使って分かったM4チップ搭載「iPad Pro」のパワフルさ 動画コンテンツ製作者はディスプレイに注目 しかし絵描きには悩ましい?

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2024年05月14日 15:51  ITmedia PC USER

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新しいiPad Proは、私たちに何をもたらすのか?

 新型の「iPad Pro」「iPad Air」は、いずれも近年では最も大きなアップデートになった。特にiPad Proに関しては、2018年のモデルチェンジを行って以来となるビッグチェンジといえる。iPad Airについては、SoCがM1チップからM2チップに切り替わっただけでなく、より大画面の13インチモデルが加わり、汎用(はんよう)的な使い方を広くカバーできる製品となった。


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 加えて、今回のiPadシリーズのアップデートでは、その周辺機器である「Apple Pencil Pro」も、従来のApple Pencil比で進歩を遂げたのだが、iPad Pro/Air“そのもの”に目をうばわれてしまうせいか、大きな話題になっていないように思える。


 この記事ではAppleから新しい「13インチiPad Pro」と、新しい13インチiPad Pro用の「Magic Keyboard」、そしてApple Pencil Proからなるレビューキットをお借りして、その“真価”を確かめていきたい。


●目立たないように見えて大きな進化を遂げた「Apple Pencil Pro」


 iPad Proを愛用しているクリエイターの多くが、Apple Pencilを愛用している。そのことを考えれば、Apple Pencil Proがより忠実かつ複雑な表現(ニュアンス)を伝える能力を備えたことは、極めて大きな意味を持つ。


 残念なことに、Apple Pencil Proは新しいiPad Pro/Air以外では使えない。このため、このペンを使うかどうかは「本体を買い換えるかどうか」という議論に直結してしまいがちなのだが、クリエイターにとってはApple Pencil Proを使いたいから新しいiPad Pro(iPad Air)に買い換えるという判断をしてもおかしくない。


 このApple Pencil Proは、従来の「Apple Pencil(第2世代)」と重量バランスをそろえて素晴らしい使い心地を維持しつつ、新しいクリエイションの切り口を与えてもいる。


 ペンを回転させる「バレルロール」という操作は、その回転による効果を最も想像のしやすい。実際、平筆を回転させながら描写したり、ペン先を回転させながら幅をコントロールしたりして美しい筆致を再現させる「カリグラフィー」の技術を、電子的に再現できている。


 しかし、そうした既存のツールを模倣した操作だけが、このApple Pencil Proの“価値”ではない。回転させることによって生み出される新たな操作性を、デジタルツールに還元し、これまでにない創作の手法を生み出せるのだ。


 例えば3Dモデリングアプリを想像してみてほしい。筆者がデモンストレーションで見たアプリでは、3Dモデルに対してApple Pencil Proでアプローチし、回転させながら“ひねって”形状を編集する(変える)操作を目撃した。


 一昔前、3Dモデリングといえばハードルの高い世界だった。しかし「Blender」がそのハードルを下げた結果、今ではアマチュアクリエイターもカジュアルにトライできるようになった。Apple Pencil Proを用いた3Dモデリング編集が一般的になれば、その操作が一般化し、より多くの人が3Dモデルや空間シーン編集の世界に参入できるようになるだろう。


 筆者はイギリス・ロンドンでの現地取材でApple Pencil Proに対応するさまざまなアプリを体験できた。一部、それには筆者が使っているアプリも含まれていたのだが、レビュー時点では対応バージョンを入手することができなかった。ゆえに、今回はこのペンの“深掘り”はできないが、まずApple Pencil Proこそが、今回のiPadシリーズのアップデートにおける大きなテーマだったということは伝えておきたい。


●ベンチマークテストで知る「M4チップ」のパフォーマンス


 次に、新しいiPad Proの“実機”でなければ体感できないテーマとして「M4チップ」について話を進めたい。


 「M3チップ」がMacに初搭載されて1年足らずで“新世代”SoCが出てくるというのは、タブレットはもちろん、PCやスマートフォン向けのSoC(CPU/GPU)の歴史から見ても前代未聞のことだ。


 ハンズオンレポートで「『何でMacじゃなくてiPad Proが先行するんだ……」と釈然としない思いを抱くのも不自然ではない』」と書いたこのM4チップだが、iPad Proを通して試してみると、同じ3nmプロセスのSoCとは思えないほど、着実な進化を遂げていた。


