空いている場所で隣に来られるとイライラする人もいれば、何も感じないという人も。人の感覚はみんな違うのが興味深い。
隣に来る人を「トナラー」と呼ぶのは、コロナ禍、人との距離を意識する中で生まれた言葉のようだ。今も、トナラーについては「どうして空いているのに」と思いを明かす人たちがいる。
無意識のうちに“ひとつ空けて”座るように
都内の電車では、座席が空いている場合、今も7人掛けの席にひとつおきに座る人が多い。これもコロナ禍で習慣になったのだろう。人と密にならないよう、もはや無意識のうちにひと座席置いて座っているようだ。もちろん、人が多くなってくればいつしかすべて埋まっていくのだが。
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そこへやってきた若い女性が、なぜか私の隣に座った。空いてるんですよ。向かいの座席だって3人しか座ってない。
なのになぜ私の隣? 思わず彼女の横顔を見つめてしまいました。でも彼女はまったく意に介さず、スマホをいじり始めて……」
「この車両に逃げてきた?」と想像したが……
そう言うリサさん(36歳)、最初はその女性が隣の車両で嫌な目に遭い、この車両に逃げてきたのかと思ったそうだ。何か私に救いを求めているのかもしれない、と。ところがそんな様子はまったくない。「結局、何も考えずに座ったとしか思えないんですが、私は不思議でならなかった。今でもやはり他人との距離はコロナ禍以前より気にするようになってしまったから。
でも彼女は、完全にコロナ禍前に戻っているんでしょうね。もしかしたらコロナ禍でも気にしなかったのかもしれない。私はあの時期、かなり神経をすり減らしたので、ある意味で、ちょっと羨ましくもありました」
ただ、リサさんのように感じる人も少なくないはずだ。だからいまだにひとつ空けて座る人たちが多いのだろう。
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カフェや飲食店にも「トナラー」出没
平日に代休をとったレイコさん(32歳)は、週末が休みではない女友だちと会うため、約束のカフェに出かけた。女友だちはまだ来ていなかったので、広い店内の奥のほうに座った。「スマホを見ながら待っていたら、人が近づいてくる気配があったので、友だちが来たと顔を上げたら、まったく知らない女性でした。彼女、何を思ったのかすぐ隣のテーブルに座ったんです。
こんなに広い店内で、しかもまばらにしか埋まってないのに、なぜそこへ来たと心の中で問いかけましたよ(笑)。じろっと見たけど彼女は反応せず。どういう人なんだろうと思いました」
その後、友だちが来たのでレイコさんは目配せし、店員に別のテーブルに移りたいと頼んだ。
移動後、友人にその話をすると、友人も「不思議だよね。もしかしたら人の話を聞きたいんじゃない?」と言ったが、あの時点ではレイコさんもひとり客に見えたはずだ。
「『広い店内だと、逆に人の近くのほうが安心する人もいるのかも』、と友人が言ったんです。それはちょっと納得できました。
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後日、付き合い始めたばかりの彼とデートをしたレイコさん。あるカフェで待ち合わせたのだが、彼が先にカフェに入っていくのが見えた。あとを追って入ると、彼が人が座っているテーブルのすぐ隣に座ろうとしていた。
まさか!? 自分の彼がトナラーだった
「慌てて、あっちにしようと席を示しました。そのカフェもけっこう広くて、空いていたんですよ。それなのに彼は女性ふたりが話し込んでいるすぐ隣に座ろうとしていた。以前、私がやられたのと同じことを彼がしようとしていたわけです(笑)。
別の席に座ってから、どうしてあそこに座ろうとしていたのと尋ねたら、『え、何が?』と。説明すると、彼は『何も考えてなかった。入って目についた空いている席に座ろうとしただけ』と答えたんです。
入って左側のほうが空いていたんですが、彼は真っ正面しか見ていない。自分の視野の中で空いている席に座ろうとしただけだった。そういう人もいるんだなと思いました」
同時にレイコさんは、この人、何かにつけてそういうふうに何も考えない人なのか、あるいは単純なのかと考えてしまったそう。それから数カ月経つが、今のところは「単純だけど優しい人」と評価しているという。
「でも物理的距離を気にする人もいるということだけはわかってね、と彼に言っておきました。あまりピンと来てなかったみたいだけど(笑)」
人に入られたくない『パーソナルスペース』の範囲は個人差があるという。
他人にすぐ近くまで来られてもなんとも思わない人もいるし、親しさに比例してパーソナルスペースが変動する人もいるだろう。それもまた、人それぞれなのである。
亀山 早苗プロフィール
明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。(文:亀山 早苗(フリーライター))