川勝知事が辞任しても、リニア着工は加速しないワケ

7

2024年04月18日 08:41  ITmedia ビジネスオンライン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

ITmedia ビジネスオンライン

リニアの実現はいつになるのか

 静岡県庁の新人職員へ向けた訓示での発言が物議を醸した川勝平太静岡県知事。4月3日の臨時記者会見では「再出馬しない」と宣言し、4月10日に辞表を提出した。川勝知事はリニア中央新幹線の着工に反対し続けたことでも知られる。同氏の辞任が、リニア完成への大きな一歩につながったとする意見も多いが、実はそうではない。


【画像で見る】大井川の水資源への懸念


 その理由は至ってシンプルだ。静岡県内の環境問題、特に水資源への潜在的な影響に対する地元住民の懸念が依然として大きいだけでなく、プロジェクトの遅れによって静岡工区以外でも2027年までに完成しないエリアが存在することが明らかになったからだ。


 本記事では、川勝知事の職業差別発言には触れない。あくまで冷静に、リニアをめぐる過去の事例や最新の工事の進捗を確認したい。


●2つの“水枯れ前科”


 まずは過去の事例から。なぜ静岡県民は水への影響を重く考えているのか。


 9キロメートルというごく短い工区に対して過剰反応にも思われるかもしれない。しかし、実はこれまで国家的プロジェクトが静岡に対してもたらした2つの“水枯れ前科”がある点を忘れてはならない。


 東海道本線丹那トンネル工事(1918〜34年)では、トンネル掘削により大量の湧水が発生し、その結果、芦ノ湖3杯分に相当する6億立方メートルの水が失われた。この影響で、山葵(わさび)栽培や水田、飲料水源が枯れ、数千人の農家が被害を受けた。被害をこうむった人々にはいくばくかの補償が行われたが、失われた水資源はついに戻ってこなかったのである。


 次の事例は今から24年ほど前の1999年に起きることになる。新東名高速道路粟ケ岳トンネル工事中、大規模な出水が発生した。この出水では、掛川市を中心に農業用水が枯れてしまい、地下水を断水させるに至った。新東名高速の土木プロジェクトを推進する日本道路公団は補償的措置として工事を行ったが、簡単に水は戻ることがなく、補償には相当の時間がかかってしまったという。


 これらの事例では、いずれも数キロメートル以内の“短い”トンネル工事中に行われた水枯れ事案だった。リニアが通る静岡の9キロメートルという工区も、全体で見たらごくわずかな距離かと思われるが、通常の土木プロジェクトで考えると相当長い区間に相当する。川勝知事のような地方政治家が当選する土壌の裏側には、このような過去の経緯もあるわけだ。


●静岡県民は「足を引っ張っている」だけなのか


 一部の論調では「静岡県にリニアが通らないから、足を引っ張っている」と評されることもある。しかし、水枯れのトラウマがあるだけでなく、そのリスクに応じた補償も特に無いのなら、反対に回るのは無理もないのではないか。従って川勝知事が辞任したとしても、一人の政治家の去就がプロジェクトの進行速度に大きな影響を与えるわけではなく、より広範な調整と県民への理解を呼びかける姿勢が必要であると考えられる。


 静岡県民がリニア中央新幹線プロジェクトに反対している主な理由は、環境への影響と地域資源への懸念に集約できる。特に大井川の水資源への影響は、県民の生活に直結する問題だ。静岡県は豊かな自然環境と水資源によって農業や観光業が盛んな地域であり、リニア中央新幹線の工事がこれらの資源に悪影響を及ぼす可能性があるとの懸念から、反対運動が広がっているのだ。


 川勝知事は、このような静岡県民の懸念を代表し、リニア中央新幹線プロジェクトに対して批判的な立場を取ってきた。


 先の選挙で川勝知事が圧勝した背景も、対立候補がリニアを選挙の争点から外したからだと指摘されることもある。裏を返せば「争点から外さざるを得なかった」ともいえる。その点を鑑みれば、川勝知事は県民の声を代弁し、地域の環境保全や資源管理に積極的に取り組む姿勢を支持していることもまた事実だろう。


 しかし川勝知事の影響力は、静岡県内の問題に留まらず、リニア中央新幹線プロジェクト全体に対する国民の関心を高めるきっかけともなった。川勝知事が辞任した場合、彼の後任者がどのような立場を取るか、また、リニア中央新幹線プロジェクトに対する県民の反対運動がどのように進展するかは、依然として不透明だ。少なくとも、川勝知事の辞任が即座にリニア中央新幹線プロジェクトの進行を加速させるわけではないといえる。


●困るのはJR東海側?


 仮に、川勝知事の後任としてリニア推進派が圧勝した場合、困るのはJR東海側になる可能性がある。というのも、他の工区も遅延しているからだ。他の全部の工区が完成する見込みであり、静岡工区だけがスケジュール上取り残されているのであれば話は別だが、実態はそうではない。


 JR東海は4月4日の会見で、山梨県駅の新設と長野県内の座光寺高架橋などにかかる工事についても、開業予定の2027年までに工事を完了させることは難しいと明らかにした。


 3月29日には、丹羽社長自らが「静岡工区のせいで名古屋までの開業が遅れている」旨を発言したにもかかわらず、蓋を開ければそれ以外の工区も27年の開業に間に合っていない。4月4日の会見は、奇しくも3日の川勝知事の辞意表明をうけてのことのようにも思われた。


 他にも、度々中止された品川エリアの掘削工事なども8日にようやく再開され、静岡工区以外でも各所で遅れが目立っている状況だ。こうした状況を鑑みると、JR東海側が「静岡のせいにして工期が伸びれば、他の遅れも隠し通せるのでは」と第三者から穿った見方をされても仕方がない。


 リニア中央新幹線の完成に向けた道のりは、社会的な合意形成のプロセスだけでなく、技術的な挑戦も伴う。川勝知事のような影響力のある人物がいなくなったとしても、同氏の支持基盤となる静岡県民のリニア中央新幹線プロジェクトに対する関心や反対の声は消えることはない。


 むしろ「問題発言を全くしない、真っ当な反対派」が知事に選ばれたとしたら、リニアの完成は一層遠のくことになってもおかしくない。プロジェクトの成功に向けた道のりを左右する上で、静岡県民が「足を引っ張っている」というレッテルは何の役にも立たない。


 結局、リニアプロジェクトが円滑に進むためには透明性のある対話と相互の理解を深める必要がある。川勝知事の辞任があってもなくても、これらの課題に対する取り組みは継続されるべきだ。遅れの責任をなすりつけあっているうちは、リニア中央新幹線プロジェクトが加速することはありえない。


●筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO


1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手掛けたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレースを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務などを手掛ける。Twitterはこちら


このニュースに関するつぶやき

  • アホかこの記事。水枯れはプロセス的に解決してんじゃん。問題は、川勝が自ら先頭に立ってリニアに反対してることだよ。それを選んだのは静岡人。静岡にはのぞみやあけみ、リニアも通さなくてもいい。ひかりも外せ。船で東京に来い船で。
    • イイネ!4
    • コメント 0件

つぶやき一覧へ(5件)

前日のランキングへ

ニュース設定