井上尚弥のネリ対策の相手をした、いとこ・浩樹は「想定どおり」ダウン後の戦いは「人間離れしていて恐怖すら覚える」

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2024年05月29日 10:20  webスポルティーバ

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井上浩樹選手インタビュー 前編

 2024年5月6日、4万3000人の観衆を集めた東京ドームが揺れた。

 メインイベントの世界スーパーバンタム級4団体王座統一戦は、チャンピオンの井上尚弥(大橋)がルイス・ネリ(メキシコ)を6ラウンド1分22秒TKOで下して統一王座の初防衛に成功。初回に井上がダウンし、会場はどよめきと緊迫感に包まれたものの、その後は見事に立て直してネリを圧倒した。

 その一戦を間近で見届けた、井上尚弥のいとこで元WBOアジアパシフィック・スーパーライト級王者の井上浩樹に、試合前の準備や、尚弥がプロ初のダウンを喫した瞬間、その後の立て直しについて聞いた。

【尚弥のプロ初のダウンに「落ち着いて!」】

――まずは、あらためて試合の感想からお願いします。

「衝撃的な試合でしたね。勝利が決まった瞬間、僕も『ブラボー!』という感じで、ずっと拍手をしてました(笑)」

――入場時の布袋寅泰さんのギター演奏、花火などの演出も、これまでのボクシング興行ではあまり見られないものでした。浩樹選手はどのあたりにいましたか?

「4団体のベルトを持って歩くジム関係者の後ろをついていきました。会場が今までの何倍もの大きさで、ちょっと震えましたね。

 あの爆破は、顔を背けてしまうくらい本当にビックリしました(笑)。一緒に入場した陣営も、誰も知らされていてなかったみたいです。尚弥さんは普段、不意のことに驚きやすいタイプなんですが、平然としていたのでかなり集中していたんでしょう」

――東京ドームという大舞台で、尚弥選手の表情や仕草から、これまでの試合と違いを感じることはありましたか?

「いつもと変わらない感じでした。より気合が入っているような気もしましたけど、それは試合が終わったあとだから言えることかもしれません。特に変わった様子はなかったと思いますよ」

――試合中、浩樹選手はどこで観戦したんですか?

「リングの下のセコンドの近く、ジムの陣営がいるところです」

――試合の立ち上がりは、尚弥選手の右のオーバーハンドが印象に残りました。何か狙いがあったのでしょうか?

「ネリはグイグイと前にプレッシャーをかけてくるタイプなので、強いパンチを警戒させてネリが入ってくるのを阻止する、あるいは、少しでも軽減させる狙いがあったんじゃないかと思います。簡単に言えば、"ビビらせるため"なんじゃないかと」

――立ち上がりとしては悪くなかった?

「1ラウンドの立ち上がりにしては、少し雑な部分もあったかもしれません。左ボディーを打ってから大きな右フックを打とうとしていたのですが、右ストレートのほうがよかったかもしれない。ちょっとパンチが大きくなったことで、その後のタイミングがズレてしまったようにも見えます」

――開始1分40秒、ネリの左フックをもらった尚弥選手がプロ初のダウン。誰もが驚いた瞬間でしたが、浩樹選手の心境は?

「僕も初めて見る光景なので、何が起こったかわからないという感じでした。あの日は、(2試合前に行なわれた石田匠と戦った井上)拓真のダウンもありましたが、『まさか......』という言葉しか出てこなかったですね。尚弥さんに聞こえたかどうかはわからないですけど、『落ちついて!落ちついて!』と声をかけるしかありませんでした」

――セコンドからの指示は?

「セコンドも『大丈夫、大丈夫。1回落ちつこう』という感じでした。ただ、ダウンしたあとの対処がすごく冷静だったので、すぐに『大丈夫そうだな』となりましたが」

――ダウンを喫したのが初めての経験だったにもかかわらず、尚弥選手が冷静にカウント8まで使って回復を図ったことが高く評価されました。普段から、"万が一"も想定して練習しているのでしょうか。

「そういったことは見たことがないですね。でも、頭のなかではあらゆることを想定していたんでしょう」

【2ラウンドの途中から戦い方に変化】

――尚弥選手も「見えなかった」と振り返ったネリの左フック、ダメージはどう見えましたか?

「ちょうど尚弥さんも右フックを打ちにいく流れで、そこにネリが左をかぶせてきた。尚弥さんの顔がネリのパンチと同じ方向に流れる感じのところにパンチが当たったので、ダメージはそこまでなかったと思います。逆に、尚弥さんが左フックを打ちにいく時だったら衝撃が逃げないので、危険だったかもしれません」

――ダウン後、尚弥選手は防戦一方にならず、ロープ際でもタイミングよくパンチを返していました。

「勝負のうまさ、勝負強さですね。あそこでネリにペースを持っていかれると、どんどんネリは勢いづいてくる。攻撃を返さないと、もっといいパンチをもらう可能性があります。それにしても、あの状況で打ち返せるのは本当にすごいです」

――ダウン後に打ち合いを選択した場合、追撃を受けてさらにダメージを追ってダウンするケースも多いと思います。特に序盤だと、そのリスクも大きいのでは?

