月経症状による労働損失5700億円…“ピル後進国”日本に変化、企業側も動き出す「女性の可能性を潰さない」支援

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2024年03月08日 07:50  ORICON NEWS

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低用量ピルの補助が働く女性の助けに
 女性が1ヵ月に平均5日間は悩まされる、月経にまつわる不快症状。日常生活や働き方にまで影響を及ぼし、月経随伴症状などによる労働生産性損失は実に約5,700億円と試算(経済産業省)、社会でも重要な課題のひとつとなっている。そんな中、月経にまつわる諸症状の改善に役立つとして、徐々に認知され服用者が増えているのが低用量ピルだ。まだまだ普及率が低く、「ピル後進国」ともいわれる日本だが、福利厚生に活用する企業も登場。働く女性のつらさに寄り添い、労働生産性にも寄与する取り組みとは?

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■「避妊薬」だけではなく「治療薬」として注目、だが日本での利用率はわずか2.9%

 ピルと聞くと、大半の人が「避妊薬」と答えるのではないだろうか。たしかに、排卵を抑えることからピルには避妊効果があるが、現在、そのメリットとして「避妊」よりも注目を集めているのは、月経にまつわる諸症状を軽減する「治療薬」としての一面だ。

 「一般的にピルと呼ばれている『低用量ピル』は、プロゲステロン(黄体ホルモン)とエストロゲン(卵胞ホルモン)という2種類の女性ホルモンを合わせた錠剤で、女性ホルモンのバランスを一定に保てることからPMS(月経前症候群)や生理中のつらい症状を解消・緩和できる薬としても活用されています。世界中で1億人以上の女性が服用しているといわれ、日本でも徐々に認知されてきて、この5〜6年で使う人増えて来た印象があります」(クリニックフォア監修医/日本産婦人科学会認定 産婦人科専門医・村田佳菜子氏)

 2017年、「なでしこジャパン」のキャプテンとして2011年のW杯優勝を成し遂げた澤穂希が、試合で最大限のパフォーマンスを発揮するために低用量ピルを服用していたと明かした。これが複数のメディアで紹介されたが、それでもまだまだ日本は諸外国に比べ、驚くほど利用率が低いのが現状。国連の発表によると、フランス33.1%、英国26.1%、米国13.7%、タイ19.6%、カンボジア13.7%、ベトナム10.5%の中、日本はわずか2.9%。ピル後進国と言われているのだ。

 なぜ、日本で低用量ピルが普及しないのか。その原因としてまず指摘されているのは、日本の性教育の遅れだ。日本では、小学生の頃に初潮や月経について学び、中高時代に妊娠や生命の誕生、性感染症といった最低限の知識だけを学ぶのが一般的。一方で先進国をはじめとした多くの国では、幅広い観点からの性教育を段階的に行っている。低用量ピルについても、日本では学校で教えないことから、普及しないと考えられているのだ。

 さらに、日本では避妊法が男性主導であることも原因のひとつとしてあげられている。日本はコンドームの装着など男性が主導になる方法が主流だが、欧米では低用量ピルのほか、子宮内避妊用具など女性主流の避妊法も一般的。日本は女性主導型の避妊法が定着していないことから、ピルがメジャーにならないという。

 もうひとつ、大きなネックとなっているのが、入手方法だ。諸外国では薬局での購入が可能で価格も手ごろ。しかし、日本では産婦人科を受診して診察を受けなければならず、入手のハードルがかなり高いものとなっているのだ。ただし、コロナ禍をきっかけに、近年はオンライン診療・処方を行うクリニックが登場。受取も宅配でできるなど、ハードルは下がりつつある。

■「焼肉きんぐ」のあの会社も…支援に動き出す企業、見えた潜在的ニーズと男性社員の心遣い

 そんな中、「福利厚生」として低用量ピルの服用を支援する企業も登場し始めている。「焼肉きんぐ」や「丸源ラーメン」などを運営する物語コーポレーションもその一社だ。

 飲食業といえば、立ち仕事や深夜勤務、シフト制など月経期間中の女性にとっては負担の大きい現場。多様な人材の価値観を受け入れてきた同社では、2022年1月4日より、それぞれが能力や個性を最大限発揮できる環境づくりを行うべく「ダイバーシティ&インクルージョン宣言」を提唱し、女性の活躍推進にも注力。昨年9月、全女性社員を対象に、低用量ピルの服用にかかる費用を全額補助する福利厚生制度を導入した。

 「当社には、役職問わず全社員が提案を行う会が設けられているのですが、そこである女性から、『生理中だけでなくPMSの期間中も、人によって様々なつらい症状があることを理解してほしい』というプレゼンがなされたことがきっかけでした。何かしてあげられることはないかと解決策を探る中、オンライン診療で低用量ピルを入手できるクリニックの存在を知り、福利厚生で支援する提案を出したところ、トントン拍子で実現に至りました」(物語コーポレーション担当者、以下同)

