小学生の息子の「学校に行きたくない」訴えに、蘇ってきた“私の暗い過去”<漫画>

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2024年06月07日 09:00  女子SPA!

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女子SPA!

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 2024年2月29日に出版されたコミックエッセイイ『親子で不登校になりました。』(竹書房)。

 本作は、最上さんの息子さんをモデルにした「ねむ君」が小学校3年生で不登校になってからの親子の様子や、最上さん自身がかつて不登校だった経験が、同じ悩みを抱えた人から聞いたエピソードなどを織り交ぜながら描かれています。

 最上さんは子ども時代、シングルマザーだった母親からネグレクトを受け、弟と支え合いながら暮らしていたのだそう。そんななか小学校では同級生からいじめなどがあり、不登校になったといいます。

 本記事では本作から第2話を紹介。最上さんに、ご自身の不登校の経緯や、復学を決意した理由などを聞きました。

※本記事は全5回のうちの2本目です

◆同級生のいじめよりつらかったこと

――息子さんが「もう死にたい」「学校に行きたくない」と言い出したとき、すぐに「行かなくていいよ」と言えたのは、ご自身が不登校になった経験があったことが大きいのでしょうか?

最上:それはありました。「休ませたら、このままずっと学校に行かなくなるかもしれない」と思ったのですが、私も子どもの頃に本当に苦しい経験をしたことがあるから「そんなことよりも、すぐ休ませて安心させよう」と思いました。私の場合は、クラスメイトからのいじめなどがあったのですが、不登校になった理由は他にもありました。

――最上さんが不登校になった原因は何だったのでしょうか。

最上:クラスメイトからのいじめを、担任の先生が見て見ぬふりをしたことのショックが大きかったです。

でも、そこで家庭に少しでも安心感があれば違ったのではないかと思います。母が私のことを可愛がってくれたり、外で嫌な目に遭ったとしても「あなたは人から不当に扱われるような存在じゃないよ」と伝えてくれたら、不登校にはならなかったかもしれません。それくらい、親子の関係性はすごく大事だなと思います。

◆自ら復学を決意「私がしっかりしないと」

――不登校になったとき、最上さんのお母さんはどんな反応だったのですか?

最上:何も言わなかったです。「どうして行きたくないの?」とも聞かれなかったし、「学校に行きなさい」とも言われず、あまり触れられませんでした。母自身に余裕がなかったので、どうしようもなかったのだと思います。

――最上さんは不登校になってから、自分で居場所探しをしたり、最終的には自ら復学を決意しています。自分の意思をしっかり持って行動できたのはなぜだと思いますか?

最上:弟の存在が大きかったと思います。母がアルコール中毒でネグレクトだったので、「私がしっかりしないといけない」と思っていました。家の中でも、それ以外の場所でも、私が行動を起こさないと何も変わらないと思っていたんです。弟は受け身な性格だったので、母に「お酒を飲まないで」と意見したり、ぶつかるのはほとんど私でした。「弟を守らなきゃ」という気持ちがすごく強かったです。それを原動力にして、「自分がより良い方向にいくようにこうしよう」と考えて行動していました。

◆2年間のブランクから復学する難しさ

――賢くて要領がいいタイプに見えていたという弟さんですが、若くして自死されてしまったことが漫画の中で描かれています。もう少し詳しくお聞きしてもいいでしょうか。

最上:弟は自分から動くタイプではなかったので、その分すごく我慢をしながら生きていたと思います。それは、すごく危険なことだったのではないかと思うんです。あまり行動しないで、つらいことに耐え続けていると、いつの間にかリミッターが外れて「もういいや」となってしまったのかもしれません。でも当時の家庭の状況では、弟は我慢する以外どうしようもなかったのかなと思います。

――約2年間の不登校を経て、中3で復学してから大変だったことはありましたか?

最上:まず勉強が1番大変でした。小学校6年生の後半から学校に行っていないので、中1で習う基礎の部分をまったく教わっていなかったんです。中2からは「適応指導教室」で少しは勉強していましたが、普通の学校と違って、生活習慣を身につけたり仲間と交流することに重点が置かれていたので、勉強にあまり時間を割いていませんでした。そこからいきなり中3の内容に入ったので、本当に何も分からないんです。試験で0点を取ることも普通にありました。

当時は内申点の付け方が相対評価だったので、何人かに最低点を付けなければいけないと決まっていたと思います。「最低評価だけは避けたい」と思って頑張っていたんですが、うまくいきませんでした。通知表の数字で「全然ダメ」と評価されるのはすごくきつかったです。

◆復学してから苦労したこと

――勉強面以外で、ブランクを感じたことはありましたか?

最上:体力がかなり落ちていました。同級生達は、朝の8時から6限までずっと机に座って授業を受けてきたわけです。私は不登校になってから適応指導教室に通ってはいたのですが、通常の中学校のような環境ではなく、それよりずっと緩やかな感じで過ごしてきたので、普通の学校生活に最初は全然ついていけませんでした。毎日制服を着て、早い時間に登校して、学校が終わる時間も遅く、課題がたくさんあるというだけで、ものすごく疲れました。

――学校生活のサイクルに慣れていないと、かなり負担に感じるものなんですね。

最上:中3だと体格が大人に近づいているし、部活をやっていたりするので「皆すごく元気だな」と思っていました。私は不登校の期間は家にこもりがちで体を動かす機会がなかなかなく、いきなり社会復帰した状態だったので体力的につらかったです。

そのせいか、復学してからはしょっちゅう熱を出したり風邪を引いて、学校を休みがちでした。大人になった今でも体が弱いのは、体の基礎作りをする時期にしっかりと運動ができなかったせいなのかなと思っています。

その経験があるので、息子が不登校になったときは家で運動できるようにトランポリンを買いました。体力が落ちると取り戻すのがすごく大変なので、「運動って大事なんだな」と身に染みて感じています。

<取材・文/都田ミツコ>

【都田ミツコ】
ライター、編集者。1982年生まれ。編集プロダクション勤務を経てフリーランスに。主に子育て、教育、女性のキャリア、などをテーマに企業や専門家、著名人インタビューを行う。「日経xwoman」「女子SPA!」「東洋経済オンライン」などで執筆。

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  • 甘やかして対人関係の免疫や抵抗力つけないで育てるのも広義だと虐待だと思う。
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