「転勤はイヤ、配属ガチャもイヤ」――若手の待遇改善のウラで失われるもの

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2024年05月15日 08:01  ITmedia ビジネスオンライン

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画像提供:ゲッティイメージズ

 「転勤はイヤ、配属も希望通り以外はイヤ」――。


【アンケート結果】あなたは入社後の勤務場所・エリアを確約してほしいと思いますか?


 電通の採用ブランディングエキスパートチームが実施した調査で、就活生が真っ向から昭和的な人事に「ノー!」を突きつける“イヤイヤ結果”が明らかになりました(電通「Z世代就活生 まるわかり調査 2024」)。


 ご覧の通り「あなたは入社後の勤務場所・エリアを確約してほしいと思いますか?」との質問に、88.8%が「はい(とてもそう思う・まあそう思う)」と答え、「あなたは入社後の職種・配属先を確約してほしいと思いますか?」との問いに対しても、87.3%が「はい(とてもそう思う・まあそう思う)」と答え、双方「いいえ」を圧倒しています。


 数年前から、転勤をハラスメントと批判し、「配属ガチャ」なる新しいい言葉も生まれましたが、ほとんどの就活生が「ノー!」とは。……衝撃的、と言わざるを得ません。


●「好きなことを仕事にしよう!」と言われてきたのに……


 むろん誰だって自分の希望通りがいいし、誰だって、自分の能力を発揮したい。「こっちだっていろいろな都合があるんだから、予定を勝手に変えないでくれよ」という気持ちは分かります。これまで会社員が決して手にできなかった「ノー」と言える権利を、今の若手社員は手にしているのですから、「現状を変えたくない」という人間の自然の摂理に従う方が楽に決まっています。


 おまけに大学で行われているキャリア教育といったら「好きなことを仕事にしよう!」「得意なことを見つけよう!」を合言葉に、めったやたら自己分析やら他己分析やら、適正診断やらなんやらと「自分を知る」作業を徹底させ、「自分の能力を最大限に発揮できそうな」キャリアをデザインさせることを目的としているのです。


 ですから、会社側の都合で人事異動されては「なんでやねん!」とがっかりして当然でしょう。


●転勤経験者が見せる「人間の不思議な本性」


 でも、かれこれ20年以上、1000人近いビジネスパーソンにインタビューをして“生きた声“に耳を傾けていると、「人は変わるし、みんな『変わった自分』が結構好きなんだぁ」とつくづく感じるのです。


 一方で、「変わらない自分」あるいは「変われない自分」に罪悪感めいた気持ちを抱き、不安を吐露する人たちがいました。人はみな「昨日よりちょっとだけいい自分」にあこがれるのです。


 おそらくそんな心の動きが関係しているのでしょう。転勤の経験が、自分を成長させたと考える会社員は実に多く、年齢や性別に関係なく「行ったこともない土地」で、「未経験の業務」を任された経験を、ちょっとだけ誇らしげに語ります。


 ある人は「戸惑いは少なからずあったけど、転勤先では自分でなんとかするしかなかった。でも、失敗するたびに、私を応援してくれる人が増えていった。それが楽しくてね」と笑い、ある人は「最初はよそ者扱いされて不安だったけど、関連会社の社長さんが本当によくしてくれてね。その人から僕は自分で考えて動くことの大切さを学んだんです」と懐かしがりました。


 また、ある人には「役職定年などを迎えると『古戦場めぐり』する人は多いですよ。私もやっちゃいましたから(笑)」と教えてもらいました。彼は孤軍奮闘した転勤の地を訪れ、その界隈をさまよう行動を“古戦場めぐり“と呼んだのです。


 古戦場とは、言い得て妙です。


 役職定年などになると「会社員アイデンティティ」が揺らぐため、かつての人間関係の中に自分の居場所を確認しようと心が無意識に動きます。行きつけだった飲み屋でママさんが振る舞う手料理や、それを肴(さかな)に飲んだくれた常連たちへの懐かしさに加え、「私」を認め、「私」を必要としてくれた場所に惹かれるのです。


●「転勤=悪で」はない。問題は……


 むろん「転勤」にはタイミングもあるので、いろいろな受け止め方があることは否定しません。


 しかし、人生はまさかの連続であり、変わっていくのが人生です。変わっていない、あるいはこれからも変わらないというのは幻想でしかない。変わるのが嫌だと、自分の希望しない「転勤や異動」を拒否するのは、実は未来の可能性を狭めているようなもの。