 数値的なスペック比較をすると、M4チップはM3チップ比でNeural Engine(NPU)の処理パフォーマンスが約2.1倍向上している。GPUアーキテクチャは不変なものの、レイトレーシング(RT)アクセラレーターが改良されたことで、RT処理のスループット(実効速度)が2倍になっている。


 M4チップでは、SoCの他ブロックも改良された3nmプロセスに最適化され、処理パフォーマンスが改善された――そうは聞いていたのだが、実機で試してみるとCPUコアが想像以上に良くなっていることが分かった。


 ベンチマークアプリ「Geekbench 6.3」の計測値が正しいと仮定すると、CPUコアのピーク性能は最大で17%向上している。最大動作クロックは4.1GHzから4.4GHzと、300MHzほどしか上がっていない……のだが、率換算するとクロックだけで9%もパフォーマンスを引き上げたことになるため、そこそこにすごくはある。


 加えて、M4チップではCPUのEコア(高効率コア)が4基から6基に増加している。これも大きなポイントで、ほとんどのアプリケーションのCPU負荷は、Eコアだけで対処(吸収)できてしまう。つまりPコア(高性能コア)の性能が改善しても、このコアが活躍するシーンは限られることになる。


 とはいえ「メモリアクセス回りの最適化で、CPU(コア)性能が良くなった」ことも加味しても、ここまでスコアが伸びるのは予想外だった。この伸びのヒントとしては、Geekbenchアプリが新たに対応した「CPU命令」もあるかもしれない。


 Geekbenchの最新版「バージョン6.3」のリリースノートには「『Scalabele Matrix Extentions(SME)』に対応した」と書かれている。このSMEという命令は、Armの最新CPU命令セット「Armv9」で追加されたものだ。


 Appleは名言していないものの、M4チップはArmv9命令に対応しているといううわさがある。断言はできないが、新しい命令セットが使えることもベンチマーク結果に“プラス”となった可能性はある。


 また、M4チップのCPUはEコアの性能が相当に向上していると思われる。というのも、マルチコアのピーク性能が「M2 Maxチップとほぼ同等になっているからだ。本体の厚さが5.1mm(13インチモデルの場合)と極めて薄いながらも、新しいiPad ProのCPU性能だけを見ると、M2 Maxチップを搭載した当時のハイエンド「MacBook Pro」と同等の性能が出ていることになる。


 M4チップについて、筆者は当初「M3チップにEコアを2つ追加して、GPUコアを小改良して、Neural Engineのアーキテクチャを『A17 Proチップ』と同等にしたもの」だと想像していた。しかし、実はかなり“根本的に”手を入れられてることが分かった。


 もっとも、より汎用(はんよう)性の高い使われ方をするMacと比べると、iPad Proではアプリがチップを生かすための環境作り(≒アプリの充実)が鍵を握る。そういう意味では、6月に行われる開発者向けイベント「WWDC 2024」は非常に重要になってくるだろう。


Neural Engineの威力を知るのはまだ難しい?


 一方で、M4チップの新しいNeurtal Engineに関しては、そのポテンシャルに関して伺い知ることはまだ難しそうだ。というのも、APIを通じてさまざまな推論アルゴリズムをテストするベンチマークテストをやってみたものの、スコア的な意味で従来との大きな違いを見つけられなかったからだ。


 今回はGeekbenchアプリ内にある機械学習パフォーマンステスト「Geekbench ML」を用い、M1チップ搭載の13インチiPadと比べる形で幾つかの推論処理のテストを行った。当初は「データのパターンによってはスコアに大差が付くのでは?」と予想していたのだが、思ったほどの差にはならなかった。


 もちろん、Neural Engineのコアの改善や動作クロックの向上の結果と思われる、スコアの改善は見受けられる。しかし、それは「2倍速い」というほどの大差ではない。


 このベンチマークテストでは「FP32(単精度浮動小数点数)」「FP16(半精度浮動小数点数)」「INT8(8バイト整数)」の3パターンで各種推論処理を実施し、そのパフォーマンスをスコア化しているのだが、いずれかのパターンでM4チップのスコアがガツンと伸びるということはなく、どのパターンでも性能の向上幅はほぼ“均一”だった。


 この結果を詳細に掘り下げていくには、少し時間が掛かると思う。少なくとも、従来型のベンチマークテストでは新しいNeurtal Engineの性能を評価することは難しい。


 言い換えれば、何らかの「使いこなし」が必要ということであり、やはり6月のWWDC 2024の開催が待たれる(A17 ProチップのNeural Engineにも同じことがいえる)。


