なぜマックで“客への反撃”が増えているのか いまだ続ける「スマイル0円」との関係

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2024年05月15日 07:31  ITmedia ビジネスオンライン

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マックで“逆カスハラ”が頻発、なぜ?

 「スマイルください」と客に言われた店員さんが「かしこまりました」とニッコリ――。


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 そんなやりとりをしていたのも、もはや遠い昔。今やマクドナルドの客と店員は、「客に向かってそのナメた口のきき方はなんだ!」「うるせえ、二度とくんな」なんてののしり合うギスギスした関係になり果ててしまったようだ。


 先日、「逆カスハラ」として大きな話題になったトラブルのことだ。


●マック店員が客にブチギレ、一部始終がSNSで拡散


 千葉県にあるマクドナルド柏店で、高齢の男性客を接客していた男性スタッフが「うるせーな! 今すぐ帰れよ! 帰れ!」「おい、表出ろ!」などと激昂(げっこう)して、女性スタッフが必死になだめるという修羅場が発生した。そこに居合わせた人に一部始終を撮影され、SNSで拡散されたのである。


 報道によれば、この高齢の男性客はアイスを注文しようとしたところ、マシンが故障をしていると聞いたので、「貼り紙をしたほうがいいんじゃないか」などと指摘したという。


 一般的な接客に照らし合わせれば「そうですね、分かりづらくて失礼ました」と頭を下げれば終わる話だが、なぜか店員はブチギレ。しかも一部メディアが報じるところでは、この人物は「マネージャー」だというから驚きだ。


 日本マクドナルドはWebメディア『ENCOUNT』の取材に対して、「お客さまにご不快な思いとご迷惑をおかけしましたことを心より深くお詫び申し上げます。今後このようなことがないよう再発防止に努めてまいります」と回答している。


●1月には英雄視された店員も


 このように客にブチギレたスタッフが批判を浴びる一方で、迷惑客に「帰っていい」とピシャリと言い切って、英雄視されるスタッフもいる。2024年1月に注目を集めたデリバリー配達員とのトラブル動画だ。


 マックのカウンターで店員が、配達員の男性に対して「25分たったら廃棄になるから。番号お呼びしました。番号確認しましたよね?」と言うと、男性は「『まだや』っていうから待ってんねん」と激怒して目の前の商品をカウンターに叩きつける。それを見た店員は、手をひらひらして追い払うようなしぐさをしながらこう言った。


 「帰っていい」


 店員はプイっと背を向けて立ち去ってしまうが、配達員の怒りはおさまらず、「『帰ってええ』ちゃうわ、おい、こら待てやお前、おい!」とわめき続ける……という動画だ。この一連の対応が一部SNSユーザーの留飲を下げ「マックの店員さん素晴らしい!」「毅然とした態度」などと称賛されたのである。


 「迷惑客は店から追放」という対応方針へとマックが舵(かじ)を切っているのは、ちょっと前の「中学生出禁」からもうかがえる。2023年7月、神奈川県相模原市内のマクドナルド店舗が、地元の中学校を名指しして同校の全ての生徒を「出入り禁止」にする旨の張り紙を掲げたことがSNSで話題になった。2023年1月から掲げられていた貼り紙には、「出禁の理由」も記されていた。


「店内での中学生迷惑行為に関して、他のお客さまへのご迷惑、店舗スタッフの身に危険を感じることがございます」


 実際、このトラブルを報じた『朝日新聞』によれば、マクドナルド側は警察にも相談をして、学校には警察からも指導をするような要請があったという。「店内で騒ぐ」というレベルの迷惑行為ではないことは明らかだ。


 そのためこの対応に関しても、一部のSNSユーザーは「もう『お客さま』と呼べないような輩は、どんどん出禁にしたらいいよ」「子どもだからとか、甘い処分をして許すな」などと拍手喝采している。


●なぜマック店員による「客への反撃」が増えているのか


 さて、このような話を聞いていると、なぜ今、マック店員による「客への反撃」が増えているのかと疑問に思う人もいらっしゃることだろう。


 「カスハラ」が社会問題化しているとはいえ、日本のサービス業ではまだまだ「お客さま」を丁重に扱うことが美徳とされる。それは日本の外食サービス業を代表するマックも然りで、冒頭で触れた「スマイル0円」のように、「いつでもお客さまを笑顔でお迎えする」ことを掲げて、2019年には客の対応を専門とする「おもてなしリーダー」というスタッフまで新設したほどだ。


 しかし、そんな建前とは裏腹に現実の店舗では、高齢客の小言にブチギレ、迷惑行為をする配達員に帰れとピシャリ。迷惑行為をする中学生のいる学校を名指しで出禁、という感じで、これまで必死に抑え込んでいた怒りを爆発させるかのように、マナーの悪い客、生意気な客に「反撃」をするスタッフが増えている。現場で「何かの異変」が起きていると考えるべきだろう。


 いろいろな意見があるだろうが、個人的にはこの現象にはマックが長く掲げてきた「スマイル0円」が、いよいよ時代にマッチしなくなってきて、現場の疲弊がピークになっているからだと思っている。


 それを分かっていただくには、まずそもそも「スマイル0円」とは何かということを知っていただく必要がある。


●マックの「スマイル0円」とは


 「スマイル0円」と聞くと、マックの経営哲学だと勘違いしている人も多いが、実はそうではなくコテコテの日本文化だ。2021年につくられた50周年記念サイトにはこんな成り立ちが説明されている。


「『スマイル0円』は、1980年代に大阪府のある店舗スタッフのアイデアから生まれました。それが会社の中で共有されて全国に広がり、そして“いつでもお客さまを笑顔でお迎えする”という思いを込めて『スマイル0円』という名前で正式にメニューに加わったのです」


