2026年のホンダのF1復帰を、過去ホンダを世界一に導いた技術者・浅木泰昭が展望する

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2024年03月01日 17:31  webスポルティーバ

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元ホンダ・浅木泰昭 インタビュー後編(全2回)

 F1開幕戦のバーレーンGPは、日本時間の3月3日(現地2日)に決勝レースが行なわれる。今回、F1で最強を誇るホンダのパワーユニット(PU)の開発責任者を務め、現在はDAZNのF1中継でコメンテーターとして活躍する浅木泰昭氏にインタビュー。

 2024年シーズンの見どころを聞いた前編に続き、後編では、すでに開発がスタートしている2026年以降のPU開発やアストンマーティンと組んで復帰するホンダの未来について語ってもらった。

【アストンマーティンと組んだ背景】

ーーホンダがF1に復帰する2026年からパートナーを組むアストンマーティンについてどのような印象を持っていますか?

浅木泰昭(以下同) アストンマーティンは現在、トップチームから有能なエンジニアをリクルートし、巨額の投資をしてファクトリーを拡充しています。今シーズン中には新しい風洞の稼働も始まります。絶大なリーダーシップを持つチームオーナーのローレンス・ストロールさんが元気なうちにチームがつくられていけば、いずれはレッドブルと互角に戦えるようになる確率は高いと思います。

 ホンダとの契約交渉の時にストロールさんの話を聞きましたが、彼はF1で勝つために真剣にチーム運営をしています。レッドブルの創設者ディートリヒ・マテシッツさんと同じような勝利への執念を感じました。将来性はあると思います。

ーーアストンマーティンと組む決め手になったのは?

 ホンダとレッドブルはお互いをリスペクトしながら最高の仕事ができていますので、正直言えば、2026年に復帰する際はレッドブルと組むことを当初は考えていました。でも、レッドブルはホンダが撤退を表明した(2022年秋)直後にF1用パワーユニット(PU)製造会社であるレッドブルパワートレインズ(RBPT)を設立し、2026年から自社製のPUで戦うことを決断しました。

 そこでホンダは他のチームと話したわけですが、アストンマーティンが一番乗り気でした。「乗り気」とはどういう意味かと言えば、カスタマーとワークスの差をよく理解していました。現状では、アストンマーティンはメルセデスのカスタマーでしかないんです。ワークスのメルセデスがいいマシンをつくったら、彼らよりも上に行くのは難しい。

 まぐれではなく、「表彰台の真んなかに立ち続けるためにはワークスじゃなければダメなんだ」というのをストロールさんはよくわかっていました。最終的にはホンダと組めば、将来的にレッドブルのような常勝チームになれるという可能性にかけてくれたと理解しています。

【各チームのパワーユニット事情】

ーー現在のPUのレギューションでは2025年シーズンまでは開発凍結になっており、性能向上のためのアップデートは禁止されています。PUメーカーは新たなレギュレーションが導入される2026年以降の開発に注力しているのですか?

 完全かどうかはわかりませんが、シフトしないと間に合わないですね。信頼性にまったく問題がなく、直さなければならないところがなければ、全力で2026年以降にシフトしていると思いますが、少なくとも現行のPUでこれから2シーズンは戦わなければなりません。

 2025年型のエンジンを出荷し終わるまでは、信頼性に関する開発は続いていくと思います。それに信頼性を向上させることは2026年以降のPUにもつながる可能性はありますので、両にらみでの開発になるでしょう。

ーー2026年には新たなPUメーカーとしてアウディ、フォードがRBPTと組んで新規参入してきます。どのように見ていますか?

 ザウバーを買収してフルワークスとして参戦するアウディは、どういうPUのつくり方をするのか、詳細はわかりません。でも普通に考えて、かなり苦労すると思います。ホンダのように過去にF1に参戦していたメーカーでも一回やめてしまうと、順調に関発できるところまでもっていくまでの苦労が多かった。

 まったくF1の経験がないメーカーが始めるとなると、2026年のレギュレーションを見て、何が問題なのかを予測するだけでも大変だと思います。車体側がやらなければならないことは何で、PU側は何をして、PUと車体の双方がどういう協力をしていかなければならないのか。そういうことをちゃんと予測できる能力がないと、開発は大変です。

 さらにテストや開発のための設備をつくるところがけっこう大変です。設備が完成してきちんと稼働するようになるまでに数年かかります。そこから開発が本格的にスタートするのですが、まだこういう設備が足らないと気がついたりして......そんな感じで数年間はトラブルが続くと予想します。しかもPUメーカーにもコストキャップ(予算制限)が課されるなかで、アウディが数年でトップレベルのPUを開発するのは、かなりハードルが高いはずです。

【ホンダとレッドブルの水面下のやりとり】

ーーRBPTについてはどう見ていますか?