 今回、新しいiPad Proと同時発表された、新しいバージョンの「Final Cut Pro」や「Logic Pro」では、M4チップの新しいエンジンの性能を発揮するための実装が行われていると想像される。また、OS側でも何らかの対応しているはずだ。


 これらのアプリは“Apple純正”であるがゆえのアドバンテージといえるが、さらにそこの先、どのようなアプリでの応用があるかは、まだ未知数な部分もある。


●「Ultra Retina XDR ディスプレイ」は“素晴らしい”


 少々複雑な話を先に終えたところで、製品のインプレッションに戻ることにしよう。本来ならば、こちらの方が、主な評価ポイントになる。


 新しいiPad Proに搭載されている「Ultra Retina XDRディスプレイ」に関しては、素晴らしいという感想しか浮かばない。仕事柄、筆者も多くの有機ELディスプレイを評価してきたが、ここまでリニアリティが高く、階調もホワイトバランスも安定したものは見たことがない。


 筆者は今まで、iPad ProならミニLEDを適用した液晶ディスプレイでも十分だし、超薄型化は不可能ではないと思っていた。しかし、この新しいディスプレイは、そうした妥協含みの評価を吹き飛ばすだけの品質を持っている。


 その特性もあり、一般的な有機ELディスプレイのレビューでは「黒が黒らしく、完全に消灯できる」ということが強調されることが多い。しかし、その画質に最も大きく影響するのは「ローカルコントラスト」だ。簡単に説明すると、ローカルコントラストは「近傍の画素が、きちんと意図通りのコントラストで描かれているかどうかを評価する指標」と考えるといい。


 ミニLEDを適用した液晶ディスプレイでは、真っ暗な領域を作りたければ当該領域を担当するLEDを消灯するだけでいい。しかし、いくら“小さなLED”とはいっても、近隣に黒くない領域がある場合は、LEDが点灯してしまうことを避けられない。また、当該の領域内において、コントラストは液晶パネルそのもののコントラストに依存してしまう。


 従来のiPad Proでは、視野角を重視したIPS液晶パネルを採用してきた。ミニLED化したとしても、コントラストはどうしても犠牲となってしまう。要するにローカルコントラストは高められないのだ。


 この違いは、微細なディテールの違いとなり、それは質感表現のリアリティーと大きく相関する。つまり、新しいiPad Proのディスプレイは、実に生々しい、本物のような質感を表現できるようになったといえばいいだろう。


 このようなディスプレイは、写真へのこだわりを持つプロフェッショナルはもちろん、HDR(ハイダイナミックレンジ)の映像を作る際に的確な視覚表現を行いたいプロフェッショナルの映像制作者にもありがたいだろう。少しだけ見方を変えると、映像制作者が意図する、こだわった表現をそのままの形で受け取りたいという人にもお勧めだ。


 Appleのディスプレイは、「暗室における正確な表現」といったプロフェッショナル用途だけではなく、「評価環境における映像の見え方」を強く意識したチューニングがされている。Appleが単に「HDR」ではなく、独自の「XDR(Extreme Dynamic Range)」と呼んでいるのは、そういった違いからだ。


 一方で、反射原稿、つまり「紙への印刷の風合い」の再現を求めるクリエイターにとっては、ミニLED適用液晶ディスプレイとの差はそこまで大きくない。一般的なLCDのディスプレイと比べても、許容範囲かもしれない。


 色の正確性だけを見れば、新しいiPad Airの液晶ディスプレイもレベルは高いので、イラストレーターが新しいiPad Proを選ぶ動機は少ない(=iPad Airでも十分)かもしれない。iPad Proがいいのか、それともiPad Airがいいのか――実機を見て“感覚的な違い”を確かめてみるのも良いだろう。


●新しいiPad Pro用「Magic Keyboard」にかなり驚いた


 新しいiPad Proには、新しい「Magic Keyboard」が用意される。薄く軽くなった本体と併せて使うと、「ああ、新しくなったのだな……」と明確なアップデート感を感じられるはずだ。


 13インチモデルの場合、新しいiPad ProとMagic Keyboardの合計重量は13インチMacBook Airとほぼ同等となる。筆者手持ちの重量計での実測値は1244gだった。先代比で100g以上軽くなっている。それ以上に、よりノートPCライクに持ち運びやすくなったことの方が評価が高い。