 変わらないことは停滞であり、後退でもあります。人は変わるからこそ、前に進めるし、成長できる。少なくとも私はそう考えています。


 会社に人生を決められるのは嫌だと思うかもしれませんが、ものは考えようです。会社が勝手に「住む場所、日常接する人、1日の時間の流れ」を変えてくれることを受け入れると、「私」は確実に変わるのです。そんな「まさか」も人生の大きな糧になるのではないでしょうか。


 いずれにせよ「転勤=悪」ではありません。問題は転勤だけさせて「あとはよろしく!」と突き放す会社です。


 今は転勤をサポートする福利厚生も含めたさまざまな制度を、企業側も整備していますから、成長の糧である転勤を利用してやる! くらいの気概で、ポジティブに捉えてほしいです。


●キャリアを切り開く、デザインアプローチとドリフトアプローチ


 最後にキャリア発達の側面から、転勤の良い面をお話しします。


 キャリアを切り開く方法には、大別して2つのアプローチがあります。


 一つは、デザインアプローチです。これは本当に自分のやりたいことを吟味し、ゴールに至る道筋をデザインすることを重視します。もう一つはドリフトアプローチといい、自分の関心ある方向に向かって意志を持って歩き出すことを重視し、歩きながら道を拓いていきます。


 ドリフトアプローチは、キャリアの大枠だけ組み立てたら、あとは身を任せてその途中で起こる変化を楽しむことで、キャリアが形成されるという考え方です。


 意図しない人事異動は、ドリフト=身を任せて漂流するチャンスです。


 ドリフトアプローチで最も大切なのは、自分に与えられた環境の中で自分の力を最大限に発揮する方法を見つけること。世の中では、やたらと自分のキャリア像を描き、自分の働き方をデザインすることがもてはやされているけれども、会社という組織の一員として働きながらも、そこに自分の意志でプラスアルファを加えていく。その積み重ねが思わぬ出会いにつながり、キャリアを開いていくのです。


 具体的には「自分にできることが、他にはないか?」「自分の知らないことは、他にはないか?」と常に自問し、与えられた環境の中で、やるべき仕事にどんどんプラスアルファを加えていく。


 与えられた仕事を100%こなすだけでなく、101%、102%と、無心に目の前のことに自分の意志によってプラスアルファを加えていくことによって、経験を生かした、本当の意味でのキャリアアップが可能になります。


●自分の考え方や感じ方は、変わるもの


 そもそも世の中には、どんなに「目標を持て」とか、「自分の進む方向をしっかり描け」と言われたところで、どうやったら目標を持てるのか、どうやったら自分の進む方向を描けるのかさえも分からない人は少なくありません。


 そんな時、目の前のあることにほんのちょっとだけ自分の意志によってプラスアルファを加える働き方をすれば、それは企業にとっても、自分のキャリアにとってもプラスになります。


 自分の考えたルートと違う道を歩まざるを得なくなったときの経験は、必ずや人生で役立ちます。こういう話をすると「昭和的?」言われてしまうかもしれません。ただ、デザインアプローチで一番計算されていないのが、自分の考え方や感じ方は、年齢と共に変わるし、人との出会いで変わるという点です。


 もちろんこれまで会社は「行け!」というだけの無責任な姿勢でしたから、会社員の力量に甘えていた部分があったのは間違いありません。


 しかし、今は多くの企業が「転勤制度」の見直しをしています。そうした制度をうまく利用して、時には「きっと自分のためになる」と、自分から転勤に手をあげる若い社員が出てきてほしいと思います。


●河合薫氏のプロフィール:


 東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。千葉大学教育学部を卒業後、全日本空輸に入社。気象予報士としてテレビ朝日系「ニュースステーション」などに出演。その後、東京大学大学院医学系研究科に進学し、現在に至る。


 研究テーマは「人の働き方は環境がつくる」。フィールドワークとして600人超のビジネスマンをインタビュー。著書に『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアシリーズ)など。近著は『残念な職場 53の研究が明かすヤバい真実』(PHP新書)、『面倒くさい女たち』(中公新書ラクレ)、『他人の足を引っぱる男たち』(日経プレミアシリーズ)、『定年後からの孤独入門』(SB新書)、『コロナショックと昭和おじさん社会』(日経プレミアシリーズ)『THE HOPE 50歳はどこへ消えた? 半径3メートルの幸福論』(プレジデント社)、『40歳で何者にもなれなかったぼくらはどう生きるか - 中年以降のキャリア論 -』(ワニブックスPLUS新書)がある。


2024年1月11日、新刊『働かないニッポン』発売。


このニュースに関するつぶやき

  • 40代の自分も長期出張が嫌で命じられる前に新卒で入った会社を退職したから今の若者に限った話ではなく次を選べる環境に居る人が増えたから我慢する必要がなくなっただけのことでは。転勤したい人は勝手にすれば。
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