ノリスの成長を加速させた気鋭のチームメイト。好調が続かなかったリカルドへの懸念【中野信治のF1分析/第6戦】

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2024年05月11日 12:20  AUTOSPORT web

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2024年F1第6戦マイアミGP ランド・ノリス(マクラーレン)
 マイアミ・インターナショナル・オートドロームを舞台に行われた2024年第6戦マイアミGPは、参戦110戦目のランド・ノリス(マクラーレン)がセーフティカー(SC)導入の好機も掴みF1初優勝を飾りました。

 今回は優勝したノリスの成長、初優勝の鍵となったマクラーレンのアップデート、そしてRBのダニエル・リカルドのメンタリティ、角田裕毅の戦いぶりについて、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。

  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 ノリスのF1参戦110戦目での初優勝には、私も清々しい気分になりました。ノリスは速さやセンスといったドライバー個人の能力としては、いつ勝ってもおかしくはないドライバーでした。ただ、デビューから5シーズンは勝てない期間が続き、さらには2023年にF1デビューしたチームメイトのオスカー・ピアストリが、デビューイヤーから予選でのフロントロウや表彰台登壇、そしてカタールGPでのスプリント優勝といった活躍を見せたことで、ノリスもメンタル的に追い込まれた時期があったと思います。

 ただ、ピアストリというスピードのあるドライバーをチームメイトに迎えたことで、ノリスは一皮剥け、さらに一段階上のレベルに達することができたという印象です。その結果が今回の優勝に繋がったとも感じますね。当然、ノリスの優勝にはSCのタイミングも大きな後押しにはなっていますが、それと同じようにピアストリという存在がなくては、実現しなかった優勝とも言えるかもしれません。

 24歳のノリスと、23歳のピアストリ。歳の差は大きくはありませんが、先輩であるノリスは追われる立場とも表現できる状況だったと思います。ノリスは2019年にF1にデビューして以降4シーズンは、カルロス・サインツ、ダニエル・リカルドという先輩ドライバーにプレッシャーを与える若手という立場でしたが、ピアストリの加入でノリスがプレッシャーを受ける立場に変わり、立場が変わったことによりさらなる成長を遂げました。

 改めて、ノリスとピアストリという若いふたりを起用し、ふたりとも結果を残しつつあるマクラーレンの存在は、F1ドライバーの若返りのサイクルが早まるきっかけになるのではと感じますね。

 また、マクラーレンはマイアミGPでフロントウイング、サスペンション、サイドポッド・インレット、エンジンカバー、フロア、ビームウイングなど、かなりの部分でアップデートを投入しましたが、このアップデートが効果を発揮したことも、今回の優勝に寄与したように思います。日本GP前に来日したノリスと会った際に「次の中国GPは厳しいけど、マイアミGPでアップデートを入れる予定だからマイアミは期待しているんだ」と言ってましたが、その言葉のとおり。もしかしたらノリスやマクラーレンの予想以上にこのアップデートの好影響は大きかったのかもしれません。

 ノリス本人も話していたのですが、開幕当初のマクラーレンは低速コーナーが厳しいマシンでした。マイアミ・インターナショナル・オートドロームはシケインや低速区間もあるコースですが、そんなマイアミでSC明けはレッドブルのマックス・フェルスタッペンを先行し続け、最終的に7秒差をつけて優勝できたことは、マクラーレンの大きな進化の証明にもなっていると思います。

 マイアミGPでアップデートされたマクラーレンのマシンは、セクター1の連続する高速コーナーや、セクター2の低速コーナーなど、コーナーでタイムを削っていました。ただ、ストレートは依然として速くはありません。もしフェルスタッペンと同じストラテジーでの戦いだった場合、ノリスが勝てていたかといえば、正直それは難しかったと思います。

 ただ、これまでの弱点をかなり解消する方向でのアップデートが投入され、そのアップデートがノリスのドライビングにもマッチしたという印象も受けますね。ノリスは高速コーナーでのアクセルの踏み方やスピード感覚が秀でており、この部分ではフェルスタッペンと遜色ありません。

 さらに、F1では低速区間で縁石を使ってクルマの向きを変えるテクニックが使用されますが、実はどのサーキットでも、誰よりも縁石を多用するのがノリスです。マイアミの低速区間は路面の起伏も多いため、4輪を綺麗に路面に接地させたままコーナリングすることは難しく、むしろ路面の起伏と縁石をうまく使ってクルマの向きを変えるという、他のサーキットとは違ったテクニックが求められます。そういったコース特性もノリスの走らせ方にあっていたことも、今回の初優勝に繋がったと思います。