 自動車メーカーではないレーシングチームがPUを開発・製造するのは非常に難しいと思います。なぜなら部品や原材料のサプライチェーン(供給網)を含めて構築しなければならないからです。

 たとえば、エンジンの主要部品やバッテリーにしても、お金を出したら買えるという単純なものではありません。自動車メーカーの場合は、部品や材料のメーカーと量産部門での長い付き合いがあり、そこで利益を上げているので、なんとかF1でも手伝ってくれるというところがあります。でも、時にはホンダでも「ちょっと勘弁してください」と言われることがあります。それが現実です。

 量産部門でのつながりがまったくないレーシングチームがいきなりトップレベルの部品や材料を確保することができるのか、という問題に今からRBPTは直面すると思います。そういうハードルを乗り越えて、競争力の高いPUをつくれるのか。そこは注目していますし、逆に実現できれば快挙です。

ーーRBPTはフォードと提携し、バッテリーや電動化の技術開発に携わるということになっています。

 フォードが最高峰のバッテリーやモーターを供給できればすごいことだと思います。でもレッドブルはRBPTを設立したあと、ホンダと2026年シーズン以降も提携して戦えないかと声をかけてきました。

 その時、レッドブル側は、内燃機関のエンジンは自分たちでつくるので、ホンダにはバッテリーの開発を担当してほしいと言ってきたんです。それでは技術者の育成や環境技術の開発もできないので、ホンダはレッドブルの申し出を断りました。ホンダの代わりにその役割をフォードが果たせるのかどうかは疑問に感じています。そもそもフォードは20年以上もF1から離れていましたので、現代のF1に通用する技術はないと思います。

 フォードの過去のF1活動を振り返ってみても、彼らの参戦スタイルはスポンサー的な意味合いが強いのかなと感じています。フォードは1960年代後半から2000年代前半までF1活動をしていましたが、イギリスのエンジンビルダーのコスワースに資金援助して開発を任せ、完成したエンジンの名称に「フォード」という名前をつけていました。今回も同じような形になるのではないかと見ています。

【ホンダが自信をつかむチャンス】

ーーアストンマーティンは現在、メルセデスからPU、ギヤボックス、リヤサスペンションを供給されています。2026年以降のホンダはレッドブルと組んでいた時代に比べて、やるべき仕事の領域が増えますね?

 レッドブルは自分たちでギヤボックスもサスペンションもつくっており、ノウハウを持っていました。でも、アストンマーティンはメルセデスのPUと車体部門の担当者が「これを使ってください」と言って渡されたものを使用する仕事しかしていませんでした。でも、これからはホンダと組んでワークスになるので、彼らもワークスの仕事の仕方を学ばなくてはなりませんし、ホンダも助けるべきところは助ける必要があります。

 2026年シーズン、最初から競争力の高いクルマを開発するためにはホンダとアストンマーティンは"ワンチーム"にならなければなりません。ホンダの作業はレッドブルと組んでいた時よりも多くなると思いますが、それはホンダにとって次のステップだと思います。

 レッドブルと組んでいた時は、ホンダは勝たせてもらったところがあります。2026年以降、アストンマーティンが勝つことができれば、ホンダが勝たせてあげたという評価になるはずです。ホンダが新しい自信をつかむチャンスになると思っていますので、大いに期待しています。

前編<F1は「忖度なし、容赦なし、配慮なし」 元ホンダ技術者・浅木泰昭が語る今季展望>を読む

【プロフィール】
浅木泰昭 あさき・やすあき 
1958年、広島県生まれ。1981年、本田技術研究所に入社。第2期ホンダF1でエンジン開発を担当。その後、初代オデッセイやアコードなどのエンジン開発に携わり、2008年から開発責任者として軽自動車のN-BOXを送り出す。2017年から第4期ホンダF1に復帰し、2021年までパワーユニット開発の陣頭指揮を執る。第4期活動の最終年となった2021年シーズン、ホンダは30年ぶりのタイトルを獲得。2023年春、ホンダを定年退職し、現在はDAZNのF1中継でコメンテーターを務める。2024年3月26日には初の著書『危機を乗り越える力』(集英社インターナショナル)を上梓。

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