ブラジル人記者が嘆く「サッカー王国」の没落 五輪予選敗退は氷山の一角にすぎない

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2024年03月03日 10:41  webスポルティーバ

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 2016年リオオリンピック、2021年の東京オリンピックを連覇していたブラジルが、エッフェル塔を見ることなく南米予選でその姿を消した。チームにはレアル・マドリードが数年前からとんでもない額で"予約"しているエンドリックもいたが、どうすることもできなかった。

 しかし、これはすべてのカテゴリーのブラジル代表が抱える問題の氷山の一角にすぎない。

 ブラジルで不調なのは残念ながらオリンピック代表だけではない。女子代表は先日のW杯でグループリーグ敗退を喫し、U−20代表はU−20W杯初出場のイスラエルに敗れ、U−17代表もU−17W杯準々決勝で宿敵アルゼンチンに敗れている。

 A代表に至っては20年以上W杯優勝から遠ざかり、現在進められている2026年W杯予選では現在6位。このまま行けば予選突破にも黄色の信号がともる。それも32チーム制ではなく48チーム制、つまり南米では10チーム中6〜7チームが出場できるというなかでの出来事なのだから、これは恥ずべき事態と言っていいだろう。ブラジルはその歴史のなかでも現在、最弱の状態かもしれない。

 ブラジルは自他ともに認める「サッカー王国」だ。しかし、それが幻になりつつある。いやこの「サッカー王国」という意識こそが、ブラジルの弱体化に拍車をかけてきたのではないのかとさえ、筆者は疑っている。

 そもそもなぜブラジルはサッカー大国と思われるようになったのか。それは遠いペレの時代1958年、62年、70年と、W杯で優勝を続けたことから始まる。

 ちなみに66年大会においては、ピッチに入りさえすれば勝てるだろうと高をくくり、真面目に準備せずにグループリーグで敗退したが、まだすぐに方向修正できる力があった。おかげで70年のセレソンは、W杯史上最高のチームであったとFIFAが認めたぐらいのすごいチームだった。70年大会で優勝回数も他国をつき離し、ここに「サッカー王国」のイメージが確定した。

 しかし、この黄金時代が終わった1974年から、ブラジルの問題の芽は育ち始めたと私は思っている。このあとブラジルは94年までの20年間、タイトルから遠ざかることになる。

【選手は自分たちが強いと信じているが...】

 その後、94年から2002年まで、ブラジルは3大会連続でW杯の決勝まで進み、うち2度の優勝を果たしたが、これは50年以降半から60年代に見せた絶対的な強さに比べ、かなり運に助けられたものだった。

 94年アメリカ大会では、準々決勝オランダ戦の81分、ブランコのFKがたまたまゴールに入って決勝点になったこと、そしてイタリアとの決勝のPK戦でロベルト・バッジョが外したことで優勝を手にしている。98年フランス大会のブラジルは強かったが、決勝でロナウドが体調不良となり、勝つことはできなかった。

 そして2002年、横浜で優勝したセレソンはいいチームだったが、ベストのチームではなかった。しかしブラジルはここでまたも「強い」という幻想を抱いてしまう。そのつけを払っているのが2006年から現在に至るまでだ。これ以降ブラジルは1度も優勝していない。いや、決勝にさえたどり着けていない。

 それなのに、今の選手たちはかつての先達たちが打ち建てた「サッカー王国」の看板を背負うことで、自分たちは強いと信じている。W杯に行く時はプレーのことではなく、ヘアスタイルのことを気にする。タトゥーアーティストを同行させる。

 以前から、ブラジルの選手は問題を起こすと言われていた。それはエジムンドのようにカーニバルに参加したくてクラブへの帰国が遅れたり、ソクラテスのようにビールを飲むのを止められたので退団するなどといったトラブルだった(まあそれでも迷惑な話だが)。

 だが現在起きている問題は本当に司法の手にかかるほど悪質だ。先日もダニエウ・アウベスが有罪となったが、いったい何人の選手が婦女暴行で訴えられているか。

「サッカー王国」ブラジルのスターたちは、若いうちから多くのチームから声がかかり、未成年で大金を掴み、周囲からはちやほやされる。そんな選手たちは、自分は「偉い」「無敵」「何をしてもいい」と勘違いしてしまう。その根底には教育の欠如がある。彼らはあまりにも単純なのだ。

【機能しないサッカー連盟】

 ブラジル人選手たちが自分たちを強いと思いこむのは、「傲慢さ」からくるというより、「無知」からくる根拠のない自信だ。そして根拠のない自信は簡単に崩れ去る。

 実はブラジル人は逆境に弱い。自分たちに不利な状況になると、マイナスのほうへとどんどん引きずられてしまう。だから選手たちはピッチで簡単に涙を見せ、PK戦になればすでに負けたような空気になり、7−1(ブラジルW杯準決勝ドイツ戦)というとんでもない負け方をしてしまうのだ。

 ブラジルは世界最大のサッカー選手輸出国だ。トップレベルでは約1200人、すべてのカテゴリーを合わせれば2000人近くの選手が海外でプレーしている。しかし、おかげでブラジル人は自分たちの優秀な選手を母国で見る機会を失い、セレソンを身近に感じられなくなった。一方、選手たちも若くしてブラジルをあとにし、彼らは母国に対する帰属意識が薄い。セレソンのために命を懸けるなどという気持ちはさらさらない。つまり、ブラジルはサッカー自体を売ってしまっているのだ。

 教育のない選手には指針を示すことが必要だ。しかしそれを示すべき機関が機能していない。サッカー連盟は金儲けばかりを考えてサッカーを考えてはいない。

 たとえば2006年ドイツ大会では、ブラジルはチームというよりほぼ見世物状態だった。連盟はW杯前の大事な準備期間の練習を有料にして観客に公開し、金儲けに走った。ランニングやストレッチをする姿さえも金をとって見せた。もちろん選手は落ち着いて準備できない。結果は散々だった。最近では連盟の会長が6人連続して汚職や婦女暴行などで解任されている。逮捕された者もいる。ブラジルには規律もルールもマネージメントも欠けている。

 選手を導く監督さえいない、チッチ監督が去った後ブラジル代表は、実に1年近く監督の座が空席だった。連盟はブラジル人以外の監督を探していた。ブラジル人にその器がいなかったからだ。結局、ブラジル人のドリヴァウ・ジュニオールが就任したが、それはカルロ・アンチェロッティ(レアル・マドリード)に断られたからにすぎない。

 世界を見ても、現在ブラジル人の監督がビッグクラブを率いている例はない。いやブラジルの名門でさえ、多くは外国人監督に率いられている。これは監督育成をおろそかにしてきたつけだ。アルゼンチンは何年も前にサッカー協会が監督養成学校を設立し、その質の高さには定評がある。ここを終了すればヨーロッパでの監督資格も取ることができる。

 つまり、ブラジルは何年もの間「サッカー王国」という名声の上に胡坐をかいて、その名声を切り売りするだけで、何の手立ても講じてこなかったのだ。今、そのツケが氷山となってブラジル各代表の行く道を阻んでいるのだ。

 この記事を書いている間に、ビーチサッカーのブラジル代表がドバイで行なわれていたW杯で3大会ぶりに優勝を果たしたというニュースが入ってきた。今、ブラジルが誇れるのは彼らしかいない。サッカー王国ブラジルは砂の上に立っている。

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