 ご存じのように、1980年代の日本社会は「24時間戦えますか?」というテレビCMが流れるほど労働現場では過労死、パワハラが当たり前だった。つまり、「スマイル0円」というのは、「お客さまは神さまなので、どんな理不尽な仕打ちをされても笑顔で口答えしてはいけない」という昭和の滅私奉公カルチャーが生んだスローガンと言ってもいいのだ。


 そんな時代錯誤の「スマイル0円」をあろうことか、マックは2015年に「復活」をして今も掲げている。これこそが、マックの店舗で「客への反撃」が増えている「元凶」ではないかと考えている。


 多くの日本人は「スマイル0円」と聞くと、「日本人らしいキメ細かなおもてなしの心」なんて好意的に受け取るだろう。中には「仕事なんだから客に対してニコニコ愛嬌(あいきょう)を振りまくのは当然だ」くらいに考えている人もいるかもしれない。


 ただ、世界の反応はちょっと異なる。「接客」という労働とは別に「いつでもお客さまを笑顔でお迎えする」と会社側から感情のコントロールまで命じられることは「感情労働」と呼ばれ、心身を壊すリスクが非常に高いという位置付けだ。そのため、行政や企業側はしっかりと感情労働者の保護やメンタルケアをしなくてはいけないという考え方なのだ。


 そんな世界の潮流と対極にあるのが「スマイル0円」だ。ただでさえ多忙を極めるマック従業員に、こんな時代錯誤な「感情労働」をさせていれば、冒頭の「ブチギレ店員」のように情緒不安定な人が一定数現れても不思議ではあるまい。


 そのように疲弊する現場のメンタルをさらに追い詰めているのが、マックの過度な業務効率化だ。


●顧客目線が抜け落ちた「早消し」不正行為


 分かりやすいのが先ほど紹介した、デリバリー配達員とのトラブルだ。実はあの配達員が待ちぼうけをしていたのは、一部の客や配達員がかねて指摘していた「早消し」という不正があったのではないかといわれている。


 日本マクドナルドの本部では、店舗で速やかに商品を客に渡しているのかをチェックするため、「商品提供までのスピードに一定の目標値」を定めている。


 本部は尻を叩けばいいだけだが、叩かれる方はたまったものではない。目標値を下回れば店舗の評価は下がるので、マネージャーの人事評価にも響く。そこで現場の知恵として編み出されたのが「早消し」だ。実際に商品を手渡したわけではないのに早々に商品の番号をモニター上で消して、取りに来たことにしてしまうのだ。


 そう聞くと、「目標値をクリアするためのちょっとしたズル」という印象だが、やっていることの本質はさまざまな企業で発覚している「データ改ざん」と変わらない。自分たちの組織内でのポジションを守るため、目の前のノルマや数値目標をクリアすることで頭の中がいっぱいの状態だ。その不正によって「客」がどんな不利益を受けるのか、どこかにスコーンと飛んでいってしまう。これは客や配達員にデメリットしかない「早消し」にも当てはまる。


 一般論だが、こういう「自己保身型の不正」がまん延し始めた企業は赤信号だ。現場で働く人たちがノルマや業務効率化を達成することでアップアップで、「サービス品質」にこだわったり、「客」を思いやったりという心の余裕がなくなるからだ。


 そんな風にギリギリのところに追い詰められた「感情労働者」の目の前に、無礼な口の聞き方をする客や、マナーの悪い迷惑客があらわれたらどうなるか。抑え込んでいた怒りや不満が一気に爆発をして「表に出ろ!」「帰れ!」なんて暴言も飛び出すはずだ。


 そして、このような「客への反撃」はマックの店舗で今後さらに増えていく、と筆者は見ている。


●マックの「客への反撃」に期待


 日本マクドナルドホールディングス(HD)の2023年12月期連結決算は、フランチャイズ店を含む全店売り上げ高と本業のもうけを示す営業利益、最終利益がいずれも過去最高だった。商品の値上げやテークアウト、宅配が堅調で、既存店の客単価は前年比8.5%も増えた。


 値上げをしても利益が上がったということは、店舗が高度なオペレーションで業務効率化を達成している証でもある。この路線をさらに突き進むには、現場はさらに厳しい数値目標を強いられるということだ。


 誤解なきように言っておくが、数値目標が悪いと言っているのではない。現場で働いている人たちは血の通った人間なので、「あれもやれ」「これもやれ」といわれても全ては手が回らない。現場に効率を突き詰めさせるのは結構だが、そこに加えて「どんなに苦しくてもいつも笑顔を」みたいな感情労働を強いていたら、「ブチギレ店員」のような情緒不安定な人がもっと増えていくのではないか、と心配しているのだ。


 生産性や効率の向上を本気で目指すのならば、現場にそれに集中させるだけの環境を整えるのが企業の役目だ。マックのサービスを支える店員のメンタルを守るため、日本マクドナルドはこんな思い切った宣言をしたらどうか。


 「従業員も血の通った人間なので笑いたくない時もありますので、これからは“スマイル0円”は廃止します」


 会社がここまで言ってくれたら、現場の人々は「感情労働」の負担が減る。「どんな時も笑わなくてはいけない」という強迫観念が消えるので、仕事が楽しければ自然と笑みがこぼれる。


 カスハラ問題が深刻になっていることからも分かるように、日本人の多くはいまだに「お客さまは神さま」と思い込んでいる。ネットやSNSで「態度が悪い」「愛想が悪い」と店員をボロカスに叩く人が後を絶たないのがその証左だ。


 日本の消費者の思い上がった「特権意識」を変えていくためにも、「スマイル0円廃止」というマックの英断に期待したい。


(窪田順生)


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