 同社のピル利用率は現在、社内全体で12%を超えたところというが、下記の話からは日本におけるピルの認知度の低さと潜在的なニーズが明確に浮かび上がる。

 「導入前に産婦人科の医師を招いてセミナーを行った、焼肉事業部だけが16%と突出して利用率が高くなっています。それだけ低用量ピルの存在とメリットを知らない人が多いということだと思います。また、セミナーを行った後、利用者が急増したことから、苦しんでいた人がたくさんいたのだということを実感しました」

 さらに驚いたのは、男性社員からの問い合わせが多いことだったという。

 「『部下の女性が本当につらそうで…』という相談や、社員を対象としている現状に対して『パートやアルバイトも対象にならないか』という提案など、男性社員からもたくさんの声があがっています」

 実際、利用を始めた社員からは、「つらい症状が軽減されて働きやすくなった」「お金がかかるからしんどいと思っていたところだったので、制度が始まって真っ先に利用した」といった声のほか、オンライン診療に対する評価も高かったという。オンライン診療のメリットは通院の手間が省けることだが、同社社員でもともとピルを服用していた人の中には、月に1回、関東からかかりつけの青森の主治医のもとまで通っていた人もいたそうだ。

 「お金と時間の助けになることは大きな利点ですが、やはり一番のメリットは、低用量ピルで体調を整えることで、本来の能力が発揮しやすくなることだと思います。『つらければ休めばいい』というブレーキを踏む選択肢は優しさではありますが、可能性を潰すことにもなると思います。その意味でも、本当に働きたい人が働ける環境を作ってあげることが大切だと考えています」

 同じく、低用量ピルの補助をしているのは、時間貸駐車場のタイムズパーキングなどを運営するパーク24グループだ。オンライン診療による低用量ピルの処方に対して、診療費・送料・薬剤費の総額から30%を法人負担している。

 「女性活躍を推進することを目的に、出産や育児前後に限らず、広い世代の働く女性従業員により生き生きと活躍していただくための新たな施策として、PMSや月経随伴症状による生産性低下に着目して導入しました」(パーク24担当者、以下同)

 経済産業省の発表によると、月経にまつわる症状があっても出勤する割合は86.4%。うちパフォーマンスが低下すると感じている人は90%にものぼるという。それらのデータを踏まえ、同社では導入に向けた検討を重ねてきた。検討段階でのヒアリングや打ち合わせ内では、「気になっていたけれど使う勇気やタイミングがなかった」「使っているけれど、ちゃんとしたセミナーを受けたことがない」という声や、「診察を伴うピル処方は費用が高い」「痛み止めで十分では」という反応から、ピルについての正しい知識やメリットデメリットを知る機会を提供するため、全従業員に向けての活用セミナーを実施したという。

 「男性社員からは『全従業員向けに月経と生産性の関係に触れることについて、抵抗のある女性もいるのではないか』という心配の声もあがりました。しかし、男女や年齢に関係なく、誰しも心身の不調を感じる瞬間はあり、多様な人財の活躍を推進していくダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)の観点から考えると、今後は年齢・ジェンダーを超えて従業員全体で仕事と様々な心身の健康の両立について理解を深めることが大切と考え、本制度をスタートさせました」

■月経随伴症状による損失は約5,700億円…、社員と会社の双方にメリットとなる支援を

 先の村田医師は、自身の体験も踏まえ、女性活躍推進における低用量ピルのメリットをこう語る。

 「私も生理痛が強く、妊娠を考えるまではずっとピルを飲んでいました。1ヵ月に数日、そうした日があるのは本当につらいですし、気分の変調も大きいために仕事の効率も落ちます。ピルはそうした不調を軽減するだけでなく、月経を移動できるタイプもあるので、大事な仕事や出張はもちろん、旅行などプライベートの予定を組む際にも役立ちます。福利厚生でピルの服用の支援を行う会社が増えることは、社員と会社の双方にとってメリットが大きいと思います」

 3月8日は世界女性デー。女性活躍推進のもと、経済産業省ヘルスケア産業課が今年発表した調査によると、月経随伴症状などによる労働生産性損失は、欠勤が約1,200億円、パフォーマンス低下が約4,500億円の計約5,700億円と試算されている。労働人口が減り続けている日本は、女性の活躍なしには成長はおぼつかない。職場でも、単に女性の気持ちを理解するよう心がければいいという時代から、女性が働く上での障害を取り除くために、職場のシステムを積極的に見直す時代へと変わってきたようだ。

【監修】村田佳菜子(ムラタカナコ)/クリニックフォア監修医
日本産科婦人科学会認定 産婦人科専門医/日本性科学会所属/女性性機能外来担当医師
婦人科医として勤務する傍ら、2019年から女性医療クリニックLUNAで女性性機能外来を担当。クライアントの気持ちや状況に寄り添いながら、あらゆる性の悩みに対し医学的にアプローチを行う。

(文:河上いつ子)

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  • 本当に働きたい人が働くことが出来るのは結構だが、ワクチンハラスメントみたいにピルハラスメントみたいになりかねないことに対して個人の自由意志をどこまで尊重できる?
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