「確かにリスキーだとは思います。ただ尚弥さんは、そのリスクを恐れずに戦うことができる。2ラウンドに入ってからも、途中まではタイミングを掴みきれず、危ないタイミングでパンチが交錯するシーンが何度かありました。ただ、そのラウンドの2分20秒くらいにダウンを奪い返してからは、危ない場面がなかったですね。距離とタイミングを完全に掴んで、見切っていました」

――尚弥選手はペースを奪い返すために、戦い方を変えたんでしょうか?

「2ラウンドの途中から、ジャブとボディー、ストレート系のパンチに変えてから、完全に尚弥さんペースになりました。あとは、しっかりバックステップをするようになって、戦い方が丁寧になった印象です。そこからネリは何もできない感じで、ついていけませんでしたね」

――ネリと同じサウスポーの、ファン・カルロス・パヤノ戦(WBSS1回戦、1ラウンド1分10秒KO)と重なるワンツーも見られました。

「倒すまではいきませんでしたが、ところどころで入れていましたね。尚弥さんは、さまざまなパンチを組み合わせることができますから、ネリからすればどんなパンチがくるかわからない。さらにステップが速いので、ネリが打っても届かないという感じでしたね」

――2ラウンドと5ラウンドでダウンを奪った左のショートフックは、コンパクトかつ強烈でした。

「練習でよく見るパンチですが、もらったら終わりです。スローで見ると、尚弥さんはネリのパンチを、目をつぶらずにギリギリでかわして左フックを入れています。もう、人間離れしていて恐怖すら覚えますよ(笑)。『こんなことできちゃうんだぁ』と」

――試合中に尚弥選手が、ノーガードで自らのアゴをポンポンと叩いてパンチを誘うシーンもありましたね。

「あれは観ている人のための"エンタメ要素"というか、魅せることも意識してのことだと思います。あとは心理戦、駆け引きの意味もあったと思いますが、余裕を感じられる戦い方でしたね」

【尚弥がネリ対策で「左のカウンターが入ると思う」】

――6ラウンドのフィニッシュシーンは、ネリをロープに詰めて、右アッパーからの右ストレートでした。あまり見ないコンビネーションだと思うのですが、いかがでしたか?

「力みがなく、モーションも小さいパンチであれだけの衝撃。驚きのフィニッシュシーンでした。拳の重さをそのままぶつけている感じ。脱力しているからこそ生まれたインパクトの強さなんでしょうが......ネリは明らかにダメージを蓄積していましたし、普通であれば強く打っていきたくなる場面だと思うんです。そんな状況でも、あんなコンパクトなパンチを打てる冷静さは、完全に常軌を逸してます(笑)」

――映像をよく見返すと、尚弥選手が右アッパーから右ストレートを打つ間に、ネリは左ボディーを狙っていたようにも見えます。

「尚弥さんは右アッパーを打ったあと、左腕でネリの左ボディーをブロックするような形になってから、右ストレートを決めましたね。もしかしたら、体が覚えていた動きなのかもしれません。普段のミット打ちで反復していた動作が自然と出た感じでした」

――試合前には、同じサウスポーの浩樹選手とネリ対策を行なったとも聞いています。

「時間が空いた時に何回かやりましたね。グローブをつけて、軽く触るくらいでしたが。僕相手にネリがどう動くかをシミュレーションして、『こう打ったらどうかな』『こうやられたら嫌かな』と確かめる感じでした」

――そこでの練習が、試合で活かされた場面はありましたか?

「尚弥さんと向かい合うとわかるのですが、相手が入り込めない、絶妙な距離感があるんです。ネリの戦い方は歩きながら前に出てくるようなスタイルですが、尚弥さんに対しては通用しないだろうと思っていました。練習の時も、尚弥さんは『もしネリがこれまでどおり、歩きながら雑に攻めてくるのであれば、左のカウンターが入ると思う』といった話をしていましたね」

―― 一般的に、オーソドックスの選手がサウスポーの選手と戦う際には、左フックを打つ際に、相手が前に出している右手が邪魔になりますよね?

「そうですね。特別に入りやすいパンチではありません。相手がジャブを打ってきた時には入るのですが、構えている時は右手でガードされている状態ですから。それでも尚弥さんは、2ラウンドにネリが左を大きく振って雑に入ったところに、カウンターを合わせていました。そのラウンドと5ラウンドに奪ったダウンも左フックでしたが、まさに想定どおりだったんだと思います」

(後編:井上尚弥と中谷潤人が戦う可能性をどう見る? 自身の今後についても語った)

【プロフィール】
■井上浩樹(いのうえ・こうき)

1992年5月11日生まれ、神奈川県座間市出身。身長178cm。いとこの井上尚弥・拓真と共に、ふたりの父である真吾さんの指導で小3からボクシングを始める。アマチュア戦績は130戦112勝(60KO)18敗で通算5冠。2015年12月に大橋ジムでプロデビュー。2019年4月に日本スーパーライト級王座、同年12月にWBOアジアパシフィック同級王座を獲得。2020年7月に日本同級タイトル戦で7回負傷TKO負けを喫し、引退を表明したが、2023年2月、約2年7カ月ぶりに復帰。同8月、WBOアジアパシフィック・スーパーライト級王座決定戦に勝利。2024年2月22日に、東京・後楽園ホールで、東洋太平洋同級王者・永田大士との王座統一戦に敗れた。19戦17勝(14KO)2敗。左ボクサーファイター。アニメやゲームが好きで、自他ともに認める「オタクボクサー」。

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