 本体が約572g(Wi-Fi+Celluarモデルは582g)と軽量化されたことで、Magic Keyboardのヒンジのジオメトリーが変化し、キーボードのパネル全体における有効面積をより広く確保できるようになった。このため、従来モデルにはなかったファンクションキーが追加できた上に、トラックパッドの面積も広くなっている。


 新しいMagic Keyboardのトラックパッドのクリックは、メカニカルスイッチではなく、圧力センサーとハプティックエンジンの組み合わせに置き換えられている。パームレストがアルミニウムになったことも含めて、感覚的にはMacBookシリーズを使っているのと変わらない。


●実は「インカメラ」の位置が変わっている


 ところで、新しいiPad Pro(とiPad Air)は、インカメラ(True Depthカメラ)の位置が変わったことに気付いた人は、どのくらいいるだろうか。従来は本体を縦に持つと(長辺を縦にすると)上に来るように設置されていたが、新モデルでは本体を横に持つと(長辺を横にすると)上に来る位置に変更された。


 インカメラの上部にはApple Pencil Proの充電用アンテナが装備されているが、カメラモジュールは、このアンテナを微妙に避けるように配置されている。その反対側には、環境センサーが備わる。


 要するに、インカメラは画面の“ど真ん中”から少しズレている。ただし、ズレは本当に少しだけなので、真ん中に写るようにするために苦労することはない。


 カメラといえば、新しいiPad Proではアウト側の「超広角カメラ」が省かれ、シングル構成となった。このことは新しいiPad Proの魅力をそぐわけではないと考えるが、一応触れておきたい。


 省かれた超広角カメラの代わりには、新しい「スピードライト」が装着された。これはカメラの捉えるフレームに同期して光の量を自動調整してくれるというもので、多くの人にとって魅力的だろう。筆者個人としては、iPad Airはもちろん、iPhoneにも搭載してほしいと思う。


 「何に使うの?」と疑問を覚えるかもしれないが、これは書類などを撮影する際にどうしても入り込んでしまう“影”を抑えられる。具体的には、ライトが多く光るフレームと少なく光るフレームの2枚を撮影し、影の出方に応じて両者を合成することで、影のない(少ない)写真を撮れるのだ。


 いろいろと応用が効きそうなアプローチだが、その効果は大きく、ドキュメントのスキャンをiPadで行うモチベーションが高まる。


 想定したよりも長い記事になってしまった。 新しいiPad Proに対応するアプリの対応(評価)が遅れていることもあり、今回はこの辺で一旦締めることにしたい。


 そうした中でも、新しい「Logic Pro」は評価できたので少しだけ試してみたのだが、極めて楽しかった。


 なぜ楽しいのか? それは音楽製作のノウハウを持たない私でも、音楽を作っている気分にさせてくれるからだ。


 もちろん、もっとカジュアルな製作ツールはあるだろう。しかし、プロフェッショナルが使うツールと同等の機能を持つアプリで、AIの助けを借りながら、音楽を積み重ねるように作っていく体験は 素晴らしいものだった。


 Appleとしては、こうした部分をもっと強調していきたいのだろうが、今回は“時間切れ”ともいえる。今後メディアクリエイションツールとしてのiPad Proの評価は続けていきたいと思うが、ひとまずハードウェアとしての評価はここで終えることにしたい。


 一方で、iPad Airの汎用性の高さも、注目に値する。「Face IDに対応していない」「ディスプレイがミニLEDではない」「120HzのTrueMotionに対応していない」といったことを差し引いたとしても、新しいApple Pencil Proに対応していることを考えれば、13インチモデルが加わったことも相まって「一番多くの人に勧められるiPad」になったことは間違いない。


 誤解のないようお伝えしておくが、新しいLogic Proアプリや「Final Cut Pro」アプリのNeural Engineを活用した機能は、iPad Airに搭載されたM2チップでも稼働する。つまり、多くの人にとってiPad Airは愛されるべき「新しい標準」といえる。


 そして、最新の技術を盛り込んだ最先端 端末を堪能したいのであれば、iPad Proは今回大きなジャンプアップをした最もパワフルなタブレットであることは間違いない。


 以前であれば、最上位機種を評価していればよかったんだろう。しかし現代において、最新かつ最上位のモデルだけを求めることには、あまり意味がない。プロフェッショナルな最先端モデル、多くの人にとって有益なスタンダードなモデル――そうした意識でこのiPad ProとiPad Airを評価すればよいのではないだろうか。


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