■スプリントで見せたアグレッシブさがなかった決勝のリカルド

 マイアミGPは今季2度目のスプリント・フォーマットでの開催となり、スプリントでは4番手スタートのダニエル・リカルド(RB)がカルロス・サインツ(フェラーリ)からの猛追を抑えきり4位に入りました。ただ、最後列スタートとなった決勝は15位と、スプリントとは対照的な結果となりました。

 RBのマシンはストレートスピードがそこまで速くはないこともあり、オーバーテイクが難しく、後方からの追い上げという点では戦いにくいクルマではあったと思います。ただ、前のクルマに引っかかって順位を上げられない状況でも、もう少しなにかしらの積極的なアプローチを見せて、もっと戦うことはできなかったのかな、とは感じます。

 おそらくこれは私だけではなく、F1パドックにいる関係者でも同じ思いを抱いた人は少なくはないと思います。というのも、接戦となった際のタイムの出し方、前のクルマへのアプローチの仕方、攻め方を見ると、リカルドのモチベーションを10点満点とすれば、決勝は8点や7点でコントロールしていたように感じました。

 スプリントで4位という結果を残したリカルドですが、決勝では気持ちの緩みとまでは言いませんが、『是が非でも上に行くんだ』といった、スプリントで見せたようなアグレッシブさを見せませんでした。また、これは今回のマイアミGPの決勝に限った話ではありません。

 F1を240戦以上戦ってきたリカルドは、ベテランがゆえにすごくさまざまな意味でコントロールしています。最終ラップに自己ベストをマークしたりしますが、タイヤが残っているのであればもっと前の段階から攻めて、ひとつでも順位を上げてもいいのではないのかな、とか。そんな印象は抱いていました。

 私も含めドライバーやドライバー経験者は、決勝ではタイムの推移を見ます。すると、リカルドがプッシュせず、ペースをコントロールしている様子が見て取れますし、そういった部分を見たRB側が物足りなさを抱いてしまう可能性もあるのではと感じます。

 予選も、前戦中国GPでのペナルティにより3グリッド降格が決まっていたとはいえ、Q3に残った(角田)裕毅と、Q1敗退となったリカルドの差は出てきます。リカルドにモチベーションがまったくなかったとまでは言えませんが、スプリントで見せた強さ、フェラーリを抑え続けた能力の高さを決勝では見ることができませんでした。

 難しい状況下に追い込まれた際のモチベーションの維持の仕方に、ベテランらしさが出てしまっていると言いますか、落ち着きすぎてしまっている印象です。そういったメンタリティの部分はこれから上に行こうとする若いドライバーとの大きな違いだと思います。また、優勝できるトップチームの立場から一度離れてしまったドライバーが、モチベーションを保ち続けることが難しくなるのも、F1に限らず少なくはない話です。

 入賞が難しいレースであっても積極的なアクションを起こすことができるか否かが、今後のリカルドに求められる部分かもしれませんね。すぐ背後にはリアム・ローソンもいますから、このような戦い方が続くとRBがどのような判断を下すのかという部分でも注目が集まると思います。そういったこともあり、マイアミGPはリカルドのいい部分と悪い部分の両面が出たグランプリだったと感じました。

 一方、裕毅はスプリントと決勝でダブル入賞を果たしました。裕毅が素晴らしかったのは、レース中に自分や他車の動きを俯瞰して見るかのように状況を判断し戦うという、ベテランドライバーのような落ち着きを見せつつ、攻めるところは攻める、守るところは守り、タイヤを無駄に使うことなくクレバーな戦いを見せてくれました。

 決勝ではSC導入タイミングの運もありましたが、その前後のラップタイムの刻み方が素晴らしく、最終的にメルセデスのジョージ・ラッセルを抑え切りました。ああいった走りを続けることは運を自分に呼び込むことにも繋がりますし、その運を掴むことも実力のうちです。いろいろな部分で乗れていると感じましたね。

 また、ドライバーズランキング10位に浮上したことで、レース終了後の国際映像でドライバーズランキングが表示される際、1枚目に裕毅の名前が出るようになり、私も嬉しくなりましね。今季のF1はトップ5チームの10台と、中段以降のチームとでは大きな差がありますが、そんななかでランキング10位に入れていることは、ポイントを獲れるときにきっちりと獲りきるなど、やれることをやりきっている結果だと思います。

 今回のRBは持ち込みセットアップの段階からマシンが決まっており、5強の一角のメルセデスと戦えるマシンでした。その決まっている状況でポイントを獲得できるかが、トップ10台に割って入れるかという境目だと思います。今の裕毅の強さはチャンスが来た際に、きっちりとチャンスを活かせる場所に居続けていることです。改めて、裕毅は強くなったと、そう感じることができたレースでした。

【プロフィール】
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS)のバイスプリンシパル(副校長)として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24

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