズンの行方が変わってくると予想していますか?

 そう思います。レッドブル・ホンダはドライバー、車体、パワーユニット(PU)のすべてが高いレベルでまとまっていますので、今シーズンも強いはずです。でも、昨シーズンのような、22戦21勝というのは異常です。「他のチームが何をやっているんだ」ということですが、とくにメルセデスがダメすぎたというのが私の見方です。

 メルセデスがマシンを仕上げてきたら、今シーズンは「レッドブル対メルセデス」の構図になると思います。本来は昨シーズンもそうならなければならなかったのですが、メルセデスが自分たちのPUを供給しているカスタマーのアストンマーティンやマクラーレンが注目を集めました。

 ただ、アストンマーティンとマクラーレンがレッドブルと互角の勝負ができたかと言えば、そうではありません。昨シーズン、レッドブル・ホンダが独走した最大の要因はメルセデスが失敗したことだと思っています。

【ホンダでも起こった経営問題】

ーーメルセデスがマシン開発に失敗したら、レッドブルが今シーズンも独走してしまう?

 昨シーズンの再現はあるかもしれませんが、そうなったら一大事です。メルセデス内部で揉めごとが発生するかもしれません。大体、大きな企業が所有するチームは、2、3年くらいは結果が出なくても我慢できますが、5年も勝てないと経営問題になってきます。

 ホンダの場合、2015年にマクラーレンと組んで第4期活動をスタートさせましたが、最初の3シーズンは完走することもままならない状況が続き、社内では「こんなにお金を使ってブランドイメージを落としてどうするんだ」と問題になってきました。メルセデスは過去2シーズンで1勝はしていますが、今年も結果が出ないと、問題が徐々に噴出してくると思います。

 レッドブルの創業者のディートリヒ・マテシッツさんやアストンマーティンのローレンス・ストロールさん、もっと言えば本田宗一郎さんのような強力なリーダーが、「F1活動は企業のため必要だ」と言いきれば問題はないんです。周囲がリーダーのF1への情熱を感じとって、反対することがありません。でも、創業家のあとを受け継いだリーダーや経営者はそうはいきません。

 F1のような膨大なお金を使っているプロジェクトは結果が伴っていないと、自動車メーカーが活動を続けていくのは相当苦しいです。負け続けていると、「こんな人間がリーダーだと会社が潰れてしまう」と株主や投資家、社内の反対派などが口を挟んできたりして、外乱がいろいろと起こります。それは世の常ですし、歴史が証明していますよね。F1が始まった1950年から参戦し続けている自動車メーカーは、フェラーリしか存在していませんから。

ーー今年はPUの開発は基本的に凍結されていますが、各メーカーの力関係はどのように見ていますか?

 ホンダ、メルセデス、フェラーリに関してはほぼ差はないと言っていいと思います。アルピーヌが少し落ちていると言われていますが、ホンダがマクラーレンと組んでF1に参戦した時のメルセデスとのパワー差に比べれば、たいしたことないと思いますよ(笑)。

 第4期のマクラーレン・ホンダ時代だけでなく、レッドブルと組んだ初年度や2年目(2019〜2020年)でもメルセデスとのパワー差はけっこうありました。それと比べると、今のアルピーヌとライバルとのパワー差は非常に小さいと思います。

 でもルノーは昨シーズン、PUの競争力が劣っているとして救済措置の適用を求めていました。他のPUメーカーの代表者は反対していましたが、私も賛同しません。F1らしくなくなってしまいます。

 F1は「忖度なし、容赦なし、配慮なし」です。レースをおもしろくするために、BOP(バランス・オブ・パフォーマンス)と呼ばれるマシンの性能調整を行ない、勝ったり負けたりの接戦を演出するということはいっさいありません。私は、BOPを採用するレースを否定しているわけではありませんが、強いチームが勝ち続け、弱いチームが負け続けるのがF1という競技です。そういう究極のレースだからこそ、技術者の競争やブレイクスルーが生まれ、人材も育つと考えています。

【角田裕毅の表彰台は「十分にある」】

ーーホンダのPUを搭載するもうひとつのチーム、角田裕毅選手がいるビザ・キャッシュアップRBに関してはどのように見ていますが? 今シーズンはレッドブルの技術が搭載されたマシンが投入されています。

 昨シーズンの段階から、レギュレーションで許される範囲でレッドブルに技術を使えば十分に速いだろうと感じていましたので、チームの首脳陣は真っ当な判断を下したのではないでしょうか。

 ビザ・キャッシュアップRBは、マテシッツさんが亡くなってチーム内部に変化があったように感じます。マテシッツさんが存命だった時代は、それほどお金の心配をせずに若いドライバーを発掘や育成していればよかった。

 でも今は、レッドブル・グループが企業として所有するのであれば、コストに見合っただけの収益を上げる必要が出てきたと思います。コンスラクターズ選手権で順位を上げれば分配金が増えて開発予算が増えますし、スポンサーもつきやすくなります。コストを少しでも削減して収益を上げるという「普通の会社(チーム)」に移行していかざるを得なくなったと思います。

ーービザ・キャッシュアップRBのマシンは競争力が高そうですし、信頼性の高いホンダのPUが搭載されています。角田選手には表彰台への期待が高まっています。

 関係者の多くは角田選手とダニエル・リカルド選手とのパフォーマンスを比較して見ていますよね。リカルド選手よりも好成績を出せれば評価が上がると思います。F1通算8勝のリカルド選手という評価の比較対象があるのは諸刃の剣ですが、チャンスでもあります。ランド・ノリス選手が2022年シーズン、マクラーレンでリカルド選手に対して圧倒的な成績を残しましたが、それぐらいのパフォーマンスを見せてくれれば、ノリス選手ぐらいできるかもしれないという評価につながっていくと思います。

 表彰台のチャンスは十分にあると思います。2020年、当時のアルファタウリ・ホンダのピエール・ガスリー選手はイタリアGPで優勝しています。今シーズンは24戦もあります。そのなかで運が向いてきたレースでチャンスをつかめば、表彰台に上がることは決して不可能ではないと思います。

後編<2026年のホンダのF1復帰を、過去ホンダを世界一に導いた技術者・浅木泰昭が展望する>を読む

【プロフィール】
浅木泰昭 あさき・やすあき 
1958年、広島県生まれ。1981年、本田技術研究所に入社。第2期ホンダF1でエンジン開発を担当。その後、初代オデッセイやアコードなどのエンジン開発に携わり、2008年から開発責任者として軽自動車のN-BOXを送り出す。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職し、現在はDAZNのF1中継でコメンテーターを務める。2024年3月26日には初の著書『危機を乗り越える力』(集英社インターナショナル)を上梓。

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