キャリア14年の“現役弁護士”が芸人になったワケ「揺れ動く心も含めて、ネタにしていきたい」

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2024年06月01日 16:10  日刊SPA!

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5月、弁護士でありながらタイタン所属芸人となった藤元達弥さん。彼の思い描くお笑いとは?
◆殺人と死体遺棄の違いを知ってるかい♪
 2024年4月、芸能事務所「タイタン」養成所の修了公演。ギターを携えたスーツ姿の長身男性がさっそうと舞台に現れた。

「新宿で弁護士をやってます。藤元達弥です」

 他の芸人とは明らかに異質な雰囲気に一瞬ざわめくが、ギターを奏で歌い始めると会場からはすぐに大きな笑いが起きた。

「殺人と死体遺棄の違いを知っているかい♪ えー、死体遺棄でまず逮捕して、捜査を進めた上で殺人で再逮捕してそっちで起訴することを狙っているんですかね」

「弁護士と税理士はどう違う♪ 弁護士の方がモテます!」

 14年のキャリアを持つ弁護士でありながら、5月からタイタン所属のお笑い芸人となった藤元達弥さん。老弁護士とのイライラするやりとりを描いた『ぽんこつじいさん』、不倫をした時の慰謝料の相場を歌にした『不倫の相場』など、自身の仕事をもとにしたブラックなネタでウケをとる異色のスタイルだ。

「独身時代に買ったエロ本は特有財産」
「弁護士のタイムチャージは2万2000円」
「使っても使ってもなくならないもの、それは黙秘権」
 など、自作の曲で歌われるネタはどれも、クスッと笑えながらもあまり知られていない法的知識を得ることができるものとなっている。

◆音楽に集中するため、「普通の幸せ」を手放す

 音楽を始めたのは大学時代。当時はお笑いをすることになるなど、想像もしていなかったという。

「フォークソングのカバーがメインで、作曲も遊び程度にやっていました。その後、司法試験に集中していたので本格的に音楽を再開したのは2010年に弁護士登録してから3年後くらいでした」

 それがいつしかライフワークになったのは、ライブ活動を始めてから5年後のことだった。

「月1回のペースでライブをしていたのですが、のめり込んでしまって。やるなら、ちゃんとやりたいと思い始めたんです。表現自体を磨いて、人に何か影響を与えるほどにならなければ、ただ音楽をしているだけの弁護士になってしまう……そんな焦りを感じ始めたんです」

 当時、交際7年になる恋人と同棲中で結婚の話も出ていたが、別れた。

「別れた理由の一つに、生活が安定してしまうと表現活動ができなくなるということがありました。結婚して子供ができたりすると、社会的にも認められ、満たされる。弁護士の仕事をきちんとやっていれば、収入もある程度得られる。でも、やりたいことをごまかして、中途半端に歳を取るのが嫌だったんです。それからは曲作りに時間を割き、ライブ出演もそれまでの4倍ほどに増やしました」

 表現者として特に意識したのは「場数をこなすこと」だという。

「彼女と別れた後に、とあるシンガーソングライターと交流があって、その人の影響をすごく受けたと思います。月に10本〜20本もライブをする人で、とにかく多作だった。ライブをあまりやらないミュージシャンは割といるんですけど、その人を見て自分も最低、週に一回はライブをしたほうが良いと思いました。人前に立つ機会をなるべく増やしたほうが、表現が磨かれていくと思ったので」

◆突如現れた、お笑いへの道標

「安定」を捨てた頃から、ライブでの手応えが変わってきた。特に2019年に初めてワンマンライブを開催した頃から、クリエイティブな業界で活躍する人々からのフィードバックをもらうことが増えたという。

「ギアを入れ替えて1年くらいで、エンタメ業界の大物がライブに来てくれてコメントもしてくれるようになって、すごく嬉しかった。ちゃんと評価してくれる人が出てきて、表現者として認められた気がしました」

そんななか、お笑いに転向するきっかけは突如訪れた。

「2022年頃に『法廷の座る位置』という曲をライブで披露したとき、法廷画家に描いてもらった絵を出して、フリップ芸のようにして歌っていたら笑いが起きて。その頃から、お笑いのほうに行ってみたら?とお客さんや周囲から勧められるようになったんです。売れそう、テレビにすぐ出られそうなどと言われ、自分でも、お笑いに行けば、より多くの人に曲を聴いてもらえるのではと思いました。ちょうど事務所の近くにタイタンの養成所があり、そこでオーディションをしていたので、軽い気持ちで応募してみたんです」

 オーディションでの藤元さんの評価は高く、すぐに事務所主催のライブへの出演機会を得た。その後、養成所でも優秀な成績を収め、修了生から1組だけが選抜されて出演できる「タイタンシネマライブ」にも出演した。

◆笑えない事情を笑いに変えたい

 まさにトントン拍子で芸人となった藤元さんがネタづくりにおいて心がけている点は、「深刻な状況をひっくり返すこと」だという。

「弁護士って依頼者だけではなく、自分自身もすごく追い詰められるんですよ。目の前で依頼者が泣いたり、下手すると亡くなってしまうような重い案件もザラにある。そんな状況を、曲の中で反転させることができれば面白いと思ったんです。また、世間では悪とみなされたりマイナスに評価されているようなことが法的には全然違っていたりもするので」

 たとえば、借金の時効をネタにした『5年』という曲。

「5年経てばお金返さなくていいよ 時効成立する」
「この前別居したあの夫婦の離婚を裁判所が認める頃には返さなくていいよ」
「今日100万円借りたから、明日からお前とは5年間会えない」
「それでも君が僕を追いかけてきたときは 破産すればお金返さなくていいよ」

 曲を作った意図について、藤元さんはこう語る。

「お金の貸し借り一つにもドラマがあるんです。それを笑いに転化したかったんですよね。人間関係が壊れるのはもちろん、とてつもない怨嗟と悲嘆がついて回る。借金を返せなくなったり、破産してしまった人って陰のほうに追いやられがちで、本人も負い目を感じながら生きていくイメージがありますが、借金自体は別にしてもいいし、もっとニュートラルな制度なんだよっていうことを伝えたかった。そもそも、なぜ5年が時効なのか全然わからないですしね」

◆センシティブな問題はアップデートを怠らない

 だが、世間の反応はつねに変化する。不倫の慰謝料をネタにした『不倫の相場』では、それを実感したという。

「ネタの中では最後に『痴漢の相場』が出てくるのですが、これを作った2019年当時と比べて今は、お客さんの反応が少し変化しました。痴漢のことを冗談めかして扱うことに抵抗感を示すお客さんが増えた感じがしています。刻一刻と世間の価値観が変わっていくので、アップデートしつつ、ギリギリのところを攻めていきたいと思っています」

 本格的にプロ芸人の道を歩み出しますます気力は充実しているが、結婚して家庭を持つ意思を捨てたわけではないという。

「落ち着いてはならないという考えは変わっていませんが、自分自身が納得したタイミングでそういう機会が訪れれば良いかなと……こうして揺れ動く心も含めて、ネタにしていきたいですね」

 また、54歳でタイタンの養成所に入った同期の歌人・枡野浩一さんと「歌人裁判」というユニットを組んで活動している。こちらでも新たな境地が開かれそうだ。

 誰も到達したことのない場所を目指す、藤元さんの挑戦は続く。

【藤元達弥】
1981年、広島県生まれ。広島大学法学部、法科大学院卒業後、2010年に弁護士登録。新宿にて「藤元法律事務所」を経営。2024年5月、タイタン所属芸人となる。

<取材・文/安宿緑>

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